8話「天国への通行料」
王都の中央にそびえる大神殿。
その日も、祈りを捧げるために大勢の民が集まっていた。
商人。
兵士。
老人。
幼い子供を連れた母親。
そして――
「神よ……どうか、どうかあの子をお救いください」
一人の老婆が、小さな袋を祭壇へ差し出した。
袋から数枚の銀貨がこぼれる。
「これで……足りますでしょうか」
神官は袋を受け取った。
「献身の大きさは、神への想いの大きさでもあります」
「では……」
「きっと神も、あなたの願いを聞き届けてくださるでしょう」
老婆の顔が明るくなる。
「ありがとうございます……!」
何度も頭を下げ、去っていく。
その背中を眺めながら。
「へえ」
声がした。
「天国というのは、随分と家賃が高い場所なのですね」
神官が振り返る。
柱にもたれ、一人の男が笑っていた。
「……ジョーカー様」
「様はいりませんよ。神様の家なのでしょう? 身分は平等に」
「何か御用でしょうか」
「いえ。少し驚いていただけです」
「何に?」
「死んだ後まで賄賂が通用するとは」
神官の表情が強張った。
「……何を仰っているのです」
「違うんですか?」
ジョーカーは祭壇に置かれた銀貨を一枚つまむ。
「神様にお金を渡して、天国への通行証をねだる」
銀貨を光にかざす。
「私の知っている世界では、それを賄賂と呼びます」
「これは献身です!」
「なるほど」
ジョーカーは頷く。
「では、貧乏人は?」
「……何?」
「神を心から愛していても、お金がなければ?」
「それは……」
「反対に、人を殺し、奪い、騙して生きてきた金持ちが、死ぬ間際に大金を積めば?」
「…………」
「天国へ?」
神官は答えられない。
ジョーカーは銀貨を祭壇へ戻した。
「ずいぶん商売上手な神様ですね」
「貴様!」
神官の顔が赤くなる。
「大神官様の御前でも、同じことが言えるのか!」
「もちろん」
「ならば――」
「ぜひ、聞いてみたいですね」
穏やかな声がした。
神官の顔色が変わる。
「だ、大神官様……!」
周囲の神官たちが一斉に頭を下げた。
白い法衣をまとった男が、ゆっくりと歩いてくる。
王国の信仰を束ねる大神官。
四卿が一人――ハート。
「続けてください、ジョーカー」
「怒らないんです?」
「なぜ?」
「あなたの神様を、賄賂好き呼ばわりしました」
「いいえ」
ハートは微笑んだ。
「あなたが馬鹿にしたのは神ではない」
「では?」
「神の名を使って金を欲しがる、人間でしょう?」
「…………」
ジョーカーが少しだけ目を細める。
「やはり、あなたとは話しづらい」
「褒め言葉として頂いておきましょう」
「皮肉ですよ」
「存じています」
「…………」
いつもなら相手を黙らせる側のジョーカーが、珍しく黙った。
ハートは神官を見る。
「先ほどの女性から受け取った銀貨を返しなさい」
「え?」
「聞こえませんでしたか?」
「しかし、これは正式な献金で――」
「彼女は何と言いました?」
「……何を?」
「銀貨を渡す前です」
神官は黙る。
ハートが続けた。
「『これで足りますでしょうか』」
「…………」
「彼女は祈りに来たのですか?」
「もちろんです」
「ではなぜ、祈るために金額を気にする必要があるのです?」
「それは……」
「献金とは、救いを買うための代金ではありません」
ハートの声は穏やかなままだった。
「ましてや――」
祭壇の銀貨を見る。
「天国への通行料でもない」
ジョーカーの眉がわずかに上がる。
「おや」
「何です?」
「今のは、私の台詞にしようと思っていました」
「早い者勝ちです」
「神官とは思えない理屈ですね」
「誰の影響でしょうね」
ジョーカーは何も答えなかった




