第34話 デートのお誘いと思いました!
彼はどこでも少し異様らしかった。それまでどういうわけか宮廷暮らしが長く、最初に一時どこかの農家の世話になったことがあっただけで、彼はこういう村人たちがどんな生活をしているのか全く見当が付かなかった。
人々は彼が入ってくるなり、ひそひそと言葉を交わし目で合図しあった。
「何を注文しますか?」
リョウは亭主の無愛想な言葉付きにすっかりまごついた。
「なに?あるですか?」
「なに?こいつ外国人か。」
そう問われて、リョウは外国人に成りすまそうと思った。いろいろ聞かれても困るし、ここでは外国人は(金がありさえすれば)そう悪い扱いを受けなかった。なにか不用品と言った感じにされるだけである。
「なんだ、外国人か。商人の格好をしているのに、一人きりだし荷物もないなんておかしなやつだと思った。」
不審そうに見ていた客の一人が大声を出した。
「金はあるのか?」
亭主は確認しに来た。金がなければ追い出そうと思ったらしい。
彼は、しばらく亭主の顔を見ていたが、亭主から離れて袋の中をかき回し始めた。
なにしろ、大金を持っていた。金はラセルからあずかっていたが、使い道がなかったのだ。こんな大金、見られたら命がなさそうである。
もっとも値打ちのなさそうな銅の貨幣を出してみた。どうも物価がわからない。
「おお、ずいぶん金持ちじゃないか!」
亭主はいきなり機嫌が良くなって、何でも出せるぞ、ただ、泊まるならこの銅貨をもう一枚出さなきゃだめだと言い出した。
リョウは悲しそうな顔をして見せた。
「そうか、1枚しかないのか。まあ、メシくらいなら食える。俺の言ってること、わかるか?」
リョウはとなりの男の飲み物と食い物を指差した。
「よし。了解。」
リョウは小さくなって周りを見回した。
話が付くと、周りの連中は、さほどリョウに関心はなさそうだった。外国人は結構多いのか、言葉がうまくない以外、たいして問題はないようだった。なにしろ、この国では文字を読めない人の方が多いくらいなのだ。
「はい。」
やさぐれたような感じの女が食事を出してきた。つっけんどんで愛想も何もない感じの出し方で、リョウは面食らったが、そういうものなのかもしれなかった。
見たことのない食事だったが、まずくはなかった。鶏を豆と煮たものと、野菜のスープとこの地方のパンだった。おっかなびっくり味わった飲み物は、酒の一種らしかった。
「あんた、どっからきたのよ。」
「エレナ、変なもんに興味持つんじゃねえ。」
店主のどら声が響いた。
「興味なんか持ってないよ。」
「持ってんだろ、だから話しかけてんだろ。」
酔っ払ったらしい男が、にこにこしながらエレナを大声でからかった。
「うるさいよ。」
女は行ってしまった。
リョウはほっとして食べ続け、ようやく尼僧院からも食べ物をもらっていたことを思い出した。飲食店で、持参の食べ物を持ち込むとまずいのではないかと思ってこっそり袋を覗いたが、途中で食べろといわれたのに食べ物は入っていなかった。
「どうなってるんだ。」
中にあったのは、きれいな包みだった。開ける前から王家の匂いがぷんぷんする。あか抜けて高価そうだった。リョウは突然心臓がバクバク言い出した。手紙が入っている。
袋の中に入れたまま、包みを丁寧に開けると紋章入りのハンカチと署名のない手紙が入っていた。ハンカチの紋章が差し出し主が誰かを指しているのだ。
だが、ハンカチの紋章は誰のものかさっぱりわからず、リョウは字が読めなかった。
致命的である。
リョウは辺りを見回した。読める者はいないだろうか?だが、どう見ても皆、学はなさそうだった。
「ねえ、あんたはどっから来たの?見慣れない顔だよねえ?」
今度は別な女が話しかけてきた。さっきのエレナよりやさぐれ感はなくて、美人だったがその代わりすれた感じがあった。
「さっきは姉さんがゴメンな。」
「ねさん?」
「ん?ああ、ねえさんだよ。」
リョウは黙った。このどっちかの女が字を読めるってことはないだろうか。どうも見た感じ、両方とも自分の名前も書けそうにない。
「ねえさん、学はあるんだけど、あんなだからねえ。愛想なくてさ。」
「がく?」
リョウは食いついた。天恵。
「ああ、読み書きと算数なら得意なんだ。だけど、あれじゃあねえ。行き遅れにもなるわな。」
ねえさんのエレナはどこに行ったんだろう。ぜひお願いしたいことが…。
「いよう、ハラ。そんな妙な金もなさそうな若造にかまうなよ。こっちこいよ。新酒をおごるぜ。」
「ホントかい?」
ハラと呼ばれた女は目を輝かせて行ってしまった。
リョウは食べ終わって、キョロキョロした。さっきの女を捜さねば。
エレナは、隅の方でいやそうに男と話していた。うっかり目が合った。すると、その男に嫌気が差していたのか、エレナはリョウのほうにさっさと歩いてきた。
「よう、外国人。金はないの?」
「ない。」
リョウは答えた。
「金ないやつには用はないな。」
リョウは必死に考えた。考えてもダメだった。いい方法を思いつかない。だが、そんなことは言ってられなかった。
「字、読めるか?」
「なに?」
「言ってた。」
リョウはさっきの女、ハラを指した。
「いや、ハラは読めないよ。バカだから。」
「私も読めない。」
「あんたもバカだな。」
「読んで欲しい。」
彼は紙を差し出し、女は顔をゆがめた。
「あんたねえ、そういうのは金を出さなきゃダメなんだよ。あたしは、昼間は人の手紙を読んだり、代わりに書いてやったりして、お金を稼いでるんだよ。ただではダメだね。」
「どれくらい?お金?」
「うーん。さっきの銅貨1枚くらい掛かるんだよ。」
リョウは、困った顔をした。
あきらめて彼は銀貨を出した。女は目を丸くした。
「これは……。銅貨12枚分あるよ。宿代も出る。朝ごはんも食べられる。」
「読んで。」
「この金、くれるのかい?」
「読んで。」
リョウは繰り返した。女は変な顔をしたが、あっさり読みくだした。
『今晩。もとのあなたの部屋で待っています。』
リョウはもはやすべてを忘れた。
ガタンと立ち上がりその手紙を取り上げると、女を押しのけてドアに向かった。
「おい、泊まってくんじゃなかったのか?」
あっけに取られたエレナが言った。リョウは足早に居酒屋を出て行った。
「残りの金は?釣りはどうするんだ?おい!」
店主の声が追いかけてきた。だが、彼は何も耳に入らなかった。




