第47話 戴冠式は一月後
荒れ果てた城の中で夕食会は執り行われ、たいしたご馳走も出なかったが、人々は時代が変わっていくことを痛感していた。
サーシャ殿と公妃の一行は、リーア王妃の入城のうわさを聞いた直後に(正確には入城の前日に)それぞれの領地に向って逃走したらしかった。
「リーア姫様の軍に刃向うことは出来ない。一戦交えて勝ったところで立場がさらに悪くなるだけだ。ましてやリップヘン殿の軍と戦うのであれば、負ける可能性の方が強い。リップヘン殿と戦っても、今までなら、たいしたことにならなかったが、今やリップヘン殿の軍に逆らうことは正当な王位継承権者で元の王妃に逆らうことになる。悪くすると反逆罪で全員打ち首だ。強い立場に立ったリップヘン殿が何をやらかすか、考えただけでも恐ろしい。」
マインツ伯以下、強制的に城に居残りを命じられた者達は、全員戦々恐々であった。
当然、リップヘン殿がすべてを取り仕切っているものと考えたからである。リップヘン殿は何をしでかすかわからない人物として有名だった。
しかし、実際には、万事をそつなく取り仕切り、陰で采配を振るっていたのは僧服のジェルナン殿であった。
姫君はいかにも若く美しく、威厳もあり君主として迎え入れるに誠にふさわしいお方と見受けられた。
リップヘン殿とユーグ公が当然のようにそのすぐそばに陣取り、えらそうにしていたが、そのすぐ下座にジェルナン・ライカ殿は控えていた。
もっと下手の方には、姫の上洛に付き従った小領主どもがかしこまって座っていた。
彼らは、姫君の直属の臣下という扱いになっていて、本来身分は低いのに、大領主も無視できない存在に成長しつつあった。
城に居残りを余儀なくされた連中は、青い顔をして、できればリップヘン殿と目を合わせたくなさそうだった。
彼らは、カナー殿の昨日の唐突な事件の噂を聞いていたのである。
城内に居たという以外、特にリップヘン殿の機嫌を損ねるような真似は仕出かしていないが、気に入られる理由もないので、リップヘン殿の剣の届く範囲には入らないよう気をつけていた。
「無血入城じゃ。ゴブロイド殿の兵はたいしたことがないようじゃの」
ユーグ公は高笑いしていた。
実のところは、リーア姫の非の打ち所のない王位継承権がモノを言ったのであって、ユーグ公のおかげではない。
その場にいた全員がそのことを感じ取っていたが、リーア姫がユーグ公の発言を黙殺するのを見て溜飲を下げていた。
夕食会に駆け付けた貴族連中は、姫と一緒に上洛してきた連中の様子を眺めて、どうやらあることに気付いた様子だった。
つまり、ユーグ公もリップヘン殿も一番の権力者ではないらしい。
この姫君の権力は、つき従ってきた大勢の貴族達の微妙なバランスの上に成り立っており、おそらくそれは誰が一番の権力を握るのかが決まるまで、あやふやな状態のまま続くに違いなかった。
だが、姫君はしっかりした口もとと澄んだ目の持ち主で、少なくとも今は特に誰かの肩を持つようには見えなかった。
その結果、多くの人々が当面は半分壊れかけた王宮のどこかに住処を探すことにして、姫君のそばにとどまるために必死になった。
チャンスがある。とみんなが考えたのだ。
ここで手柄を立て、姫君に気に入られれば、王国の権力の一部を手にすることも夢ではなかった。
戴冠式は一月後と決められ、その場で発表された。
政治も軍もどんどん動いていく。国境の警備については、最初の議題になり、ガゼル殿を中心とする部隊が大急ぎで編成され、出向いていった。
辺境の地の領主たちには恭順を促す手紙が届けられていった。
税制と財務にはマーリー殿が就き、戴冠式の費用の捻出に頭をひねっていた。
「これだけは豪華にしないと沽券にかかわります」
続々と上洛してくる貴族たちの中心にはリーア姫がいて、取り巻きが大勢、にぎやかな社交を繰り広げていた。
毎晩のように宴会が催され、リップヘン殿は必ず出席して、圧倒的な存在感で君臨していた。
ジェルナン殿も常に臨席していたが、これはこれで別の意味で人々の印象に残っていた。なぜなら、彼は、常にマスクをして僧服で通していたからだ。
「あのマスクで僧服のお方はどなたか」
姫の側につくことを表明するために、首都のマノカイにやってきた各地の領主たちが、宮廷にやってきてまず驚くのが、ジェルナン殿の異様な姿だった。
紹介されて、ジェルナン殿が愛想のよい、穏やかな人物であることを知って、彼らはまた驚くのであった。
「ゼノア軍に取り囲まれた姫様を救うために飛び込んでいった荒くれ男だと聞いたが、雰囲気は全然違うな。リップヘン殿のような方を想像していたんだが」
「あのマスクはなんなんだ。何のためにしてるんだろうな?」
