第43話 リーア姫の軍勢、雪だるま式に増える
いまや、別な物語が始まったことを、リョウことジェルナン殿は感じていた。
ライカ殿の家系は、立派な貴族であった。
ジェルナン・ライカ殿は若く、その活躍は彗星のようで目覚しかった。
リップヘンから見れば、ジェルナン・ライカ殿が姫君の身近に仕えていることは目障り以外の何物でもなかった。彼はジェルナンを憎んだ。リョウは常にリップヘンに憎まれる役回りになるらしかった。
リーア姫から与えられた新しい身分と役割は、リョウに新しい可能性を与えた。
「誰かマノカイの非の打ちどころのない貴族の御曹司と結婚すれば…」
リーア姫の運命の結婚式の時に誰かがささやいていた。リョウが姫の運命を占ったあの晩のことだ。
マノカイの非の打ちどころのない貴族。
今、彼はその身分を手に入れたのだ。
あの時の言葉が、耳によみがえる。リーア姫と結婚して王になる人物はどこかにいるのだ。
「東渡りのジグ人なのに?」
リンゲルバルトやラセルはリョウの顔を知っている。マスクをはずせば、ジェルナン殿の正体がすぐわかってしまう。薄汚い裏切り者だ。貴族でもなんでもない。流れ者の楽師だ。
マノカイとゼノアは近い。リョウの顔を知っている者も多い。それでも彼は万一の可能性の芽を思いきることができなかった。
リョウは頭を振って考えるのをやめた。彼にはきっと関係のない話なのだ。リーア姫は、懐かしいこの修道院では、まるで彼一人のものみたいだった。でも本当は、手の届かない星のような存在なのだ。
翌日はマノカイの首都に向かって出立する日だった。
さわやかな晴れた日で、幸先の良い出立だった。
相当乗馬が身についてきたリョウは馬上の人となった。
ガゼル殿はジェルナン殿の旅装を見て、別なことに気がついた。
「マスクさえなければ、立派な体つきだし、身分もよいし、話もうまい。これはリップヘン殿にとっては意外な対抗馬なのかもしれない。」
ガゼル殿も、最初は我こそはと思い上がってリーア姫の下についたものの、ジェルナン殿に引き続きリップヘン殿までが出現するにいたっては、たんなる傭兵隊長としての地位に甘んじるしかなかった。
「……とは言え、多少でも、見せられるような顔立ちなら、わざわざマスクなどするはずがない……これは、やはりリップヘン殿の一人勝ちだな」
国中の貴族たちからは、続々と姫の下に馳せ参じる旨の書状が届いていた。姫の手紙が功を奏しつつあったのだ。
おそらくマノカイに着くまでに、リーア姫の軍隊は膨れ上がり、誰の手にも負えなくなってしまうだろう。
マノカイまでの中途の行程は、本来ならゆっくり行っても5日のはずだったが10日掛かった。
すべての宿場町で泊まり、地元の領主が駆けつけ、祝いの席を設けた。姫は喪服のまま出席し、元の王妃の地位にあることを皆に思い出させた。
「プレショーン、先払いをさせろ。街道沿いの領主全員がリーア様をお迎えするように知らしめて歩くのだ。」
「かしこまりました。」
「マーリーの領主とユベール殿が来ていたな?」
「はい。この街道沿いに領地をもつ貴族たちです。」
「なかなか気が利く者と思った。マノカイ城へ先行させ、準備をさせよう。」
リョウは持ち前の物柔らかな態度で二人を案内し、姫君にお目にかからせた。
二人は姫君にお目にかかるのはもちろん初めてで、非常に感動していた。
ジェルナン殿は、その様子を横で観察しながら少し不思議な気持ちになっていた。
彼にとっては、リーア姫はリーア姫だった。きゃしゃな体で支えきれないほどの大きな刀を振りかざし、気力だけで世の荒波と戦い続けている若い女性だった。
だが、ほかの者たちの目には少し違うらしかった。彼らにとって姫君は全知全能の王だった。
それを助長したのは姫の素質だった。姫は物静かで威厳があり、非常な美人で品があった。王侯としては得難い素質であった。
「マノカイに入城したのち、姫君の戴冠式を行う。」
「た、戴冠式?」
実直で40台寸前のマーリーの領主と、30台に入ったばかりのまだ若いユベール殿は、腰を抜かさんばかりに驚いた。
