第56話 今、俺はモテている!
だが、ウィンズローズに向って走るジェルナン殿が覚えていたのは、マスクの問題ではなかった。
マスクを取ったジェルナン殿に見つめられて赤くなったリーア姫だけだった。
「絶対、好かれてる。たぶん」
3人の供回りは、たまったもんではなかった。
ジェルナン殿の脳みそにはリーア姫以外のことが全く入っていなかったので、夜中じゅう街道を移動し続け、さらに日中も移動し続け、ようやく夕方になって疲れきっていたことと何も食べていなかったことに気がついた。それも3人がこのままでは死んでしまうと意を決して、泊まる所と食事の件を申し出たからだった。
「そういえば、昼飯はどうした?」
「食べていません」
「朝飯はどうだったっけ?」
「食べていません」
「なるほど。腹が減ったような気がする」
「あの、ジェルナン様、近場に宿がありますので、とりあえず今晩は泊まって、食事をしてはどうでしょうか」
「そうだな」
案外簡単にOKが出た。
「インディー、先に行って、飯を早く出すよう手配してくれ。それから、俺の名前は出すんじゃないぞ。リンゲルバルトに嗅ぎつけられたら厄介だ」
インディはウマを走らせ、3人はゆっくり進んでいった。
宿が見えてきて、いざ泊まろうかという段になって、ようやくジェルナン殿は正気に戻った。
彼はウマに乗ったまま、顔に手をやるとマスクをはずした。
「えええ」
マーフィーとガレは恐れおののいた。顔を見ると困った事態になるはずなのに、なぜわざわざ取るのだろう。4、5日前だったろうか、偶然見てしまった時は、命が危ないのではないかと恐れたくらいだ。
「おまえら、俺の顔は知ってるじゃないか」
「いえ、知りません。見てません」
「うん。それで結構。だが、宿にマスクの男が泊まったら、誰がいつどこに来たのかバレバレだ。マスクがなければ、俺が誰だかわかるまい。お前らはすでに俺の顔を知ってるし」
「知りません。見てません」
「隊に戻ったらその調子で頼む。まあ、今はメシにしよう。腹が減った」
マーフィーとガレは顔を見合わせた。
親分の言う理屈はわかったが、今までのタブーがきつすぎて、顔を見るのがこわいくらいだった。
宿の入り口ではインディーが待ち構えていた。宿の亭主もいっしょだった。
「あれ?」
一回きり、それもほんのわずかしか見ていないジェルナン殿の顔をインディーが覚えているはずがなかった。
マスクの騎士が来ないのでインディーはきょろきょろ辺りを見回した。そしてジェルナン殿の顔をじっと見つめた。マーフィーとガレはあわてて後ろからサインを送った。
「え、あれ?」
「お前さんのご主人はこの若い方かね?」
宿の亭主が無造作に聞いた。
「こら、インディー。俺の顔を見忘れたか。何をマヌケ面をさらしている」
インディーは聞きなれたジェルナン殿の声にビックリして直立不動になった。
「はい、殿様」
ジェルナン殿はさすがに苦笑いして、ウマを降りた。宿の下男が手綱を受けた。
「亭主、何がある。腹がペコペコだ。早く用意してくれ」
「鶏がございます。あと酒は何がよろしゅうございますか?」
インディーは意外な成り行きに呆然としていた。マーフィーとガレが、彼の腕を捕まえて、こそこそと説明を始めた。
従者3人は、主人とは別のテーブルで食べていたが、主人の顔を時折盗み見ては驚いていた。
「あの時はちらりとしか見えなかったんで、傷がなかったことくらいしかわからなかったが、こうしてみるとなかなか男前だな。大変な不細工じゃないかと言われてたが、そんなことはない」
「若いな」
「俺らより若い気がする。あの若さで、なんだかすごいな」
宿の亭主がジェルナン殿に話しかけていた。
「だんな様は、マッシュ城の戦いにご参戦ですか?」
「まあ、そんなところだ」
「ジェルナン様と言うマスクの将軍様が、鎮圧されたと言う噂がここまで流れてきましたよ」
「そうか」
口いっぱいに鶏を頬張りながらジェルナン殿は答えた。
「恐ろしい将軍様だそうです。なんでも数時間でサーシャ様の軍を粉々に粉砕し、サーシャ様を殺してしまわれたそうです。顔にはマスクをしておられるそうです」
亭主は戦いの模様をこまごまと語ってくれた。特に間違いも目新しいこともなかったので、ジェルナン殿は聞き流していた。
「マッシュ公様は、ご存知のとおりそれはこわいご領主様でしたからね。ウィンズローズの町衆はことあるたびに散々な目にあってきました。お若いサーシャ様の方がましじゃないかと噂になったくらいです。中央にはへいつくばるが、自分の領地の者たちには好き放題、暴力的な方と隣のここまで聞こえてきました」
「ふーん」
「だんな様は初陣でございますか?」
「う、うい……なんだって?」
ジェルナン殿は話の意外さに驚いて亭主の顔を見た。人のよさそうなでっぷり太った亭主はニコニコしている。
「初陣。手練のご家来衆を引き連れて、ジェルナン殿の軍に初参戦なさるのでございましょう。そういう貴族のお家のご子息様が、最近大勢お泊りになりました」
「そんなふうに見えるのか」
「ええ、ええ。さぞかし良家のご子息様でございましょう。みなさま、戦争が初めてで、気負っておいででした。だんな様はお年の割りに落ち着いておられます。ご立派です」
ジェルナン殿はまじまじと亭主の顔を見た。
「俺をいくつだと思っている?」
「二十歳そこそこでございましょう。」
ジェルナン殿は黙った。
亭主はニコニコしていた。特に自己紹介する必要はなかったので、彼はそれ以上亭主に反応しなかったが、ちょっとショックだった。
「おい、熟練の家来」
翌朝、ジェルナン殿は不機嫌そうにインディーを呼びつけた。
「は? わたしのことですか?」
「あの亭主へのチップは減らしておけ。」
「は、はい」
「あの、ジェ……ではなくて殿様」
「なんだ」
「宿の女中どもは、整った容姿のすてきなお方だとほめていましたよ。顔も」
「そうか」
ちょっとジェルナン殿は気をよくした。
「かわいいって大騒ぎでしたよ」
インディが親分の機嫌を取りたいばっかりに付け加えた。
「かわいい?」
3人はしまったと言う顔をした。
「女中へのチップも減らしとけ。行くぞ」




