第49話 ジェルナン殿、ウィンズローズへ
唯一、比較的平静そうだったのが、ジェルナン殿だった。
ただ、手塩に掛けた戴冠式が成功するかどうかは非常に気になるらしく、マーリー殿やステイン殿、ユベール殿などを呼びつけては、次から次へと指示を出していた。
あげくのはてには、リップヘン殿まで呼んで手順の説明を始めていた。
リップヘン殿は、文句を言われるのではないかと身構えて、普段なら、比較的親しい間柄と思っているらしくそんな仰々しい真似は絶対しないのに、家来どもを数人引き連れてやってきた。
だが、ジェルナン殿は式当日のパレードでジェルナン殿が居なくなってしまうので、代わりを務めてほしいと頼んだだけだった。
「マノカイの護衛はリップヘン殿だけになるのでよろしく」
「え? あ、ああ」
「ゴブロイド殿の軍は連れて行かない。当たり前ですが。寝返られるのがオチだから」
「それはそうだな」
「いつ帰れるかわかりませんが、できるだけ早く戻りまする。その間、姫君をよろしく」
「うむ。わかった」
それからジェルナン殿はジャボット殿とマインツ伯に会いに行った。
「戴冠式の間留守をさせていただく。よろしくお願い申し上げる」
ジャボット殿は昔からの大貴族で、あまりジェルナン殿のことをよく思っていなかったが、この状況では、さすがにジェルナン殿に同情した。
「今更どうあがいてもリーア姫様の戴冠は変わらない。ましてやサーシャ殿を動かしてきた叔父上のゴブロイド殿は牢の中じゃ。なぜ反乱に踏み切ったのか。勝算は全くないし、そもそもサーシャ殿はどちらかと言えば戦争などはお嫌いな方じゃ」
ジェルナン殿は慎重に言った。
「裏に誰かいるかもしれませぬなあ」
ジャボット殿はびっくりした。
「はあ? 裏とは?」
「万一、ゼノアが裏で糸を引いていたら……」
二人は目を丸くした。
「ゼノア? ゼノアか?」
「ゼノアはマノカイがもう一度内乱状態になることを望んでいる。リーア姫様が戴冠すれば、マノカイの内乱には終止符を打たれるでしょう。今しかチャンスは残されていない。サーシャ殿に接触して、ゼノアの軍備や兵たちが国境の城へ入り込んでいるかも知れません」
「まさか、そんなことはあるまい」
そうは言ったものの、二人は不安になった様子だった。
「戦闘はサーシャ殿以外の人物が指揮を執っているということか。確かにサーシャ殿と母上は、軍を率いる才などカケラも持っていなさそうだが……」
ふたりは絶句した。
そのとき、ざわざわと騒ぐ人声が響いてきた。
「ジェルナン、ジェルナン殿はおらぬか?」
「ユーグ公の声だ」
ジェルナン殿が大声を張り上げた。
「なにか大事でございますか、ユーグ公」
ユーグ公の痩せて年寄りらしくよろよろした姿が、ジェルナン殿向かって走ってきた。後ろから数名の貴族が心配そうに一緒に走ってきた。
「大変じゃ。サーシャ殿の軍がウィンズローズを陥落させ、マッシュ公を討ち取ったと」
三人は顔色を変えた。
「マッシュ公を? なぜ? どうやって?」
「わからぬ。殺す必要はなかったろうに。あのサーシャの若造がそんなことを」
「しかし、どうして勝てたというのです?マッシュ公は相当の軍勢を持っていたはずだが」
「それもわからぬ。軍勢は最新式の銃を持っていたそうじゃ。早馬は、生き残りのマッシュ公の家の者で……」
「ゼノアだ」
ジェルナン殿がつぶやいた。
「まちがいない。裏にはゼノアがついている」
「な、なぜわかる? ジェルナン殿?」
「銃です。銃の装備はリンゲルバルトの軍しかないはずだ」
「どうする、ジェルナン殿」
「今すぐ出ましょう。準備はもう出来ている」
ジェルナン殿は、ユーグ公に向き直った。
「私の帰りは遅くなるかも知れません。リーア姫様をよろしくお願い申し上げます」
「お、おお、任せておけ。しかし、ジェルナン殿……」
ジェルナン殿は風のように行ってしまった。人々は大急ぎで出ていく軍勢を不安げに見守った。
軍勢は比較的早いスピードで移動していた。
ジェルナン殿も最初は緊張した様子だったが、戦場に向かうにつれて意外なことにだんだん陽気になってきた。
「早いのは取り得だよ」
宮廷から逃れて、すっかり陽気になったジェルナン殿は言った。
「おまえら、敵さんも銃使いだってさ。十分な距離をとろうな。刀と同じ距離感だと、間違いなく死ぬぜ」
彼らは昔からの刀用の重装備はさっさと脱いでいた。
「いいか、今度はこのジェルナン様の作った秘密兵器がモノを言う番だ。こいつでドカーンとやっちまおうって話だ」
彼は上機嫌でニヤリと笑って見せた。秘密兵器を知っている部下どもは、真剣な顔をしてうなずいた。
変な格好でウマに乗り、僧服などはどこかへ脱ぎ捨て、一番汚い兵隊の服を着込んだジェルナン殿は、とても大将には見えなかった。
「それでも、マスクだけはしてるのか」
「あれが宮廷の貴婦人たちに人気のマスクの僧服のお方だ。優雅で礼儀正しいことで有名なんだそうだ」
兵士共はクスクス笑った。
「こらー、そこ、俺の話を聞けー」
ジェルナン殿は陽気に叫んだ。そしてひそかにニヤニヤした。
「せいぜい心配するがいいさ、マノカイの連中」
ちょっと平和だと、仲間内で権力争いにしのぎを削り、徒党を組んでジェルナン殿のような新参者にはわからない勢力図を作り上げてしまうのである。
「みんなは、俺が昔からマノカイの宮廷にいるように誤解している。俺はどうせジグ人だ。いくらなんでも限界がある。こうやって敵でも壊滅させてるほうが得点が稼げるってもんさ」
宮廷貴族どもは気がついていないだろうが、こうやって兵を引き連れて走っていくうちに、大事な国軍は彼の手に掌握されていってしまうのだ。
「まぬけどもめ。世の中、いつまでも平和とは限らん。いざとなったら力技さ」
だが、そんな陽気な雰囲気も翌日になると一変した。彼らは斥候を立て、農家出身者が多いことをいいことに村中にスパイを放った。
ジェルナン殿の軍勢は田舎者の服を着ており、唯一目立つのがジェルナン殿のマスクだけだった。
「あー、取りたい」
「もう、取ったらだめなんですか?」
ついに部下が聞いた。ジェルナン殿のマスクの話題は、タブー中のタブーだったのだ。
「ダメなんだ。事情があってね。あ、光った」
もう、かなりの距離を進んでいた。敵陣が近いはずだった。銃身がきらりと光ったのだ。
「いるぞ。まだ、射程範囲内じゃないな。広がりがわからない」
1時間ほどで散発の銃撃戦になった。本格的な戦いをジェルナンは待っていた。
「始まったな。中世式の戦いだな」
「ちゅうせいってなんですか?」
「お前は知らなくていいんだよ」
ジェルナン殿は言った。
「突っ込んでって、明日には終わらせるさ。あいつら、弾も命も惜しいから、接近戦になってもそうは撃ってこないだろうよ。こっちの秘密兵器をしこたま食らわせてやるさ」




