第59話 中身、おっさんなのに…
今回は秘密でもなんでもなかったので、殿様は地元の衆をマノカイの首都に連れて行った。名目上、彼らは護衛と言う形で付き従ったが、いずれジェルナン殿の忠実な子飼いの兵士になる予定だった。
アンスとケーネットなども加わった。
「今となってはラセル陛下の気持ちがよくわかる。よい家来がほしい。何人でも」
宮廷はジェルナン殿を迎えて、再び華やかな雰囲気に包まれた。戦勝の将軍の凱旋である。
宮廷とは、君主の時代を映す鏡のようなもので、リーア姫の今は青春時代だった。
「これでいいんだろうか」
歓迎の大宴会に連なりながら、ジェルナン殿は不安に思った。彼は、大勢の人々のお追従や歓迎の言葉に囲まれ、いつもの控えめな態度で受け流していたが、いつぞやのラセル殿と同じで、いまや彼が控えめでいることは許されないようだった。
「ご器量に難がないなら、リップヘン殿との争いは避けられない」
反リップヘン派は当然彼に近づいてきた。ジェルナン殿は彼らと接点を持たざるをえなかった。いろいろな人々がいる。
ジェルナン殿の態度がはっきりしないので、陛下は泣いていると言う噂さえあった。
「そんなことはあるまい。しっかりした姫君だ。わたしの運命を決めてしまわれた方だ」
ジェルナン殿は、サーシャ殿の反乱の件でゴブロイド殿の尋問やサーシャ殿の葬儀、内乱で寸断されてしまった税制の復旧などに取り組んでいた。ゼノアの外交官がやってくると言う話もあった。時間があれば、彼の軍を見に行っていた。仕事はどんどん増えていった。陛下との謁見も数時間に及ぶこともあった。
「こら、ジェルナン殿」
「働きすぎじゃ」
「何をしとる」
彼はついにマーリー殿を中心にした一団につかまり、叱られた。
「さっさと求婚して来い。というか、せめてご機嫌取りに行って来い」
「はあ……」
「貴公は知らぬかもしれんが、貴公が陛下と踊った後、アホウな貴族の若者どもが我も我もと後に続いて、今はゼノアの王家の血を引くレイモン殿やらエルブフ殿の甥のマチューシャー殿なんかが姫の取りまきをやっとる」
「知ってますよ」
「せめて一晩くらい、姫の夜の夜会へ参加して来い」
「リップヘン殿も来ているのですか?」
「あやつもその手は苦手らしくて、それでも時々は顔を出してるらしい」
「リップヘン殿の居ない晩に行きます」
「軍人はこういうことになると、さっぱりダメじゃのう」
「サロンに置いといてもまるで芸がない」
みんなは散々こきおろした。
なぜかマーリー殿の一団に加わっていたバッソンピエール殿が言った。
「リップヘン殿と違って、貴公は口だけは達者なんだから、せいぜい陛下をほめて来い。陛下は美人で賢いお方、ほめるネタには困るまいが」
ジェルナンにしたところで、焦っていないといえばうそになった。だが、戻ってみると彼を必要としている仕事は山のようにあった。陛下一人では回らない。陛下もわかってくれているはずだった。どんどん信用できる部下、マーリー殿やユーベック殿に仕事を渡し、連れてきたアンスとケーネットも大忙しだった。
今晩は、リップヘン殿は来ないと聞かされて、ジェルナン殿は仕事を早めに切り上げ、陛下の夜の集まりとやらにとぼとぼ参加しに行った。
「仕事の話はしないように」
昔は相当な女泣かせだったと自称するバッソンピエール殿に厳重注意を受けた。バッソンピエール殿は不本意ながらこの件に興味を持ち始めていたのだ。
「貴公、なにかサロン向けの芸はないのか?」
仕方がないので、ジェルナン殿はリュートを選んだ。朗読とかはまるでダメだった。そもそも字が読めない。
「弾けるのか?」
司令官のバッソンピエール殿が、やや疑わし気に聞いた。
「まあ、一応」
「今度特訓してやろう」
「は。よろしくお願いします」
正直バッソンピエール殿よりリュートはうまいんじゃないかと思ったが、この元・色男はなかなか隅に置けない気がした。もしかすると、かなりの腕前かもしれなかった。
「大丈夫かな? あいつ」
