第48話 ウィンズローズのサーシャ殿の反乱
マスクをつけた僧服の武人の話は格好の噂の的だった。
町人どもの間でさえ、噂になっていた。町人の妻たちや娘達は、マスクの下の素顔に好奇心をそそられた。
「突然、現れて姫様を助け出すなんて、ロマンチックじゃないの。 素敵だわ。 男前だったらいいのにねえ」
「だったら、マスクなんかしちゃいねえよ。 よっぽど見せちゃまずい面なんだよ」
亭主どもは女房のばかさ加減に舌打ちしながら答えた。
「ま、まあ、そうだろうね。 でもさ、男前でなくっても、いい話じゃないかい。 かっこいいよ。 たった数人で大軍の中に切り込んで行ったんだってさ」
「作り話かなんかじゃないの?」
「それは本当らしいよ。ジェルナンって名前なんだとさ。なんだかリップヘン様より、そっちと結婚してほしいねえ、姫様には。 白馬の騎士だよ」
お前がわくわくしてどうする、とたいていの亭主はそっぽを向いてどこかに行ってしまうのだが、女房どもは勝手に想像をたくましくして喜んでいた。
宮廷には、ご婦人の姿も増えてきていた。城の修繕が急ピッチで進んできたので、貴族たちの妻や娘たちも伺候してきたのだ。
彼女たちも紹介されるたびに、マスクの僧服に驚いていた。宮廷で、実際にマスクを常に着用するだなんて、気がおかしいか、よほどの事情がなければありえないことだった。
しかし、貴婦人たちも町人の女房と全く選ぶ所はなかった。姫様を救い出した白馬の騎士(?)には最初から好奇心満々で、顔を隠していることにもなにかロマンチックでステキそうなことがあるのではないかと、マスクの下の顔に並々ならぬ好奇心を抱いていた。
ジェルナン殿は、ご婦人には丁重で礼儀正しくお世辞を振りまくので、たとえ顔の具合が悪いにしても、どのご婦人にもなかなか好評だった。
だが、全く控えめな男で、ついにとうとう彼の顔の具合がどんなに不都合でも、自分の方の都合は全く悪くないと言い切った女性に対しても、僧服ですのでと遠慮しぬいたという噂が姫君の耳にさえ届いた。
「本当の顔がばれたら大変ですわい。 女共が放っておきますまい」
プレショーンがあきらめ顔で言った。
「大人気ね。 リップヘンが怒っているでしょうね」
リップヘン様は、リーア様のことしか頭にないので……とプレショーンは、言いかけたが、黙っておくことにした。
「さほどでもありますまい。 ジェルナン殿は……そうですね、あの方は本当に無欲な方なのですね。 それはリップヘン殿でさえわかるらしい」
リーア姫は何か言おうとして止めてプレショーンの顔を見た。
「勇敢でも雄弁でも忍耐強くもある。 それなのに欲がない。 あの方の唯一の欠点です」
一方で、ジェルナン殿は、用事だらけで難渋していた。欲のある連中の方が多いのだ。そんな連中は、彼がリーア姫に近しいと知るやいなや、愛想よくつきまとっては、いろんな要求を突き付けてくる。
彼は彼の子飼いの兵士共がいる兵舎へ避難しに出かけていた。脳みその調子が悪いリップヘンに、夕べ姫と二人きりで打ち合わせをしていたことを勘ぐられ、さんざんののしられたあとだった。
「あぶなかったわい。 俺が良家のご子息じゃなかったら、切り殺されとるわ」
尼僧院近くの農民の息子や、街道沿いの町人などの子で志願してやってきた子飼いの兵士共が、にやりと笑いながら彼を迎えた。
「宮廷はどうですか?」
「やりきれない。いつも誰かに見張られてる気がする。作法で粗相を仕出かしそうで心配だ。
ここが一番気楽だ。
姫様に次の戦争には俺を派遣してくれと頼んできた。宮廷は、もうたくさんだ」
「おお、そうですか。 なにか起こりそうなのですか?」
彼らは急に真剣になった。
「いや、わからん。 だが、準備はしといた方がいいようだ。
例の手榴弾は、誰にも見せちゃならないぞ。いいか? 特にリップヘンには気をつけるんだ」
彼らは黙ってうなずいた。
「それから、お前らにもなんか位をもらってきてやるからな。でないと金も出ないし、新入りに威張れないからな」
ジェルナン殿はにやりと笑ってみせた。
「位ばっかり高い連中にえらそうにされたくないだろ。俺もだけどな」
宮廷の話など彼らにはよくわからなかったが、親分の言い方も声の調子にも全く文句はなかったので、親分と一緒に大声で笑った。
彼の直属軍は、もう相当な数になっており、直接管理することはもはや難しくなってきていた。ジェルナンは、小領主や農民の子たちのうち、気が利いて賢い者を選んで組織作りに専念していた。
「軍は俺が大将だからいいが、宮廷はそうはいかん……。リップヘンとか居るし」
