44話「花の無い場所」
王都を離れた軍は。
北へ。
国境へと進んでいた。
王都では。
花が舞っていた。
歓声があった。
誰もが。
兵士たちを英雄と呼んだ。
だが。
国境へ近づくほど。
道を行く人々の向きは。
逆になっていった。
「…………」
王たちの横を。
荷車が通り過ぎる。
家財道具。
食糧。
毛布。
その隙間に。
幼い子供たちが座っていた。
「避難民か」
スペードが呟く。
「ああ」
王が。
街道の先を見る。
南へ向かう人々。
北へ向かう兵士。
二つの列が。
すれ違っていた。
「花がありませんね」
ジョーカーが言った。
「何?」
「王都では」
「あれほど兵士に」
「投げておられたのに」
「…………」
「ここまで来ると」
「皆さん」
「花より荷物を持つのに」
「忙しいようです」
王は。
何も言わなかった。
◇
「待ってくれ!」
一台の荷車が。
ぬかるみに嵌まっていた。
王とスペードが。
車輪を押す。
「せーの!」
車輪が。
泥から抜ける。
「助かった」
男が。
頭を下げた。
「どこへ行く?」
「南だ」
「戦争になるんだろ?」
男の後ろには。
妻と。
二人の子供がいた。
「王弟殿下の戦争に」
「反対なのか?」
「いや」
男は。
首を振った。
「あんな要求されたら」
「俺だって腹が立つ」
「…………」
「じゃあ」
「なぜ逃げる?」
男は。
少し考えた。
「そりゃ」
「正しい戦争でも」
「矢は避けてくれねえからな」
「…………」
「俺には」
「国のことなんて分からねえ」
「でも」
男が。
荷車の子供を見る。
「こいつらを守ることくらいは」
「分かる」
男は。
荷車を引いていった。
王は。
その背中を見ていた。
「正しい戦争でも」
「矢は避けてくれない……か」
「賢い方ですね」
ジョーカーが言った。
「そうだな」
「戦争について」
「一番よくご存じなのは」
「…………」
「戦争から逃げている方なのかもしれません」
◇
同じ頃。
王都。
王弟は。
出征の準備を終えていた。
「殿下」
ダイヤが。
一冊の帳簿を差し出す。
「何だ?」
「戦費です」
「…………」
「兵糧」
「武器」
「馬」
「輸送」
「負傷兵の治療」
「戦死者への補償」
王弟が。
帳簿を見る。
「高いな」
「戦争ですから」
「…………」
「一月です」
「何?」
「この規模で」
「私が許容できるのは」
「一月までです」
「一月を超えれば?」
「勝っても」
「国が貧しくなります」
「…………」
「戦争とは」
「勝利にも」
「随分と金がかかるらしい」
「敗北よりは」
「安く済みます」
「相変わらずだな」
「財務卿ですので」
王弟は。
帳簿を返した。
「一月もかけない」
「その言葉」
「帳簿に書いておきましょうか?」
「やめろ」
◇
王宮を出る直前。
「殿下」
ハートが。
王弟を呼び止めた。
「何だ」
「勝ってください」
「…………」
王弟が。
少し驚く。
「戦争には」
「反対ではなかったか?」
「反対です」
「なら」
「なぜ勝てと?」
「始めると決めた以上」
「負ければ」
「さらに多くの人が死にます」
「…………」
「ですから」
「勝ってください」
ハートが。
静かに続ける。
「そして」
「できるだけ」
「敵も殺さずに」
「無茶を言う」
「ええ」
ハートが。
微笑んだ。
「私は」
「そういう仕事ですので」
「…………」
王弟は。
少しだけ笑った。
「努力する」
「神に祈っております」
「私ではなく」
「兵たちに祈ってやってくれ」
「勝利を?」
「違う」
王弟は。
歩き出す。
「生きて帰れるようにだ」
ハートは。
その背中を見送った。
◇
数日後。
国境。
王国軍が。
平原へ到着した。
数千の兵。
槍が並び。
旗が風に揺れる。
その向こう。
隣国軍も。
すでに布陣していた。
「…………」
王都で。
笑っていた兵士たちは。
誰も笑っていなかった。
一人の若い兵士が。
槍を握っている。
手が。
震えていた。
「怖いか?」
ガレスが尋ねる。
「…………はい」
「そうか」
「申し訳ありません」
「何で謝る?」
「兵士なのに」
「怖くて……」
「馬鹿野郎」
ガレスが。
兵士の肩を叩く。
「怖くねえ奴から」
「先に死ぬ」
「…………」
「怖いなら」
「生きて帰ろうとしろ」
「はい!」
ガレスは。
王弟の隣へ戻る。
目の前には。
敵軍。
「これが」
「お前の欲しかった戦争か」
「違う」
「何?」
「欲しかったのは」
「この後だ」
「…………」
王弟が。
敵軍を見る。
「この戦争が終わった後」
「誰も」
「我が国に」
「剣を向けなくなる」
「本当に」
「そうなると思うか?」
「…………」
「そうする」
王弟は。
剣を抜いた。
王都では。
花が舞っていた。
ここには。
花はない。
歓声もない。
あるのは。
槍と。
剣と。
人だけだった。
王弟が。
剣を前へ向ける。
「全軍」
兵士たちが。
武器を構える。
「前進」
地面が。
揺れ始める。
戦争は。
ようやく。
美しくなくなった。




