45話「数字の中の死者」
王弟が。
剣を振り下ろした。
「全軍!」
「前進!」
地面が。
揺れた。
王国軍が。
一斉に進み始める。
そして。
空を埋めるほどの矢が。
両軍の間を飛び交った。
「うわああああ!」
兵士が倒れる。
一人。
また一人。
だが。
軍は止まらない。
「止まるな!」
「前を見ろ!」
ガレスが。
最前線を駆ける。
「止まった奴から死ぬぞ!」
敵兵を。
大剣で薙ぎ払う。
その後ろを。
王国兵が駆け抜けた。
王弟も。
戦場全体を見ていた。
「左翼を前へ!」
「騎兵は右から回れ!」
「中央を崩せ!」
長い年月をかけて。
集めた兵。
鍛えた兵。
整えた武器。
用意した兵糧。
その全てが。
今日のためにあった。
「殿下!」
「敵中央が崩れます!」
「よし」
「退路は残せ!」
「逃げる兵は追うな!」
「しかし!」
「我々の目的は」
「殺すことではない!」
「…………」
「勝つことだ!」
やがて。
敵軍の旗が。
一つ。
また一つ。
倒れていった。
「敵軍!」
「撤退を始めました!」
「追撃しますか!?」
「必要ない」
「ですが」
「逃がせ」
王弟が。
撤退していく敵兵を見る。
「死者は」
「我々の強さを伝えられない」
「…………」
「生きて帰った者に」
「伝えてもらう」
王国軍。
勝利。
◇
翌朝。
各地へ。
号外が届いた。
『王国軍、大勝利』
『敵軍に甚大な被害』
『我が軍の損害は軽微』
「勝ったぞ!」
「王弟殿下万歳!」
「これで」
「もう誰も俺たちを馬鹿にできない!」
町では。
人々が喜んでいた。
その横を。
一台の馬車が通る。
その荷台には。
負傷した兵士たち。
包帯。
血。
呻き声。
そして。
布を被せられた者もいた。
「…………」
王は。
新聞から。
馬車へ目を移した。
「大勝利だそうですよ」
ジョーカーが言った。
「見れば分かる」
「ええ」
ジョーカーが。
新聞を広げる。
「新聞というものは」
「便利ですね」
「何がだ?」
「血の匂いが」
「しませんから」
「…………」
王が。
もう一度。
記事を見る。
『我が軍の損害は軽微』
「軽微……」
王が呟いた。
その時。
馬車から。
一人の兵士の腕が見えた。
動かない。
「軽微だそうです」
「…………」
「死んだ者にも」
「そう伝えてやれ」
「難しいですね」
「何がだ」
ジョーカーは。
馬車を見る。
「国にとっては」
「何百人のうちの」
「一人でしょうが」
「…………」
「本人にとっては」
「一人でも」
「全滅でしょうから」
王は。
何も言えなかった。
◇
戦場。
「殿下」
ガレスが。
王弟の隣へ立つ。
「勝ったぞ」
「ああ」
目の前には。
無数の死体があった。
敵兵。
王国兵。
同じ泥の上に。
同じように倒れている。
「こちらの被害は?」
「集計中だ」
「そうか」
王弟は。
死体の間を歩く。
昨日。
王都では。
彼らは英雄だった。
今日。
彼らには。
番号が付けられていた。
「殿下」
一人の将校が。
書類を持ってくる。
「現在までの損害です」
王弟が。
紙を見る。
死者。
負傷者。
行方不明者。
そこには。
数字だけが並んでいた。
「…………」
「我が軍の被害は」
「想定より少なく済みました」
「…………」
「大勝利です」
王弟は。
紙から目を上げる。
目の前には。
その数字になった者たちがいた。
「そうか」
それだけ。
答えた。
そして。
紙を折り畳む。
「次の準備をしろ」
ガレスが。
王弟を見る。
「まだやるのか?」
「ああ」
「一度勝った」
「…………」
「だが」
「一度では」
「ただの勝利だ」
王弟が。
遠くを見る。
「我が国に剣を向ければ」
「どうなるのか」
「…………」
「まだ」
「世界には伝わっていない」
ガレスは。
何も言わなかった。
その足元にも。
一人の兵士が。
倒れていた。
国にとって。
それは。
軽微な損害の。
一人。
だが。
その男にとって。
今日失われたものは。
一つではない。
家族も。
明日も。
未来も。
すべてだった。
戦争では。
人が死ぬ。
そして。
戦争が大きくなるほど。
死者は。
名前ではなく。
数字になっていった。




