90話「同じ人間」
数日後。
かつての。
奴隷解放戦線の拠点。
新しい仕事を始める。
準備が進んでいた。
◇
王が。
一人の男に気づく。
顔の半分に。
大きな傷。
片方の目は。
ほとんど。
開いていない。
以前。
山中で会った男だった。
「一つ」
「聞いてもいいか」
「なんです?」
王が。
遠くを見る。
そこでは。
ノアが。
仲間たちと。
荷物を運んでいる。
「なぜ」
「お前たちは」
「ノアについていった?」
「…………」
男が。
少し考える。
「たぶん」
「あいつだけ」
「俺たちを」
「普通に見てたからです」
◇
男が。
自分の顔に。
触れる。
「この傷」
「奴隷だった頃に」
「やられました」
「…………」
「ノアたちに」
「助けられた時には」
「もう」
「こんな顔でした」
◇
――あの頃。
焚き火の前。
男が。
一人で座っている。
顔には。
酷い傷。
周囲の者は。
怖そうに。
あるいは。
気の毒そうに。
男を見る。
そこへ。
ノアが来る。
「うわ」
「ひっどい顔」
「派手に」
「やられたなー」
「…………」
男が。
顔を上げる。
「怖く」
「ないのか?」
「俺の」
「顔……」
ノアが。
首を傾げる。
「腹減った時の」
「ミラの方が」
「よっぽど」
「こえーぞ」
後ろから。
声。
「誰が」
「怖いって?」
ノアが。
振り返る。
「ほらな」
「…………」
男が。
吹き出す。
「飯」
「食える?」
「ああ」
「じゃ」
「行こうぜ」
それだけだった。
◇
「みんな」
男が。
王を見る。
「俺の傷を」
「見てました」
「…………」
「あいつだけ」
「俺を」
「見てたんです」
王は。
黙って聞く。
「あいつ」
「そういう奴なんですよ」
「奴隷だから」
「可哀想とも思わない」
「傷だらけだから」
「特別扱いもしない」
「偉い奴だからって」
「頭も下げない」
「…………」
男が。
少し笑う。
「たぶん」
「あいつの中じゃ」
「最初から」
「みんな」
「同じなんです」
◇
「俺たちは」
「仕方ないって」
「覚えてました」
王が。
男を見る。
「奴隷だから」
「殴られても」
「仕方ない」
「逃げたら」
「殺されても」
「仕方ない」
「家族を」
「売られても」
「仕方ない」
「…………」
「そういうもんだって」
「思わないと」
「生きていけなかった」
◇
男が。
ノアを見る。
「でも」
「あいつだけ」
「ずっと」
「怒ってたんです」
◇
――昔。
「仕方ねえよ」
一人の奴隷が。
呟く。
「俺たちは」
「奴隷なんだから」
「…………」
ノアが。
振り返る。
「何が?」
「何がって……」
「殴られるのも」
「売られるのも」
「そういうもんだろ」
「…………」
ノアが。
不思議そうに。
男を見る。
「だって」
「おかしいだろ」
「殴られる方が」
「我慢して」
「奪われる方が」
「諦めて」
「奪ってる奴は」
「そのまま」
「…………」
「なんで」
「奪われることが」
「当たり前に」
「なってんだよ」
◇
現在。
男が。
少し笑う。
「そういうとこです」
「俺たちが」
「仕方ないって」
「諦めたことを」
「あいつだけ」
「最後まで」
「仕方ないって」
「思わなかった」
「…………」
王が。
ノアを見る。
「だから」
「ついていったのか」
「ええ」
「…………」
「正しいからじゃ」
「ないですよ」
男が。
笑う。
「あいつ」
「結構」
「めちゃくちゃですから」
王も。
少し笑う。
「知っている」
「でも」
「俺たちが」
「人間だってことだけは」
「あいつ」
「一度も」
「忘れなかったんです」
◇
「おーい!」
ノアが。
叫ぶ。
「王様!」
「見てねえで」
「手伝えよ!」
王が。
眉をひそめる。
「余は」
「王だぞ」
「知ってるよ!」
「手ぇ二本」
「ついてんだろ!」
すると。
荷物を運んでいた。
片腕の男が。
笑う。
「俺」
「一本だけど」
「手伝えるぞー」
笑い声が。
上がる。
王も。
思わず笑う。
傷の男も。
その光景を見ながら。
笑った。
「…………」
「ほら」
「そういう奴らです」
◇
夕方。
「そういや」
「俺たち」
「名前どうする?」
「奴隷解放戦線は」
「もう違うだろ」
「…………」
ノアが。
考える。
「これからは」
「自由を」
「守るんだろ?」
「自由を」
「保護する団体……」
「自由保護団体?」
「長えな」
「自保で」
「いいんじゃね?」
「…………」
ノアが。
皆を見る。
「嫌な奴いる?」
誰も。
手を挙げない。
「じゃ」
「決まり」
◇
奴隷解放戦線は。
その日。
役目を終えた。
自由保護団体。
――自保。
自分たちの。
新しい名前を。
自分たちで決めた。
◇
夜。
焚き火の前。
ノアと。
ジョーカー。
「そういや」
ノアが。
尋ねる。
「お前」
「家族」
「覚えてねえんだよな?」
「ええ」
「親の顔も」
「兄弟がいたのかも」
「知りません」
「…………」
「俺には」
「弟がいた」
ジョーカーが。
ノアを見る。
「売られた時に」
「離された」
「かなり」
「小さかった」
「…………」
ノアが。
ジョーカーを見る。
「生きてたら」
「お前くらいかもな」
◇
「弟の名前は?」
「知らねえ」
「お前は?」
「ニアという名は」
「王に」
「いただいたものです」
「その前は?」
「…………」
「覚えておりません」
◇
火が。
小さく弾ける。
二人が。
互いを見る。
「…………」
「まさかな」
ノアが。
笑う。
ジョーカーも。
笑う。
「ええ」
「まさか」
◇
しばらくして。
二人は。
別々の場所へ。
歩き出す。
ノアが。
一度だけ。
振り返る。
少し遅れて。
ジョーカーも。
振り返る。
その時には。
もう。
互いに。
背を向けていた。




