第46話 マノカイに無血入城(サーシャ殿がチキンだから)
よく晴れた輝かしい日だった。姫の馬車の周りには整然と並んだ騎馬の貴族たちが付き従った。姫の馬車にはリップヘン殿がつきそった。高齢のユーグ公は続く馬車に乗り込んだ。
行列の先頭にはジェルナン殿が立った。
きらきらと輝く豪華な僧服で、顔にマスクをした彼はひどく目立った。マスクのせいで、大男で派手に着飾ったリップヘン殿より目だったかもしれなかった。
ユベール殿を通じて、マノカイの民衆にはリーア姫の入城は知らされていた。マノカイの民衆は元の王妃であり、夫の死後、尼僧院に引きこもった薄幸の姫君のことを忘れてはいなかった。ヴェヴェイ家の姫君で死んだ元の王の従兄妹に当たる方であることも忘れていなかった。
彼らは入城を拒む王宮の警備兵に反感を抱き、ことあらば王妃の味方をしようと色めき立っていた。
「あの方がもっとも正当な継承権をお持ちなのだ。マノカイ王家直系の姫君様で、お母様もゼノアの王女様だ」
「ましてや、元の王妃様だ。大変お美しいお方で、まだとてもお若いはずだ」
「継承権もあやふやな連中の王位争いで、いつまでも内戦状態はつまらん。商売に差し支える」
「お姫様がお気の毒だ。我々は戦うぞ。正当な王位継承権の方の入城を拒否するなんて、何て連中だ」
「ユーグ公がお迎えに行かれ、ご即位を説得されたそうだ」
「なんでも、ゼノア王が姫に結婚を迫ったらしいぞ。マノカイを併合するチャンスと思ったらしい」
「併合だと?なんと言うことを。それにゼノアの王は結婚していなかったか?」
「王妃が隠遁していた尼僧院に軍が迫り、姫を連れて行こうとしたらしい」
「それはひどすぎる」
「ヴェヴェイの家に仕えていた将軍の息子がずっと僧院にいたものを、姫の危急を聞いて駆けつけ救ったらしい」
「坊さんがか? 戦ったのか?」
そのとき、街の中へリーア姫の行列の先頭がやってきた。
「ほら、あの先頭の僧服の男だろう……」
「マスクをしている……」
そのとき、誰かが叫んだ。
「ジェルナン・ライカ殿オオオ」
馬上のジェルナンが叫びに対して会釈した。
「ああ、あのライカ将軍の息子か」
「そうらしいな。どうしてマスクなんかしているんだろう。だが、なかなかたくましそうな男だな。確かに戦えるかも知れんな」
さらに人々の騒ぎは大きくなった。姫の馬車が見えてきたのである。人々は大きくどよめいた。
「リーア様あああ」
甲高い女の声がすると、姫君が馬車の窓から人々に見えるように顔を覗かせた。
騒ぎはますます大きくなった。
姫君は町人どもが期待していた以上に美人だったのだ。微笑むと愛らしさがこぼれるようだった。誰もが目を奪われた。
「すごい美人だ!」
町人共が大勢出てきて道路をふさぎ、美しい姫君を一目見ようと大混乱になった。
「こりゃ、者ども、これでは王宮にたどりつけん。姫君を通して差し上げろ」
「おお、ユーグ公だ」
「お手柄のユーグ公だ」
「ユーグ公、万歳」
ユーグ公は思わず笑顔になり、人々に手を振った。大変な騒ぎになった。
ジェルナン・ライカ殿が戻ってきて、他の貴族どもの手を借りて、民衆に道を開けさせ、馬車を誘導した。行列はまた静々と動き始め、王宮の門の前で止まった。民衆は行列の後からぞろぞろついてきていた。
「門を開けよ!」
ジェルナン殿は門番に言った。
「し、しかし、何があっても絶対にあけるなと言う厳命を受けていまして……」
門番は震え上がっていた。
「お前が死体になれば言い訳が立つというなら、今すぐでも死体にしてやるぞ」
ジェルナン殿は言った。彼は懐から銃を取り出した。
