第31話 商人に化けて尼僧院にまんまと侵入
リョウは、念入りに武器を調えた。工廠でリョウを立ち入り禁止にした男は、リョウが、今度は、リンゲルバルトの手紙を持ってやってきたので、かなり面食らった様子だった。
『技師のマロイを紹介する。銃の専門家だ。工廠への出入りを自由に許す。工廠将校扱いとし、ダンカン殿付きとする。』
「ダンカンは俺だ。」
立ち入り禁止の男は自己紹介した。
「マロイです。よろしく。」
リョウは答えた。リョウという名前は、知っている者がいるといけないので使わないことに決まっていた。
「どうせ一度死んだ男だ。別の名前で生き返れ。」
リンゲルバルトはそう言った。
「では、マロイ、ではなくてマロイ殿。君は貴族なのか?」
「貴族じゃありません。外国人ですから。リンゲルバルト殿とは長年の知り合いです。銃の質の向上のために呼ばれました。」
「それで今回の計画についてくるのか。」
ダンカン殿は心配そうだった。
「銃とは何の関係もない作戦なんだがな。」
リョウはそれには答えずに軽く会釈した。
彼は黙って末席に席を占めた。一度射撃の腕を披露して見せてからは、リンゲルバルト殿がわざわざ連れてきた銃の専門家という肩書に、全員が完全に納得した。だが、銃の専門家を披露する機会はその時だけだった。例の計画が急を要していたからだ。
リンゲルバルトとリョウは綿密に計画を立てた。
リョウは、この時初めてあの尼僧院がどこにあったのか位置関係を把握した。
「説得できなくても、明後日の夕方には姫を迎えに上がる。」
「リンゲルバルト殿、なんだかリーア姫様がお気の毒になってきました。拉致するのとほとんど違いはないではありませんか。」
「うむ。違いはない。」
リンゲルバルト殿は断言した。そして続けた。
「だけど、やらなくてはならないんだ。リーア姫様にしたところで、もう大人なんだ。ロマンチックな恋物語なんか披露して国民の同情を買って、あんな所で隠遁生活を送れる身の上じゃないんだ。マノカイの危機なんだから。」
そう……。リョウは黙った。誰一人としておとぎ話の中で生きていくことは許されないのだ。
彼らは静かに進軍した。
「目立たないように分散した兵をここらで集める。そして、この山の中で待機する。リョウは例の尼僧院に向かってくれ。」
「ひとりでですか?」
「誰か連れて行くんだ。連絡が取れん。そうだな、ダンカンの手下から選んで行け。好きなだけ人数を連れて行け。金はあるか?なければ支給するが……」
「この計画に参加するときに、ラセル陛下からあずかったのがあります。」
リョウは、どんな格好をしたものか悩んだ。
「百姓の格好では、尼僧院の中に入れてもらえないだろうし、兵士の格好も同じだと思いますが。」
「商人のふりをしていったらどうだ。たとえ戦争中でも、旅商人は結構いるものだ。グループでも怪しまれない。リュートを持っていくんだ。尼僧院までたどり着いたら、私は商人ではありません、私は歌い手ですと言うんだ。一曲披露しろ。お前の歌なら、誰でも納得する。なにしろ宮廷楽師の腕前だ。尼僧院なんか暇をもてあましてるに違いない。必ず中にいれてもらえるさ。」
リョウは感心した。さすがにリョウは外国人なので、田舎の村の事情まではわからない。
ダンカンの部下の中から、気が利いて、はしこそうな若い者を選んだ。
「誰か中年も連れて行け。商人に見えない。お前だって若すぎるくらいだ。」
40年配のアルビスという男が連れてこられた。昔、商人をしていたことがあるという。
アルビスが、売り物の酒とウマと馬車を用意した。アルビスが、この荷物の量では行商人は二人連れがいいところだというので、リョウは途中で臨時的に同行した楽師ということになった。
「アルビスが商人でお前とそいつはその手伝いだ。わかったな?」
「私はこういうことはさっぱりわからない。アルビスが頼りだな。」
アルビスは目に見えて陽気になり、若い衆二人を従えて旅をする景気のよい商人になりきった。3人は、ひそかに出発した。
尼僧院にたどり着くと彼らは、商談の帰りの商人の一行と言う触れ込みで、尼僧院の台所で休憩させて欲しいと申し出た。尼僧院はあまり良い顔はしなかったが、一行がすぐ出かけるし、売れ残りの酒を処分したいので格安で譲ると申し出ると休憩を許可してくれた。
キビキビと働く若い衆に好感を持ったのかもしれなかった。
「いや、あちらの若者は私の従者じゃありません。旅の途中で知り合った楽師です。」
アルビスが打ち合わせどおり、リョウのことを紹介した。
「どちらがですか?」
「あの背の高いほうです。」
「ああ、そうですか?」
尼さんたちは直接商人たちに対応せず、窓越しに話をした。下女たちは俗人なのであまりはばかることなく彼らにお茶や食べ物を出してくれた。
「リュートと歌ができるといってました。なかなかうまいですよ。やらせて見ますか?」
「そうですねえ。尼様が何ておっしゃるかわかりませんが。」
「おーい、マロイ」
リョウという名前と違い、マロイはこの国ではむしろありふれた名前だったので、誰も変には思わなかった。
「マロイ、休憩をさせていただいたお礼だ。尼僧院の皆様方に、一曲歌ってみろ。」
マロイに成りすましたリョウはひざを突いてお辞儀をして、わかったという様子を示した。
「やつはリュートを取りにいきました。申し訳ありませんね。ご馳走になってしまって。山の中では火も焚けませんから食事もままならなくて。」
アルビスが愛想よく尼僧院の女性に感謝した。
尼僧院の女たちは、台所からこの見世物を一緒に見ようとほかの下女たちも呼んできた。尼さんたちは商人たちの前には姿は現さないが、何人かは窓の奥から覗いているらしかった。
リョウは、商人の服の上に、楽師の華やかなショールを一枚羽織り、リュートを抱えて皆さんの前にまかり出た。
尼さんたちは、単調な隠遁生活を破るミニ・イベントに、見るからに興奮して期待している様子だった。アルビスはちょっと不安そうな顔をした。
無理やり売り込みはしたものの、リョウの腕前を知らなかったので、こんなに期待されると、ほんとに歌がうまいのか心配になったらしかった。
リョウはそんな心配はしなかった。そんなことより、もしかすると、今、この瞬間もリーア姫が彼の歌を聞いてくれているのかもしれなかった。彼は庭の芝にひざまずいた。
同じ尼僧院、同じ夏の光景だった。
草の匂い、咲き乱れる花の香が広がる。
あれから何年たったのだろう。




