第42話 リップヘン殿、リョウをクビにする
リップヘンは王国第一の騎士であった。
相当な大貴族の子息、ジェルナン殿もリップヘンには頭をたれなければならない。ガゼル殿などは、末席に連なることさえ光栄に思わねばならなかった。
「リーア姫様。」
リップヘン殿は、疲れ果てた様子だったが、相変わらず堂々とした様子でリーア姫と対峙した。
リョウは奇妙な感動でこの大男を見上げた。
どんなに疲れていても、困難な道でもひたすら努力して進んでいる者をみると、決して無感動ではいられなかった。
彼はいわば敵であり、好きなタイプの人間でもなかった。だが、彼の孤独、熱情を思うと、その異常な行動を勘案してもやはり多少、尊敬の念を抱かずには入られなかった。
ジェルナン殿は、豪華な僧服を身にまとい、マスクをつけて、黙って立っていた。
正体がばれたらどうなるだろうと心配だったが、突然、歌でも歌わされない限り大丈夫だろう。
「ジェルナン・ライカ殿」
ジェルナン殿は、最敬礼をした。
「ながらく姫君の護衛、ご苦労だった。」
出来るだけしゃべりたくなかったジェルナン殿は、さらに深く一礼した。
「これから姫君の護衛は、このリップヘンが引き受ける。安心して僧院に戻るがよい。」
「リップヘン殿。」
殿呼ばわりされて、リップヘンは目をぎらつかせた。リョウは落ち着いて、よく響く声で話した。
「ふつつかながら、先代ジェルナン・ライカ将軍の頃より、当家は姫君様ご一家の護衛の軍隊でございます。わたくしに落ち度があって、姫君様からのご解職がない限り、姫君様の軍隊としてお仕え申し上げることとなっておりまする。」
リップヘンは例の激怒の発作を起こした。
「聞こえなかったのか。僧院に戻れと言っておる。」
ジェルナン殿は黙ったが、まったく動かなかった。
「この、若造が。僧院出の頭でっかちの青二才が。」
「リップヘン、言葉が過ぎましょう。」
リーア姫が口を挟んだ。
「この者は、わたくしの家の護衛でございます。わたくしの命しか受けませぬ。」
ジェルナン殿は姫君の脇により、ひざをついて従順の意を示した。
リップヘン殿は青筋を立てた。しかし、ライカ家が、ヴェヴェイ王子の時代からリーア姫の家の護衛についていたことは間違いなく、家内の問題についてはいかにリップヘンといえど口出しできる話ではなかった。
「では、あの小汚いもう一人の傭兵隊長は追放してしまえ。」
「お言葉ですが、ガゼルはわたくしの家来でございます。」
ジェルナンが冷たく口をさしはさんだ。
リップヘンは例の青筋を立ててリョウをにらみつけた。ただでは済まさない。
「リップヘン。」
この時、リーア姫がリップヘンに呼びかけた。
「リップヘン、頼みがある。マノカイまでの先導をお頼みします。わたくしを首都へ連れて行ってください」
一同がはっとした。リップヘンは振り返り姫を見つめた。
姫君が首都に入る。
それがどんな意味を持つか。
姫こそが王位継承の第一位の人物であった。
その人が首都に入ってしまったら、戦争はすべて終わってしまう。
今までの戦争は意味をなくし、国家権力はすべて姫が選んだ誰かの手に握られてしまう。
リップヘン殿も、サーシャ殿も、公妃も、この姫君を錦の御旗に押し立てて、自分が権力を握ろうと戦ってきた。
まさか、ここで本人が、自分から上洛を希望するとは……連れられて首都へ入るのではなく、家来を引き連れて首都へ入ると宣言するとは……
「はい……」
だが、そう答えるしかなかった。苦労してやっと手に届きかけた権力がするりと手の中から抜けていってしまう。
引き下がったリップヘンは、姫の傍らに静かに立つマスクの男を見つめた。
今、ここには今まで誰も知らなかったダークホースが立っていた。
ライカ将軍のことは聞いたことがあった。彼が生まれる前に活躍した将軍だ。
その息子だと?
たった一人で姫を助けるはずだったのに、そして姫に頼られるたった一人になるはずだったのに。
一人だけなら絶対権力者になれるが、十分に名門の貴族がもう一人いると、そんなわけにはいかない。
こいつは誰だ。
リップヘンがどうしようもできないでいる間に、リップヘンの軍の歓迎の宴は始められていた。
疲れ切ったリップヘンの部下は、食べられるだけ詰め込むと溶けるように眠ってしまった。
リーア姫の傍らで、リップヘン殿とジェルナン殿は火花を散らしていた。
「明後日、出立したいと思います。ウマを休ませるのに、それくらいは必要ではありませんか?」
リーア姫がリップヘンに尋ねた。
リップヘンは同意するしかなかった。