戴冠式は2週間後に迫り、姫君の衣装や、式の進行、演出、民衆へのお振る舞い、大宴会の準備など大忙しだった。
特にジェルナン殿は総元締めだったので、マーリー殿以下優秀な補佐役が大勢従っていても、寝る間もないくらいの忙しさだった。
なぜ、ジェルマン殿が元締めになってしまったのかと言うと、そのほうが話が早かったからである。
最終決断はもちろん姫君だったが、細かい部分について、リップヘン殿に聞くか、ユーグ公に聞くか、ジェルナン殿に聞くかを問われれば、全員がジェルナン殿に聞きに出かける結論になる。
すぐにキレるリップヘン殿や、聞かれた内容と関係ない自分の話をおっぱじめるユーグ公では、時間がかかり過ぎる。
気が付けば王国のいろいろな権限や決定権がジェルナン殿のところに集まってきていた。
ようやく準備が整い、このままいけばなんとか無事に乗り切れそうな所までこぎつけた式の1週間前のことだった。
東部のウィンズローズから早馬が駆けつけてきた。
「サーシャ殿の軍がウィンズローズで蜂起しました」
「!?」
姫を囲んで行われていた昼食会は中断されてしまった。
顔を紅潮させたリップヘン殿、ユーグ公、マーリー殿、ステイン殿、結局釈放されたマインツ伯、ユベール殿、ジャボット殿などがジェルナン殿と一緒に姫の書斎に集まった。
サーシャ殿がなぜ兵を挙げたのか、皆は不思議に思っていた。メリットがないのだ。
どうしてもリーア姫の王位継承を阻止したいなら、確かに戴冠式前に事を起こす必要があるが、それにしても大勢はもはやリーア姫に決定していて、いまさらサーシャ殿に王位の目は全くなかった。
さらに、残る唯一の望みの、リーア姫と結婚し王配殿下になる可能性が全くなくなってしまう。
この時期の反乱には誰にとっても腹立だしい話だった。
「嫌がらせだ」
マーリー殿は憮然として言った。
だれしもが元帥の地位にあるリップヘン殿が制圧に向うものと思っていた。
ところが意外なことに、リップヘン殿は行かないと言い出した。
「そんな雑魚のために、遠路はるばる出向く必要などない」
「いやいや、確かにたいした数でもないだろうが、ウィンズローズの周辺は、マッシュ公以外、軍や兵を抱えている領主などは居ない。マッシュ公がとりこまれたら、一大反乱地帯ができてしまう。国境に近いうえ、治安上の問題もある」
おそるおそる意見を述べたのは、ジャボット殿だった。彼は、昔からの大領主で公妃派だったが、結局マインツ伯らと共にリーア姫の側に組したのである。
「治安と言うなら警察の仕事だろう。夜警とか。元帥の仕事じゃない」
全員がうなだれた。リップヘンに理屈は通用しない。彼は今の時期、行きたくないのだ。戴冠式に出たいのである。
「私が行きましょう」
ジェルナン殿が言った。
「あ、ジェルナン殿はちょっと……」
リップヘン殿以外の全員、ユーグ公までが、手を上げて押しとどめた。
「戴冠式の準備が……」
「なに、行かせればいい」
リップヘン殿が大声で言った。
「俺でも準備くらいはできる」
「無理じゃろ」
ユーグ公がたしなめた。
「お前はだまっとるのが、一番世のためじゃ」
リーア姫が下を向いた。笑っているらしかった。とは言え彼女もジェルナン殿の出兵に反対だった。
だが、リップヘンは一歩も譲らず、結局適任がいないという理由で、征伐はジェルナン殿が出向くことになった。
ガゼル殿は別の戦線に出ていて不在だった。リーア姫は非常に残念そうだった。
「功労者のジェルナン殿にはぜひ参加してほしかったのですが」
「こうなってはしかたありません。ジェルナン殿の分も、姫君のために立派な戴冠式にいたしますゆえ」
リップヘンが言った。
人々はジェルナン殿を気の毒そうに見つめた。
晴れの舞台で、このたびの戴冠式でもっとも功労のあった者として出席するはずだったのに、こんなことになってしまっては不運とでもしか言いようがなかった。
「リップヘンの策略だ」
ジェルナン派の若い貴族達は不満でいっぱいだった。リップヘンの前ででも、文句を言いそうな勢いだった。
「戴冠式で自分が一番目立って、リーア姫様との結婚を優位に進めるつもりなんだろう。見え透いたやり口だ。殿様の手柄を横取りする気だ」
「苦労してきたのはうちの殿様だ。リップヘンなどわがままを言っていただけだ。実際の実力はうちの殿様の方がずっと上だ」
「そこだよ。実力では勝てないので、王配殿下になるつもりなんだ。結婚したら王と同じ権力が手に入る。うちの殿様に命令できるからな」
「ほかには誰も軍を指揮できる人はいないのかい?」
「いないな。たしかに。戦場に出たことのない方ばかりだ」