マーリー殿も不安になってきたらしかった。
「軍人としては一流でしょうが、女性を口説く方はどうなんでしょう」
「マスクじゃ、モテるはずもないし、そもそも僧院に女はいないからなあ……」
「ウィンズローズに行かせるんじゃなかったな。とりあえず、あのまま宮廷に残しといて、リーア陛下のそばに侍らせときゃ良かったんだ」
「でも、ウィンズローズの平定には、彼しかいなかったですし。マスクの件もありますし」
「何かと事情の多い男だなあ……。面白いヤツではあるが」
ジェルナン殿は、マスクのまま陛下の夜のサロンとやらを探した。
扉を開けると、若い女性の笑う声に迎え入れられた。
「これは、これは、ライカ将軍」
誰か知らない自信たっぷりな様子の若者は、ジェルナン殿と気付いて驚いたようだった。しかし、すぐに我に返ると、愛想よく中へ招き入れてくれた。
そこは別世界で……なんの屈託もない若い、若い連中が、大勢集っていた。
急にジェルナン殿は、自分がおっさんなことを思い出した。
そう、見た目は若いが、考えてみれば、立派なおっさんだった。
しかも、マスクのせいで、老けて見える。おまけに僧服だ。勝負にならない。
場違いを絵にかいたようなありさまだった。
こんなおっさんが、女王陛下の夫の座を狙っているなんて。姫にふさわしいような若いハンサムな男たちにとっては、お笑いだろう。
「こんなところへお越しとは珍しい。お近づきになれて光栄です」
いかにもイケメン風な(自分でもそう思っているに違いない)若者が、なれなれしく話しかけてきた。
「ウィンズローズの英雄にお目にかかれるとは思ってもいませんでした」
美しい娘たちも何人かそろっていて、これは姫の侍女たちに違いなかった。国中でえり抜きの美女ぞろいだろう。それを狙っている貴族の子弟もいるんだろう。全部で10人もいなかったが、紹介されてもジェルナン殿は、全く覚えられなかった。
あきらめて彼は隅の方に席を取った。
陛下はジェルナン殿に気が付いて、いたずらっぽく微笑んで見せ、ジェルナン殿の方へ来ようとしたが、すぐにさっきのイケメン風な若者に話しかけられ、そのグループと話し始めてしまった。たぶん、本気で陛下に惚れている男も大勢いるに違いなかった。
それは、彼が初めて見る姫の姿だった。
マスクを取って、僧服ではない衣装を着て、ここへ来れたらよかったのに……
何か話が決まっていたようで、さっきのイケメン風の男が仲間内から盛んに勧められて真ん中に押し出されてきた。
「ヴィットリオさまの歌よ」
若い侍女が嬉しそうだった。
歌か……今の彼には歌も許されていなかった。誰だかバレてしまう。
陛下が突然、ジェルナン殿の方を向いた。
「ジェルナン殿、伴奏を付けて」
ジェルナン殿はびっくりした。ついでに言うと、ほかの若い貴族連中も、みんなびっくりしていた。
「さっきから黙ってばかりいるだなんて、許さないわ」
彼はほほ笑むと、ゆっくりと立ち上がり、持ってきた楽器を手に取った。
ヴィットリオはびっくりしたし、嫌そうだった。ジェルナン殿の腕前を疑っているのだ。陛下の指名なので断れないが、せっかくの歌を台無しにされたらどうしようと不安そうだった。
「始めてください。合わせますから」
ジェルナン殿が言った。
合わせるだと? 簡単に言うが、相当むずかしいはず……
若者は戸惑い、不安定に歌が始まる。
完全硬派の軍人で、酷い傷でもあるのか顔をマスクで覆い隠さねばならないような男に、そんな真似が出来るとでも?
だが、一瞬で若者のキーを把握したジェルナン殿は、歌を引き立てた。みごとな腕前だった。いや、そんなものではなかった。プロの技なのだ。ゼノア一の宮廷楽師だったのだから。
ヴィットリオも、ほかのイケメンたちも、娘たちも、リュートの音色に聞き入った。
そして、みんなジェルナン殿を違う目で見つめた。なかなかやるじゃないか?これは。
だが、ジェルナン殿の目に入ったのは陛下の顔だけだった。彼女は顔を赤らめ、とても誇らしそうにしていた。