「何を驚くことがある。この世の誰よりもマノカイの王位に近い方だ。違うのか?」
「そ、それは確かにそうですが…。」
「リップヘン殿がリーア姫と結婚されて、王位を継ぐものとばかり思っておりました。」
ジェルナン殿はうなずいた。誰もが、リーア姫のご夫君が王位につかれるものと思いこんでいたのだった。
「ゼノアの王ラセル陛下も、姫との結婚を望んでおられるのだ。そのためにあの尼僧院におられたのでは危なかった。軍勢を率いて、姫をさらいに来られたのでな。ラセル陛下とご結婚されたら、マノカイはゼノアに飲み込まれてしまう。」
二人ともが、らんらんと目を輝かせた。それには耐えられなかったらしい。
「姫を拉致とは言語道断」
若いユベール殿の方がいきり立った。マーリー殿も何か言い出し始めた。ジェルナン殿は二人を押しとどめた。
「結婚相手によって、マノカイの運命が決まってしまうだなんておかしな話ではないか。王位継承権はリーア様のお血筋とご身分に由来しているのだ。リーア姫様の結婚相手が王位を継ぐわけではない。ゼノアのお家騒動が一段落した今、マノカイの国が乱れていて王が不在と言う事態は、ゼノアに付け込まれる危険があると判断されたようなのだ。それで……」
「女王陛下の誕生ですな」
「そう。過去に例がないわけではない。また、女王の即位を禁じる法律があるわけでもない」
「私どもの手で、即位をおさせ申上げるのですね」
二人の領主の目が輝いてきた。
「そうだ。今こそ、マノカイのために、リーア姫様のご即位に力を尽くしていただきたい」
結婚と王位継承がセットになっていたのは、貴族どもの権力闘争の結果である。
大貴族連中が大本命だったリップヘン殿との結婚に反対で、自分の縁者との結婚を切望していたので、ここまで話がもつれ、時間がかかったのである。
ゼノアは継承権問題がマノカイよりも早く終結し、有能なラセル王の統治下で、混乱のマノカイを狙っていた。とっととリーア女王になってもらった方がマノカイのためには安全であった。
もっとも、即位してしまうと、結婚問題などどこかへいってしまいそうだった。
「そもそも結婚したいなんて、全く考えてなさそう。姫はもしかして結婚嫌いかも。前のご亭主もロクなもんじゃなかったし……」
リョウは余計な憶測をした。
即位の準備をせよと言い出したのは、実はリーア姫本人である。最初聞いた時には、マーリー殿やユベール殿ほどあからさまではなかったがリョウも驚いた。
「リップヘン殿は? なんて言っておられますか?」
「知りませんよ、そんなこと」
姫君はリョウをじろりと見た。
「え? では、リップヘン殿のお立場は?」
「わたくしは形だけでも戦えるようになりました。何かあれば戦います。私を殺すことは誰にも出来ない」
リョウは姫を見上げた。そのとおりである。
「恭順してきた貴族たちを集めて一緒に首都に上るのです。彼らは私が王位継承することを望むでしょう。出世の機会だと飛びつくでしょう。一方で、マノカイに残っていた名門貴族達は、わたくしに付いてきた彼ら新勢力を警戒して対抗しようとするでしょう。でも、リップヘンがいる。リップヘンは旧勢力の一員です。貴重です。旧勢力の一致団結を防ぐのです。リップヘンはわたくしと結婚したい。そうすれば、彼は王になれる。結婚相手を殺そうとするでしょうか? リップヘンは?」
「しません……」
リョウにも理屈はよくわかっている。ただ、彼が考えるのと、本人が口にするのとは大きな違いがあった。若くて可憐な姫君が、自分自身の結婚を政治の道具だと思っている様は、なんだか哀れを誘った。
「そして、わたくしが自由に動けるのは、あなたがいるからです。あなたが自由に動くためには、大勢のマーリー殿やユベール殿が必要です。あなたが一大勢力の核です」
「普通、そういう人物はうらみを買って失脚します」
しおしおとリョウは一応注釈をつけた。
「目くらましにリップヘンがいますわ。それに明日になれば、ユーグ公とゴブロイド殿の甥がここに加わります」
「ゴブロイド殿!」
リョウは大声を上げた。
「なぜ、そんな方々が?」




