47話「英雄の喚声」
戦争が始まって。
数週間。
王国軍は。
敵国を大きく押し込んでいた。
そして。
ついに。
一人の使者が。
王弟のもとを訪れた。
「我が国は」
「開戦前の要求を」
「全て撤回いたします」
「…………」
「国境の不可侵」
「そして」
「賠償についても」
「協議に応じます」
王弟は。
黙って書状を受け取った。
ガレスが。
隣から覗き込む。
「終わりだな」
「…………」
「お前が欲しかったものは」
「全部手に入った」
「ああ」
王弟は。
小さく頷いた。
これ以上。
戦う理由はない。
そのはずだった。
◇
王弟が。
王都へ戻った日。
街は。
人で埋め尽くされていた。
「王弟殿下万歳!」
「英雄だ!」
「我らの英雄!」
花が舞う。
旗が揺れる。
子供たちまで。
王弟の名を叫んでいた。
「…………」
かつて。
国を強くしなければならないと。
何度訴えても。
誰も。
聞いてくれなかった。
父も。
民も。
平和な国に。
そんな力は必要ないと。
だが。
今は違う。
「王弟殿下!」
「王弟殿下!」
「王弟殿下!」
誰もが。
自分を見ている。
王弟は。
手を上げた。
歓声が。
さらに大きくなる。
「…………」
悪くない。
そう。
思ってしまった。
だが。
やがて。
聞こえてくる声が。
変わり始める。
「このまま進め!」
「敵の王都まで行け!」
「領土を奪え!」
「二度と逆らえないようにしてやれ!」
「…………」
王弟の。
上げていた手が。
ゆっくりと下がった。
そんなことは。
一度も。
言っていない。
◇
「停戦すべきです」
王宮。
ダイヤが。
はっきりと言った。
「敵国は」
「全ての要求を撤回」
「不可侵にも応じる」
「周辺国との交易条件も改善しています」
「…………」
「後は交渉に移るのが」
「国益の面から見ても良いかと」
「私も」
ハートが続ける。
「同意します」
「珍しいな」
「二人の意見が」
「一致するとは」
「理由は違います」
ハートが。
王弟を見る。
「もう」
「人を殺す理由がありません」
「…………」
その時。
窓の外から。
声が聞こえた。
「進軍を!」
「王弟殿下万歳!」
「敵国を倒せ!」
王弟は。
窓を見る。
「民は」
「続けることを望んでいる」
「だから?」
ハートが尋ねる。
「私は」
「民のために」
「この国を強くしようとした」
「…………」
「その民が」
「進めと言っている」
「なら」
「私は」
「その意思に従うべきなのではないか?」
ハートは。
少し黙った。
「民の声を聞くことと」
「民の声に従うことは」
「同じではありません」
「…………」
「なら」
「王とは何だ?」
ハートは。
静かに答えた。
「それを」
「あなたのお兄様も」
「ずっと探しておられます」
「…………」
王弟は。
答えなかった。
◇
夜。
王弟は。
王宮の窓から。
街を眺めていた。
その隣には。
ガレスがいた。
「ガレス」
「何だ」
「…………」
「気持ちよかった」
「何が?」
「勝つことがだ」
ガレスが。
王弟を見る。
「今まで」
「誰も」
「私の話など聞かなかった」
「父も」
「民も」
「…………」
「だが今は」
「皆が私を見ている」
「私の名を呼んでいる」
「英雄だと」
遠くから。
まだ声が聞こえる。
「王弟殿下万歳!」
「…………」
「それが」
「気持ちよかった」
ガレスは。
何も言わない。
「だから」
「分からない」
「…………」
「私は今」
「国のために」
「戦争を続けるべきだと」
「思っているのか」
「民のためなのか」
「…………」
「それとも」
「もう一度」
「あの歓声を」
「聞きたいだけなのか」
しばらく。
沈黙が続いた。
「知らねえよ」
ガレスが言った。
「…………」
「俺に聞くな」
「相変わらず」
「役に立たんな」
「当たり前だ」
ガレスが。
王弟を見る。
「王になろうとしてんのは」
「俺じゃねえ」
「…………」
「お前だ」
王弟は。
再び。
窓の外を見る。
「進軍を!」
「王弟殿下万歳!」
「我らの英雄!」
歓声が。
夜の王都に響いていた。
自分が。
国民の心に。
火をつけた。
なら。
その火を消すことは。
民の意思を。
裏切ることなのか。
「…………」
王弟は。
目を閉じた。
昨日まで。
あれほど誇らしかった。
英雄の歓声が。
今は。
少しだけ。
怖かった。




