7話「平等な規則」
王都へ戻ったのは、翌日の昼だった。
王国軍本部へ入ったところで、一人の兵士が慌てて駆け寄ってきた。
「総司令官!」
「何だ」
「……少々、問題が」
兵士の顔は青ざめていた。
「食糧庫から、かなりの量の備蓄が持ち出されています」
スペードの足が止まる。
「許可は?」
「ありません」
「誰だ」
兵士は答えづらそうに口ごもった。
「それが……」
「誰だと聞いている」
「……侯爵家の方々です」
スペードの目が細くなった。
◇
調べるのに時間はかからなかった。
食糧庫から持ち出されたのは、肉、果物、酒、小麦。
どれも王国軍のために備蓄されていたものだった。
そして、その行き先は――
王都でも有数の大貴族、侯爵家の屋敷。
「何に使った」
スペードが尋ねた。
目の前には、豪華な服を着た侯爵が座っている。
「何って……宴だ」
「宴?」
「ああ。昨夜、客人を招いていてな」
侯爵は悪びれる様子もない。
「少しばかり足りなくなったので、軍の食糧庫から融通してもらっただけだ」
「誰の許可を取った」
「許可?」
侯爵が笑った。
「そんなものが必要なのか?」
「必要だ」
「私だぞ?」
「だから何だ」
部屋の空気が凍りついた。
侯爵の笑顔が消える。
「……貴様、口の利き方に気をつけろ」
「もう一度聞く」
スペードは表情一つ変えない。
「誰の許可を取った」
「…………」
「答えろ」
「取っておらん」
「なら、窃盗だ」
侯爵が立ち上がった。
「馬鹿を言うな!」
机を叩く。
「私は侯爵だぞ!」
「知っている」
「ならば分かるだろう! 軍の食料を少し使った程度で――」
「少し?」
スペードが書類を見る。
「肉二十樽。小麦十五袋。果物八箱。酒十二樽」
「…………」
「随分と腹の減る客人だったらしいな」
部屋の隅で、ジョーカーが吹き出した。
「ふっ」
侯爵が睨む。
「何がおかしい!」
「失礼」
ジョーカーは口元を押さえた。
「飢えた子供でも招いていたのかと思いまして」
「何?」
「いえ。こちらの話です」
スペードが書類を机に置いた。
「すべて弁償してもらう」
「……何?」
「加えて、軍備の無断使用及び窃盗として処罰する」
「待て!」
侯爵の顔色が変わった。
「貴様、本気で言っているのか?」
「ああ」
「私は侯爵だぞ!」
「それは先ほど聞いた」
「王家にも顔が利く! 陛下にも直接話ができる人間だ!」
「好きにしろ」
スペードは冷たく言った。
「陛下が何と言おうと、俺の報告書に書く内容は変わらん」
「貴様……!」
「今朝」
スペードが言った。
「一人の兵士を処罰した」
「…………?」
「食糧庫から、パンを三つ無断で持ち出した」
侯爵が眉をひそめる。
「たった三つ?」
「ああ」
「そんなものと一緒にするな!」
侯爵が吐き捨てた。
「私は貴族だ!」
その瞬間。
スペードの目つきが変わった。
「だから何だ」
「…………」
「あいつは飢えた子供に食わせるために規則を破った 」
スペードは侯爵を真っ直ぐ見る。
「お前は宴を開くために規則を破った」
「それは――」
「理由は違う」
スペードは言った。
「だが、規則を破った事実は同じだ」
「…………!」
「兵士だから処罰して、貴族だから見逃す?」
スペードの声が低くなる。
「そんなものを規則とは呼ばん」
侯爵が黙り込む。
「規則の前では、王も貴族も平民も関係ない」
「…………」
「違反した者は処罰する」
スペードは告げた。
「それだけだ」
◇
その日の夕方。
兵舎の一室。
三日間の謹慎を命じられたロイドは、一人で椅子に座っていた。
――コンコン。
「はい」
扉が開く。
「……総司令官?」
ロイドは慌てて立ち上がった。
「そのままでいい」
スペードが入ってくる。
その手には、大きな袋があった。
机の上に置く。
――ドサッ。
「明日、これを城壁の外にいる子供たちへ届けろ」
「……え?」
ロイドが袋を開く。
中には、大量のパンが入っていた。
「これ……」
「足りるか?」
「いや、十分です! でも……」
ロイドは戸惑った。
「自分は謹慎中です」
「知っている」
「では、外には……」
「俺が許可する」
「…………」
「食糧庫への申請も済ませた。正式な手続きを踏んでいる」
ロイドはパンを見る。
そして、スペードを見る。
「……総司令官」
「何だ」
「もしかして、あの子供たちのために?」
「⋯いや」
「お前に仕事を頼んでいるだけだ」
「仕事?」
「ああ」
スペードは懐から、小さな革袋を取り出した。
机の上に置く。
チャリン。
硬貨の音がした。
「報酬だ」
「……報酬?」
ロイドが革袋を開く。
目を見開いた。
「多すぎます」
「そうか」
「そうかって……!」
ロイドは硬貨を数える。
「自分が減給されたパン三つ分より、ずっと多いです」
「それがどうした」
「どうしたって……」
「お前が軍の備蓄を無断で持ち出した。それに対する処罰は処罰だ」
スペードは淡々と言った。
「そしてこれは――」
革袋を指差す。
「俺がお前に使いを頼んだ報酬だ」
「…………」
「別の話だ」
ロイドはしばらく何も言えなかった。
「総司令官……」
「何だ」
「ありがとうございます」
「礼を言われる理由はない」
スペードは背を向ける。
「俺は規則に従っただけだ」
そのまま扉へ向かう。
「あの!」
ロイドが呼び止めた。
スペードが足を止める。
「……何だ」
「もし、また同じような子供を見つけたら」
ロイドは尋ねた。
「今度は、どうすればいいでしょうか」
少しの沈黙。
スペードは振り返らなかった。
「俺に言え」
「…………」
「許可を出す」
ロイドの表情が緩んだ。
「はい!」
「ただし」
スペードが付け加える。
「次に勝手に持ち出したら、今度は三日では済まさん」
「……はい!」
スペードは部屋を出た。
◇
夕暮れの兵舎。
スペードが廊下を歩いている。
その後ろを、ジョーカーがついて歩いていた。
「いつまでついてくる」
「おや。嫌われました?」
「最初から嫌いだ」
「奇遇ですね。私もです」
「なら離れろ」
「ただ――」
ジョーカーは笑った。
「少しだけ、あなたのことを誤解していたようで」
「興味ない」
「侯爵もロイドも、規則を破ったから罰した」
「当然だ」
「身分が高くても許さない。善意でも許さない」
「…………」
「実に融通が利かない」
「喧嘩を売っているのか?」
「ところが――」
ジョーカーはスペードを見る。
「罰は同じにしなかった」
「…………」
「規則しか見ていないようで、ちゃんと人間も見ている」
「何が言いたい」
「いえ」
ジョーカーは笑った。
「筋肉と規則だけで出来ていると思っていたので」
「黙れ」
「褒めているんですよ?」
「どこがだ」
「最後の一割くらいは」
「九割は何だ」
「悪口です」
「…………」
スペードは歩き出す。
「でも――」
ジョーカーもその隣を歩く。
「偉い人間にも容赦がなく、善人にも甘すぎない」
「…………」
「そういう融通の利かなさなら、嫌いじゃありません」
「俺は貴様が嫌いだ」
「おや。両想いにはなれませんでしたか」
「なる気もない」
ジョーカーの笑い声が、夕暮れの兵舎に響いた。




