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王の愚者  作者: クロワ
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92/106

92話「値上げ」

東部。


市場。


「パン一つ」


「…………」


ノアが。


値札を見る。


「高くね?」


店主が。


ため息をつく。


「今日からだ」


「また?」


「俺に言うな」


「小麦が」


「上がったんだよ」


◇


隣の店でも。


「野菜も?」


「ああ」


「肉も?」


「上がった」


「酒は?」


「上がった」


「…………」


ノアが。


財布を見る。


「給料もらったのに」


「全部」


「飯で消えるじゃん」


片腕の男が。


笑う。


「働け」


「働いてるよ!」


◇


市場のあちこちで。


同じ声が。


聞こえる。


「また値上げか!」


「先月より」


「高いぞ!」


「こんなんじゃ」


「暮らしていけない!」


商人が。


言い返す。


「こっちだって」


「上げたくて」


「上げてるんじゃない!」


「仕入れが」


「上がってるんだ!」


◇


小麦商。


「農園から」


「買う値段が」


「上がったんです」


農園主。


「人を雇えば」


「給料がいる!」


「今までとは」


「違うんだ!」


元奴隷の男が。


声を上げる。


「じゃあ」


「俺たちは」


「また」


「タダで働けば」


「いいんですか?」


「そうは」


「言ってない!」


◇


運送業者。


「俺たちだって」


「運賃を上げたくない!」


「馬の餌も」


「宿代も」


「上がってるんだ!」


商人。


「だからって」


「運賃を上げられたら」


「こっちも」


「値上げするしかない!」


客。


「じゃあ」


「俺たちは」


「どうすりゃいいんだ!」


「知らん!」


◇


少し離れたところで。


ノアが。


眺めている。


「…………」


「で」


「誰が」


「悪いの?」


片腕の男。


「さあ?」


「店?」


「仕入れが高い」


「農園?」


「給料払ってる」


「運送屋?」


「向こうも高くなってる」


「…………」


ノアが。


首を傾げる。


「じゃあ」


「誰に」


「文句言えばいいんだ?」


「王様じゃね?」


「便利だな」


「王様」


◇


その頃。


東部評議会。


「王!」


住民たちが。


詰めかけている。


「物価を」


「なんとかしてください!」


「食料だけでも」


「値段を下げさせてください!」


王が。


商人を見る。


「下げられるか?」


「無理です」


即答。


「仕入れ値より」


「安く売れば」


「店が潰れます」


◇


王が。


農園主を見る。


「小麦を」


「安くできるか?」


「では」


「人件費を」


「どうします?」


「奴隷が廃止され」


「今は全員に」


「賃金を払っています」


「…………」


住民が。


呟く。


「奴隷を」


「自由にしたから」


「こんなことに……」


部屋が。


静かになる。


◇


元奴隷の男が。


住民を見る。


「じゃあ」


「俺たちは」


「物を安くするために」


「また」


「奴隷に戻れば」


「いいんですか?」


「…………」


誰も。


答えない。


◇


一人の住民が。


王を見る。


「でも!」


「俺たちだって」


「給料が増えないのに」


「食べ物ばかり」


「高くなったら」


「生きていけません!」


「そうだ!」


「奴隷に戻せなんて」


「言ってない!」


「ただ」


「安くしてくれと」


「言ってるんだ!」


王が。


頷く。


「分かっている」


◇


ジョーカーが。


小さく。


手を上げる。


「一つ」


「よろしいでしょうか」


「皆様」


「お給料が」


「上がることには」


「賛成で?」


「当たり前だ!」


「では」


「商品の値段が」


「上がることには?」


「反対だ!」


「税金は?」


「下げろ!」


「国からの支援は?」


「増やせ!」


「…………」


ジョーカーが。


王を見る。


「陛下」


「大変です」


「はい?」


「どうやら」


「王冠には」


「金貨を」


「無限に生み出す力が」


「必要なようです」


王が。


ため息をつく。


「そんな力は」


「ない」


「困りましたね」


ジョーカーが。


微笑む。


「皆様」


「あると思って」


「おられるようですが」


◇


王が。


地図を広げる。


「値段を」


「命令で」


「下げることはせん」


ざわめく。


「ですが!」


「最後まで聞け」


王が。


東部の街道を指す。


「まず」


「この街道を直す」


「輸送に」


「時間と金が」


「かかりすぎている」


次に。


農地を指す。


「農具と」


「水路の整備に」


「国から金を出す」


「同じ人数でも」


「多く作れるようにする」


「急激な値上がりで」


「生活できぬ者には」


「一時的に」


「支援も出す」


◇


住民が。


尋ねる。


「それで」


「いつ」


「安くなるんです?」


「…………」


王が。


少し考える。


「分からん」


「来月には?」


「約束できん」


「では」


「いつまで」


「我慢しろと!?」


王が。


答える。


「余にも」


「分からん」


「だが」


「分からぬものを」


「分かったふりは」


「できん」


◇


王が。


市場を見る。


「以前の方が」


「安かった」


「それは」


「事実だろう」


「だが」


「その安さは」


「誰かが」


「タダで働き」


「逃げることもできず」


「人生そのものを」


「差し出すことで」


「成り立っていた」


「…………」


「余は」


「その値段には」


「戻さん」


◇


夕方。


市場。


ノアが。


パンを買う。


値札を見て。


しばらく悩む。


「…………」


「一個」


「二個じゃなくて?」


「高いんだよ」


店主が。


笑う。


「給料」


「もらってんだろ?」


「物価も」


「上がってんだよ!」


◇


少し離れた場所。


王と。


ジョーカーが。


市場を歩く。


「不思議ですね」


「何がだ?」


「安い時には」


「皆様」


「なぜ安いのかとは」


「あまり」


「尋ねません」


「ですが」


「高くなると」


「なぜ高いのかと」


「皆様」


「お尋ねになる」


「…………」


ジョーカーが。


働く。


元奴隷たちを見る。


「安かった頃」


「誰が」


「その差額を」


「払っていたのかは」


「…………」


「あまり」


「気になさらなかったようですが」


王が。


しばらく。


市場を見る。


「なら」


「これからは」


「見えるように」


「しなければならんな」


「値段も」


「その理由も」


「誰が」


「払っているのかも」

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