「だが、兵士共の話によると、あのリンゲルバルト殿の軍勢にたった7-8人で切り込んで行ったらしい。兵士共には人気らしい」
もうひとつ驚くことは、北部チューリンの辺鄙な田舎暮らしの僧のはずのジェルナン殿が、実はリップヘンやリーア姫の幼いころのこともよく知っているらしいことだった。
「ご身分の高い方同士だから、幼馴染なのだな」
ジェルナン殿は物腰が穏やかで控えめだった。それとなく姫に付き従ってあちこちの集団に少しづつ話に加わり、話を盛り上げる様子は、見る者によっては狡猾とさえ思われるほど、肌触りが良かった。
だが、ジェルナン殿はプレショーンにむかって弱音を吐いていた。
「ガゼル殿の代わりに、国境警備に行ってたほうがよかった」
プレショーンは、眉を上げた。
「しかたありませぬ。姫様がお決めになったことです」
「戦ってたほうが、気が楽だ。私だって、ガゼル殿と同じくらい戦える。銃を撃ってたほうがさまになるよ」
プレショーンが笑った。
「ガゼル殿に社交は無理でございます。あなたさまなら、なんでもそつなくこなされる。今はお忙しくても、ほぼもう片がつきましょう?」
ガゼル殿に外交が無理だと言うのなら、ジェルナン殿にも無理なはずだった。ことが面倒と見るとガゼル殿は決まって、自分は武人で宮廷にご縁がない無粋な田舎者ですからといって逃げ回ったが、宮廷を知らない点では、ガゼル殿よりジェルナン殿の方がさらに無知なのである。
「国務官のメンバーは決まった。なぜか私も席をもらったよ。マーリー殿は優秀だ。彼に任せておけば……」
「マーリー様は、あなたさまにリップヘンや他の反対派の貴族を抑えてもらわねば全く動けませぬ。貴族の格が違いまする」
プレショーンは厳しく言った。
「元帥にはリップヘン殿が就いたけれど、ジェルナン様には将軍の位が与えられました。国務官と軍の役の併任はジェルナン様だけです。双方に目を配っていてほしい姫様のご意向ですよ」
ジェルナン殿は、この国の風習を知らなかったし、貴族達の家系図を知らなかった。
どこでどんなボロが出るか知れたものではなかった。
彼自身の機転と、最近の内戦でいろんなことが混乱していたので、それに乗じてジェルナン殿はなんとか危ぶまれずに過ごしてきたのだった。
「緊張する事だらけだよ。危ない綱渡りをしているようだ」
だが、上京してくる領主もようやく減り、城も落ち着きを見せ始めた。
一部の領主達はマーリー殿やジェルナン殿の目に留まって城にとどまり役を得た。
「できたら昔話を始めない連中の方が俺は助かる」
マーリー殿はうなずいたが、これは彼の身分が低いからだった。
残りは、サーシャ殿と公妃の動きだけとなった。
「公妃様については心配は要りますまい」
ジェルナン殿が、姫君やリップヘン殿など数人の会合の場で言った。
「あの方は負けそうな戦に手出しはなさらない。今は口実を設けて田舎の城に引きこもっている。問題はサーシャ殿です」
「殺してしまえ」
リップヘン殿が簡潔に言った。
新しく国務官の任に就いた名門貴族の一人が唇を動かした。反対らしい。
「このまま捨てておくという方法もあります。なぜなら、もはや圧倒的に力の差がついているからです。だんだん勢力が小さくなるだけでしょう」
ジェルナン殿が一同に説明した。
「だが、油断のならない存在であり続けることも間違いない」
理由さえあれば、いつか始末したい。
ジェルナン殿は姫君にそう説明した。公式の会議では、どこで誰に伝わるかわからなった。姫君の書斎で彼らは二人だけで密談していた。
「サーシャ殿に戴冠式の招待状は出しましたか?」
「少々いやみかもしれませんが、出しました」
「返事は?」
「ありません。」
ジェルナン殿も姫君も黙り込んだ。
「戴冠式の頃に何か行動を起こすかもしれませんね」
「ゴブロイド殿を牢に入れてあるので、たいしたことはできないと思いますが」
「わたくしもそうは思いますが、彼らは死に物狂いでしょう」
「もし、反乱が起きましたら平定には、このわたくしをお使いくださいませ」
「なぜ? リップヘンではなく?」
「はい。戦場に出たくなりました」
「わたくしに仕えるのが嫌になったのですか? リョウ」
そうは言いながら、姫君の口元には微笑みが浮かんでいた。
「とんでもございません。それにその名前を口にされてはなりません」
「言いそうになっては、困ったわ」
「一生、言えないでしょう。私はこのマスクを一生つけて生きていかねばなりません」
「まあ、リョウ、そんなことをさせるとでも思っているの? そんなつもりはありません」
ジェルナン殿は、困ったような顔をした。
ジェルナン殿には、姫がどうするつもりなのかわからなかった。この宮廷にいる限り、リップヘンが生きている限り、彼はマスクをはずすわけに行かないのだ。