「こんなところで口論なんかごめんだ。銃にモノを言わせたほうがよっぽど簡単だ」
門番は、ジェルナン殿が毒づくのを半分も聞いていなかった。あっという間に門を開け、最敬礼して姫の一行を通した。
民衆はそれを見てさらに歓声を上げた。まるで自分たちが勝ったような気持ちで、大喜びだった。
「自分たちが姫を即位させたような気分になってやがる」
貴族のうちの一人が言った。
「黙ってろ。次は、ゴブロイド殿だ。サーシャ殿の伯父上で、リップヘン殿が切り殺したカナー殿の伯父だ。ただではすむまい」
城内に入ると、ジェルナン殿は顔をしかめた。
「ひどいな。全く変わってしまっている」
「内戦だからな。貴公が出入りしていた頃とは違っていて当たり前だ」
リップヘン殿が答えた。
「ところで、ゴブロイド殿はどこかな」
「どうせ誰かが出てくるだろう。俺もここはずいぶん久しぶりだ」
一人の貴族が、びくびくしながら出てきた。ジェルナン殿は馬を降りた。
その貴族は勇気を振り絞って、リップヘン殿に向かって言った。
「公妃様とサーシャ殿は、ここにはおられませぬ」
「これは、マインツ伯」
ジェルナン殿は声をかけた。マインツ伯は、マスクの異様な男を見て誰だろうと驚いた様子だった。
「ジェルナン・ライカです。以前、前王の葬儀でお目にかかりましたね……」
ジェルナン殿は口を滑らせたが、どうやらマインツ伯は聞いていないようだった。
「ゴブロイドはどこか」
リップヘン殿が居丈高に聞いたからだ。
「ゴブロイド殿は、甥御殿の喪に服しておられます」
「喪?」
リップヘン殿が鼻でせせら笑った。
「カナー殿のか」
ジェルナン殿は、リップヘン殿を押さえにかかった。
「リップヘン殿、姫君のご入城の日に殺生はおやめくだされ」
「僧服は言うことが違うな。抹香臭い説教はたくさんだ。ゴブロイドを連れて来い。やつには言いたいことがたくさんある」
「ゴ、ゴブロイド殿は宮中におられますが、公妃様とサーシャ様は城をお出になりました」
「なんだと?」
リップヘンは目を丸くした。リョウも驚いた。
マインツ伯は小さくうなだれていた。
「逃げたのか!」
「ご領地にお戻りに……」
「じゃあゴブロイドしかおらぬのか」
リップヘン殿は大声で高笑いを始めた。
後ろに控えていた兵たちや、ユーグ公、姫君にもこの朗報は次々と伝わっていき、最後には姫君の運命や如何と詰めかけていた民衆たちにも伝わっていった。
「無血入城だ!」
誰かが叫んだ。騒ぎは大きくなり、人々が口々に叫び始めた。
「ガゼル殿、ガゼル殿はおられぬか?」
ジェルナン殿はガゼル殿を呼びつけた。数多くの貴族の中からガゼル殿が飛び出してきてかしこまった。
「リップヘン殿、ガゼル殿にお頼みして、ゴブロイド殿は牢に閉じ込めておく。王家に対する反逆罪だ。それでよろしいか」
「ああ、あとで首をねじ切ってくれるわ」
「ガゼル殿、必要なだけ人数を連れて行け。ゴブロイド殿を逮捕せよ」
ジェルナン殿はマインツ伯に向き直ると尋ねた。
「マインツ伯、公妃様とサーシャ殿がここから出て行かれたというのなら、ゴブロイド殿以外の代わりの方はどなたがおいでか」
「わたくしです……」
「それでは、リーア姫様ご臨席の今晩の夕食にご招待しよう。ほかにこの城にご参集の方々もご招待申し上げよう。リップヘン殿のご意向に沿えばだが」
ジェルナン殿はリップヘンを向き直った。
「おお、夕食の席で城の連中の顔を見せてもらおう。出てこぬ者には相応の沙汰をする。覚悟せよ。この城の牢をいっぱいにして見せようぞ」
リップヘンはいやな高笑いをした。




