第41話 貴族社会の優雅なサロン風会話
戦果を聞いてうれしそうなリーア姫とあきれ返ったガゼル殿との夕食が済むと、リョウはこっそりプレショーンを呼び出した。
「で、なにに使うんですか?」
尼僧院の裏庭で、プレショーンが怪訝そうに聞いた。
「気にするな。」
リョウは、持ち帰った死体をていねいに点検すると、プレショーンに手伝わせて、自分の商人の服を着せた。銃を取り出すと、顔めがけてぶち込んだ。プレショーンはいやな顔をした。
リョウは大切そうに彼の大事なリュートをその男に持たせた。
「俺がこれだけは手放さないことを、やつは知ってるからな。」
夜にまぎれて、彼はその顔のつぶれた死体を戦場へ連れて行った。
リンゲルバルトは、リュートを発見するだろう。彼はリョウが死んだことを知るだろう。
「似たような死体があってよかったよ。」
リョウはつぶやいた。
それから彼は尼僧院に向かって行った。マスクは付けっぱなしだった。
リンゲルバルトとラセルからは、さすがにしばらく音沙汰がなかった。姫君様拉致作戦は失敗したのである。
軍備などまったくないはずの尼僧院が徹底抗戦の構えであった。それも鍋や釜でも投げてくるならともかく、本格的な銃撃戦を繰り広げることになった。たぶん、今頃はガゼル殿の来歴でも調べているところだろう。
後で聞いた話によると、マノカイの領民に姫君様奪取計画がばれた後は、なにやら雲行きが怪しくなって、食糧調達も思うに任せず、(領民の若者どもに言わせると)にわかに結成されたパトロール隊が、特に夜間、陣地の周りをくるくる警戒して、それを恐れたリンゲルバルト隊は逃げ出したそうである。
リョウはリンゲルバルトに同情した。
夜中にそんなものにうろうろされたら、リンゲルバルトでなくても不眠になる。
そもそも日数を限っての作戦だったから予定通りの帰還なのだが、領民を恐れて逃げ出したなどと言われていることを知ったら、リンゲルバルトのことだ、怒って焼き討ちでもやらかしそうだった。
一方、リップヘンは、すぐにも駆けつける旨返事をよこしていたが、どうやら盛り返したサーシャ軍にてこずっているらしく、なかなか到着できないらしかった。
そんなわけで、彼らは表面上は至極のんびりとリップヘンの到着を待っていた。
リョウは内心、至極のんびりなどと言う心境ではなかった。
これまで、全然知らなかったが、彼はリップヘンと実はすでに知り合いだったらしい。
共通の知人がいたわけである。
たぶん、リップヘンは彼の顔を全然覚えていないに違いない。そうでなかったら、最初の出会いの時点で、リョウはただでは済まなかったはずだ。だが、事実がばれたら、もう一度殺され直すこと請け合いだった。
姫君様とプレショーン、リョウが集まって話をすると、立ち居振る舞いから言葉遣いまで含めて、宮廷の優雅なサロンのようだった。ガゼル殿にとっては、非常に居心地の悪い場だった。
「全国の貴族にわたくしを助けてほしいという文を送りましたの。」
リーア姫様が言った。
「それはどうやって届けるのですか?」
ガゼル殿は戦時中なのに?という言葉を飲み込んだ。
「簡単ですわ。隣の修道院に尼僧が持って行きましたのよ。次の僧院が順繰りに回してくださいます。」
「姫様、それでは全国に広まるまでに相当の時間が掛かるのでは?」
ガゼル殿が聞いた。自分でも知らぬまに、眉間にしわがよっている。
「ご安心ください。自筆の手紙を50枚書きました。まだまだ書きますわ。」
ガゼル殿は不審そうな顔をした。何枚書こうが、届くのにかかる時間は短縮されないだろうに。これだから深窓の姫君は……と彼は考えたのだが、これはガゼル殿の方が間違っていた。
確かに隣の僧院までは、尼僧がいらいらするようなスピードで届けていたが、受け取った僧院のほうは腕に覚えがある僧侶が(尼僧ではない)早馬を全速力で走らせていた。
次の僧院も手紙を読むと、すぐに隣の僧院へ死に物狂いで連絡を入れていた。国の一大事であった。
「わたくしは、村の鍛冶屋を徴集いたしました。これで武器が作れます。」
リョウも言った。鍛冶屋にも用事はあるまいとガゼル殿は考えたが、これも間違っていた。リョウは弾丸や銃を必要としていたのである。
そのほか、噂を聞きつけて、村の若者が入隊を希望してくる。
「大丈夫か?あんな連中。」
「人がいるんだ。農家の頑丈な連中じゃないか。俺がもらう。」
リョウは答えた。
「ジェルナン殿。姫様の前では、ずいぶん上品に振舞っておられるが、兵士の前では全く雰囲気が違いますなあ……」
ガゼル殿が妙な風に感心して言った。
「そうかね」
姫君の下に駆けつけた僧服の「ジェルナン殿」は有名になりつつあった。なにより、マスクをつけたその容貌が異様過ぎて、人の噂になるにはもってこいだった。
「マスクをつけた修道僧か?」
「誰も素顔を見た者はいないそうだ」
「いったい、マスクの下には何が隠されているのだろう?」
ジェルナン殿本人は、マスクにはうんざりだった。
がっちり紐で結わえておかないと落ちそうになるし、暑いし邪魔だし、まったくもってやりきれなかった。
かといって、取るわけにも行かなかった。
人々はロマンチックな想像をして、彼の正体にわくわくしていた。一方、ジェルナン殿は、マスクをつけるだなんて、よほどまずい顔だろうと噂されているのを聞くと、猛烈に残念だった。ゼノアの宮廷では男前の楽師で知られていたのに。しかし、まさか、自分でそこまでまずい顔じゃありませんなどと言うわけにもいかないので黙っていた。
表面上は何もしていないように見えても、リョウは大忙しだった。志願者は雪だるま式に人数が増え、訓練を施すのが大変だった。僧服なんか着ていられなかった。つい僧服を脱ぎ捨てて、兵士の格好で動き回っていた。例の6人は教師として大活躍だった。
「素質のあるヤツを見つけて使え」
工房では、近隣一帯の鍛冶屋が高給で召抱えられていた。
「これはなんだ?」
いくつも重ねておいてある丸いボールのような鉄製のモノを見て、ガゼル殿は聞いた。
「ただのボールだ」
ジェルナン殿はガゼル殿にそう言って彼を追い出した。それは実は手榴弾だった。
鍛冶屋どもは、すでにジェルナン殿に忠誠を誓っていた。彼らはマノカイ王家直系の美しい不遇の姫君に忠誠を誓うつもりで来たのだが、ジェルナン殿も姫君に忠誠を誓っているので同じ計算になると言いくるめられて、気が付くとジェルナン殿の部下になっていた。
だから、彼らはガゼル殿が鍛冶場に入ってくると警戒の目を光らせた。村の若者のうち、人殺しの役に立たなさそうな連中のうち何人かは、ここへ送り込まれ修行を積んでいた。全員マノカイの者で、内乱を終わらせるにはリーア姫様の存在が第一と信じていた。
リップヘンの到着が遅れに遅れていることは、リョウにとっては好都合であった。
今のうちにジェルナン殿は子飼いの軍を何とか形作りたかった。でないとガゼル殿程度ならとにかく、リップヘン殿には対抗できない。
あと数年遅れてほしいくらいだった。だが、そんなことはありえず、数週間後、リップヘンは相当無理を重ねた様子で到着した。




