92話「値上げ」
東部。
市場。
「パン一つ」
「…………」
ノアが。
値札を見る。
「高くね?」
店主が。
ため息をつく。
「今日からだ」
「また?」
「俺に言うな」
「小麦が」
「上がったんだよ」
◇
隣の店でも。
「野菜も?」
「ああ」
「肉も?」
「上がった」
「酒は?」
「上がった」
「…………」
ノアが。
財布を見る。
「給料もらったのに」
「全部」
「飯で消えるじゃん」
片腕の男が。
笑う。
「働け」
「働いてるよ!」
◇
市場のあちこちで。
同じ声が。
聞こえる。
「また値上げか!」
「先月より」
「高いぞ!」
「こんなんじゃ」
「暮らしていけない!」
商人が。
言い返す。
「こっちだって」
「上げたくて」
「上げてるんじゃない!」
「仕入れが」
「上がってるんだ!」
◇
小麦商。
「農園から」
「買う値段が」
「上がったんです」
農園主。
「人を雇えば」
「給料がいる!」
「今までとは」
「違うんだ!」
元奴隷の男が。
声を上げる。
「じゃあ」
「俺たちは」
「また」
「タダで働けば」
「いいんですか?」
「そうは」
「言ってない!」
◇
運送業者。
「俺たちだって」
「運賃を上げたくない!」
「馬の餌も」
「宿代も」
「上がってるんだ!」
商人。
「だからって」
「運賃を上げられたら」
「こっちも」
「値上げするしかない!」
客。
「じゃあ」
「俺たちは」
「どうすりゃいいんだ!」
「知らん!」
◇
少し離れたところで。
ノアが。
眺めている。
「…………」
「で」
「誰が」
「悪いの?」
片腕の男。
「さあ?」
「店?」
「仕入れが高い」
「農園?」
「給料払ってる」
「運送屋?」
「向こうも高くなってる」
「…………」
ノアが。
首を傾げる。
「じゃあ」
「誰に」
「文句言えばいいんだ?」
「王様じゃね?」
「便利だな」
「王様」
◇
その頃。
東部評議会。
「王!」
住民たちが。
詰めかけている。
「物価を」
「なんとかしてください!」
「食料だけでも」
「値段を下げさせてください!」
王が。
商人を見る。
「下げられるか?」
「無理です」
即答。
「仕入れ値より」
「安く売れば」
「店が潰れます」
◇
王が。
農園主を見る。
「小麦を」
「安くできるか?」
「では」
「人件費を」
「どうします?」
「奴隷が廃止され」
「今は全員に」
「賃金を払っています」
「…………」
住民が。
呟く。
「奴隷を」
「自由にしたから」
「こんなことに……」
部屋が。
静かになる。
◇
元奴隷の男が。
住民を見る。
「じゃあ」
「俺たちは」
「物を安くするために」
「また」
「奴隷に戻れば」
「いいんですか?」
「…………」
誰も。
答えない。
◇
一人の住民が。
王を見る。
「でも!」
「俺たちだって」
「給料が増えないのに」
「食べ物ばかり」
「高くなったら」
「生きていけません!」
「そうだ!」
「奴隷に戻せなんて」
「言ってない!」
「ただ」
「安くしてくれと」
「言ってるんだ!」
王が。
頷く。
「分かっている」
◇
ジョーカーが。
小さく。
手を上げる。
「一つ」
「よろしいでしょうか」
「皆様」
「お給料が」
「上がることには」
「賛成で?」
「当たり前だ!」
「では」
「商品の値段が」
「上がることには?」
「反対だ!」
「税金は?」
「下げろ!」
「国からの支援は?」
「増やせ!」
「…………」
ジョーカーが。
王を見る。
「陛下」
「大変です」
「はい?」
「どうやら」
「王冠には」
「金貨を」
「無限に生み出す力が」
「必要なようです」
王が。
ため息をつく。
「そんな力は」
「ない」
「困りましたね」
ジョーカーが。
微笑む。
「皆様」
「あると思って」
「おられるようですが」
◇
王が。
地図を広げる。
「値段を」
「命令で」
「下げることはせん」
ざわめく。
「ですが!」
「最後まで聞け」
王が。
東部の街道を指す。
「まず」
「この街道を直す」
「輸送に」
「時間と金が」
「かかりすぎている」
次に。
農地を指す。
「農具と」
「水路の整備に」
「国から金を出す」
「同じ人数でも」
「多く作れるようにする」
「急激な値上がりで」
「生活できぬ者には」
「一時的に」
「支援も出す」
◇
住民が。
尋ねる。
「それで」
「いつ」
「安くなるんです?」
「…………」
王が。
少し考える。
「分からん」
「来月には?」
「約束できん」
「では」
「いつまで」
「我慢しろと!?」
王が。
答える。
「余にも」
「分からん」
「だが」
「分からぬものを」
「分かったふりは」
「できん」
◇
王が。
市場を見る。
「以前の方が」
「安かった」
「それは」
「事実だろう」
「だが」
「その安さは」
「誰かが」
「タダで働き」
「逃げることもできず」
「人生そのものを」
「差し出すことで」
「成り立っていた」
「…………」
「余は」
「その値段には」
「戻さん」
◇
夕方。
市場。
ノアが。
パンを買う。
値札を見て。
しばらく悩む。
「…………」
「一個」
「二個じゃなくて?」
「高いんだよ」
店主が。
笑う。
「給料」
「もらってんだろ?」
「物価も」
「上がってんだよ!」
◇
少し離れた場所。
王と。
ジョーカーが。
市場を歩く。
「不思議ですね」
「何がだ?」
「安い時には」
「皆様」
「なぜ安いのかとは」
「あまり」
「尋ねません」
「ですが」
「高くなると」
「なぜ高いのかと」
「皆様」
「お尋ねになる」
「…………」
ジョーカーが。
働く。
元奴隷たちを見る。
「安かった頃」
「誰が」
「その差額を」
「払っていたのかは」
「…………」
「あまり」
「気になさらなかったようですが」
王が。
しばらく。
市場を見る。
「なら」
「これからは」
「見えるように」
「しなければならんな」
「値段も」
「その理由も」
「誰が」
「払っているのかも」




