表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東渡りのジグ人 ~ある意味女難の相がある男の物語~ お前は予知の力を持つ悪魔の使い  作者: buchi
第3章  ジェルナン・ライカ殿

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/111

第32話 楽師リョウ、リーア姫に再会する

 リュートの弦が最初の音をかき鳴らす。


 そのたったひとつの音だけで、その者のリュートの腕前はわかるものだ。


 澄んだ、よく響く音で、美しく繊細な旋律が庭いっぱいに広がった。

 尼僧院の女たちも、アルビスも、ダンカンの部下の若い衆も、あっけに取られて、リョウを見つめた。


「なんと美しい。素晴らしいわ!」


 女たちは聞きほれ、夢中になって拍手した。


「マロイ、お前は歌い手だといっていたが、実はリュート弾きだったのか。」


「ちがいます、アルビス様。歌い手ですよ。」


「歌も歌えるのですか?」


 はしゃいで手を叩いて尼僧院の下女頭が尋ねた。


「はい、奥方様。」 


 リョウは優雅に一礼しながら丁重に答えた。そのありさまは、どう見ても商人でもなければ、村を渡り歩く吟遊詩人にも見えなかった。宮廷に仕える楽師の優雅な雰囲気がひとりでに出ていた。


「何をご披露いたしましょう?神の園では恋歌は不謹慎でしょうか?」


 この言い方も、どう聞いても兵士や商人ではなかった。王家の姫君を預かる尼僧院でさえ規格外らしく、下女頭は一瞬意味がわからなくてきょとんとしていた。


「では、花の美しさをめでる歌を。」


 リョウはまたリュートを取り出すと、最初の前奏を引き始めた。人々は黙った。


 彼が歌い始めると、聞いている者達は陶然とした。響き渡る深みのある豊かな声は耳に心地よく、音程もリズムもまったくゆがまず、心ははるばると歌のままに運ばれていく。


 全員が大喜びだったが、アルビスたちはむしろ不思議に思ったようだった。


「これほどの歌い手がなぜこんな所に?」


 アルビスは、王の計画にこの男が参加した意味を理解したと思った。


「そうか、この楽師を連れてきたのはそういうわけか。姫君を懐柔するために連れてきたんだ。きっと王国一の歌い手なんだ。」



「なんてすばらしい!」


「もう一曲ぜひお願いしたいわ!」


 もう一曲とせがむ下女たちのうしろがざわざわし始めた。


「姫様が?」


「ああ、待って。次の曲は少し待って。いま、ちょっと……」


 リョウは待たなかった。姫様がいるのなら、この歌を聞いてもらいたい。

 昔一度聞いたことがあるはずだ。私の歌を。覚えていますか?この歌を。


 リュートの前奏の後に、先ほどとは違う静かな歌声が夢のような美しさで広がっていった。

 人々は彼を止めることを忘れて、ひたすらに聞き入った。歌が終わって、リョウが宮廷風に深くお辞儀をすると、人々はようやく我に返り、彼を見つめた。


「商人は帰ってよろしい。楽師はここにとどまるように。姫様がもう少し歌を聞きたいと仰せです。」


 アルビスたちは、かしこまって尼僧院を去った。リンゲルバルトの下に帰ってから、アルビスは少々興奮気味に報告した。


「簡単でした。おっしゃるとおり一曲歌ったら、すぐにとどまれと命じられていました。マロイ殿は。」


 リンゲルバルトもちょっとびっくりしたようだった。


「そうか。えらくうまくいったものだな。」


「あの方は、王国一の歌い手だったのですね。すばらしい歌声でした。尼僧院全体が泣いていました。」


 リンゲルバルトはリョウの歌を実際には聴いたことがなかった。聞きたくないといって断ったのである。


「一度俺も聞いておけばよかったかもしれないな。歌ってやるといわれたんだ。でも、あんまり音楽には興味がなかったもので……」


「もったいないことをしましたよ。」


「うむ。また戻ってきたら、聞かせてもらうか。リップヘンがこちらに向かってきているという情報があるんだ。早くけりをつけないと……。」


「あの方なら姫君様を説得できるかもわかりません。女どもが全員で束になって大絶賛してましたよ。そばで見ている時は、何も思わなかったのですが、ああやって歌っているのを見ると、とんでもなく男前に見えてきました。」


「あいつは、もともとは射撃の名手なんだ。そっちの方が腕があると思ってたんだが、そうか、女たらしの才があったか。」


「この際、その才能の方に期待しましょう。ドンパチやらなくて済むかもわかりません。」


「確かにそのほうが生産的だが……」


 リンゲルバルトはまだどこか信じられないといった様子だった。



 

 リョウは、尼僧院の中に案内された。中は暗くてひんやりしていた。


「姫様が歌を聞きたいなどとおおせられるので。」


 身分の高そうな尼僧が猛烈に不満そうに、リョウが悪いといわんばかりに、建物の中にいざなった。


「尼僧院にこのような下賎な詩人を入れるとは。ああ、これ、マロイとやら、どこへ行く?」


「ホールではございませんか?」


「ホールなどにお前を入れるものか。面談室です。」


「面談室?」


「下の応接間です。」


「かしこまりました。」


 リョウは歩き出した。数ヶ月、ここで暮らしたことがある。幼かったリーア姫との思い出の場所だ。


 リョウは、尼僧がびっくりして、リョウを見つめていることにようやく気づいた。


「どうかしましたか?」


 尼僧はどもった。


「なぜ、なぜ知っている?」


「なにを、でございましょう?」


 リョウは丁重に聞き返した。


「なぜ、この建物のことを知っているの。下の応接室の場所なんて……」


「どの建物も似たような構造でございますから。」


「そんなことはない。この建物は、亡き王妃様の肝いりで特別に作られたのだ。」


「それは存じませんでした。」


「前にここへ来たことがあるのか?」


 リョウは思わずニッコリした。


「わたくしは、東渡りのジグ人でございますゆえ。」


「東渡りのジグ人?」


「はい。ご存じないかもわかりませんが、ジグ人と言うのは……」


「予知能力があり、占いを良くする……」


「はい。ですから知っておりまする。」


「ここをか?」


「ここでも、どこでも、知っていることがあります。知らないこともあります。」


 尼僧は廊下の途中で立ち止まった。

 明らかに不安になったらしかった。姫君に会わせてよいものかどうか心配になったのだ。


「ご心配なく。王族の方の運命は、わたくしごときの力では変わりませぬ。」


 リョウは、にこやかにいかにも確信ありげに嘘八百をかました。ほんとのところなんて、彼にも誰にだってわからない。


 尼僧は警戒心をいっぱいにしながら、おずおずと彼を部屋の中に入れた。



 何年か前と全く一緒だ。


 あの時もお付きたちは、姫君に不吉なものを呼び寄せてはいけないと、極力彼を避けようとした。

 姫君は笑い飛ばしていた。リョウはその頃彼のいたその国の状況を全くわかっていなかった。

 数年ぶりに、再び二人きりで会う今、姫君は大人になっていて、リョウは、この世界の一員になっていた。


「これでいいんだろうか?」


 マノカイが戦火に焼かれ焦土と化そうと、ゼノアとラセルが領土拡大の野心をたぎらせようと、リョウにとってはどうでもいいことではないのだろうか? そんなことのために、あの小さかったリーア姫が無理やり結婚させられて……。


 樫の木製の重いドアが、軽く軋んで開いた。

 尼僧は一緒に中へ入らなかった。彼女は一礼すると少し不安そうにリーア姫に眼をやったが、そのまま出て行った。


 二人きりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