81話「見なかったもの」
翌日。
山中。
奴隷解放戦線の砦。
見張りの男が。
目を細める。
「おい」
「あれ……」
「王じゃねえか?」
◇
砦が。
騒がしくなる。
王と。
ジョーカー。
二人だけ。
男たちが。
武器を構える。
「止まれ!」
王が。
腰の剣を外す。
地面へ置く。
「ノアに」
「会いに来た」
奥から。
ノアが現れる。
「…………」
「本当に」
「来たのかよ」
「ああ」
「話したければ」
「来いと言っただろう」
「普通」
「王様が」
「本当に来るか?」
王が。
ジョーカーを見る。
「二人だ」
「そういう意味じゃねえよ」
◇
砦の中。
王は。
周囲を見る。
首輪の跡。
火傷。
失った指。
足を引きずる者。
その誰もが。
王を見ている。
「…………」
一人の老人が。
声をかける。
「王様」
「今さら」
「何しに来た」
「ここで」
「何が起きているのか」
「現状を」
「見に来た」
老人が。
笑う。
「そりゃ」
「羨ましい」
「…………?」
「わしは」
「領主に」
「毎日殴られて」
「両目が」
「見えなくなった」
「…………」
老人の目は。
王を見ていない。
「王様は」
「まだ」
「見えるんだろ?」
「なら」
「よく見ていけ」
◇
その先。
片手のない男が。
薪を割っている。
王が。
その手を見る。
「鉱山で?」
「いや」
男が。
笑う。
「逃げようとした」
「…………」
「二度と」
「逃げられないようにって」
「主人が」
「切り落とした」
王が。
黙る。
「まあ」
「逃げましたけどね」
男は。
残った手で。
斧を振り下ろす。
◇
一人の女が。
子供の服を。
縫っている。
「子供が?」
「いました」
「…………」
「二人」
「上の子は」
「借金の代わりに」
「別の領主へ」
「下の子は」
「奴隷商人に」
「売られました」
「今は?」
「知りません」
「…………」
女は。
縫い物を続ける。
「母親なのに」
「自分の子供が」
「生きてるかどうかも」
「知らないんです」
◇
さらに。
若い男。
背中には。
何本もの。
鞭の跡。
「これは?」
「仕事中に」
「倒れた」
「休ませてもらえなかったのか?」
男が。
首を傾げる。
「奴隷が」
「疲れるなんて」
「考えたこと」
「なかったんじゃないですか?」
「…………」
「倒れるたびに」
「起きろって」
「鞭で」
「叩かれました」
◇
少し離れた場所。
十歳ほどの少年が。
パンを食べている。
王が。
首に残る傷を見る。
「お前も」
「奴隷だったのか?」
少年が。
頷く。
「何歳からだ?」
「分かんない」
「親は?」
「分かんない」
「名前は?」
少年が。
少し考える。
「どっち?」
「…………?」
「今の?」
「それとも」
「前の?」
王が。
言葉を失う。
「売られるたびに」
「主人が」
「名前を変えたから」
「…………」
「最初の名前」
「忘れちゃった」
ジョーカーが。
少年を見る。
いつもの笑みは。
消えていた。
◇
王が。
歩く。
何人も。
何十人も。
そこにいる。
一人一人に。
違う傷がある。
ノアが。
後ろから。
声をかける。
「どうだ?」
「…………」
「見えたか?」
王が。
振り返る。
「俺たちは」
「昨日」
「突然怒り出したんじゃない」
「ずっと」
「こうだった」
「…………」
「お前らが」
「見てなかっただけだ」
◇
「俺も」
片手の男が。
斧を置く。
「昔は」
「仕方ないって」
「思ってた」
「奴隷なんだから」
「こういうもんだって」
別の男も。
口を開く。
「俺は」
「戦争孤児だった」
「親がいないなら」
「腹が減るのも」
「殴られるのも」
「仕方ないって」
「思ってた」
女が。
小さく笑う。
「誰も」
「助けてくれませんでしたから」
「それが普通なんだって」
「思うしか」
「なかったんです」
「…………」
男が。
ノアを見る。
「でも」
「こいつだけは」
「違った」
「何が」
「仕方ないんだって」
「怒った」
「俺たちが」
「諦めてても」
「こいつだけは」
「ずっと」
「怒ってた」
ノアが。
顔をしかめる。
「余計なこと」
「言うな」
男が。
笑う。
「それで」
「こいつが」
「俺たちの首輪を」
「外した」
「だから」
「俺たちは」
「ノアについてきた」
◇
ノアが。
王を見る。
「王様」
「お前らは」
「外ばっかり」
「見てるよな」
「隣の国が」
「攻めてくる」
「どの国が」
「強くなった」
「戦争に」
「勝った」
「負けた」
「…………」
「そんなことばっかりだ」
ノアが。
砦を見渡す。
「国を守るって」
「言いながら」
「その国の中で」
「誰が泣いてるのか」
「見ようともしなかった」
「…………」
「俺たちは」
「ずっと」
「ここにいた」
ノアが。
王を見る。
「外から」
「国を守る前に」
「一度くらい」
「中を」
「見たらどうだ?」
「…………」
王は。
答えない。
ただ。
もう一度。
砦にいる者たちを見る。
老人を。
男を。
母親を。
少年を。
今度は。
一人ずつ。




