43話「美しい戦争」
王都。
王宮前の広場には。
数え切れないほどの民が集まっていた。
商人。
職人。
兵士。
そして。
その家族たち。
王弟が。
民衆の前へ立つ。
「私は」
「戦争が嫌いだ」
広場が。
静まり返った。
「父もそうだった」
「兄もそうだ」
「そして」
「ここにいる皆も」
「きっと同じだろう」
「…………」
「誰だって」
「愛する者を」
「戦場になど送りたくない」
「親を」
「子を」
「友を」
「失いたくなどない」
王弟は。
一枚の書状を掲げた。
「だから我々は」
「戦争を避けてきた」
「話し合い」
「譲り」
「耐えてきた」
「…………」
「だが」
「その結果」
「何を言われた?」
王弟が。
書状を握る。
「砦を渡せ」
「我々の土地に」
「他国の兵を入れろ」
「我々の山から採れるものを」
「差し出せ」
民衆が。
ざわめき始める。
「なぜだ?」
「我々が」
「平和を愛しているからか?」
「違う」
「…………」
「我々が」
「戦争を恐れていると思われたからだ」
再び。
静寂が訪れる。
「私は」
「平和を捨てろとは言わない」
「むしろ逆だ」
「…………」
「私は」
「この国に」
「平和を選べる国であってほしい」
「脅されたから」
「平和を選ぶのではない」
「奪われるのが怖いから」
「頭を下げるのでもない」
「…………」
「戦える」
「それでも」
「戦わない」
「そう言える国にしたい」
王弟が。
民衆を見渡す。
「平和とは」
「弱い者が」
「強い者に許してもらうものではない」
「…………」
「自分たちの手で」
「守るものだ」
民衆の中から。
一人の男が。
拳を上げた。
「この戦争を」
「領土を奪うための戦争にはしない」
「富を奪うための戦争にも」
「名誉を得るための戦争にも」
「しない」
「…………」
「我々が欲しいものは」
「たった一つだ」
王弟が。
拳を握る。
「戦争をちらつかせれば」
「この国が屈すると」
「二度と思わせないことだ」
「…………」
「世界に示そう」
「我々は」
「戦争を望まない」
「だが」
「戦争を恐れるあまり」
「国を差し出すこともしない」
そして。
王弟は。
最後に叫んだ。
「強い国を作ろう!」
「戦争をするためではない!」
「…………」
「戦争を」
「仕掛けられない国を作るために!」
一瞬。
静まり返った。
そして。
「王国万歳!」
「王弟殿下万歳!」
「王国万歳!」
歓声が。
王都を揺らした。
◇
翌朝。
新聞が。
国中へ配られた。
『王弟殿下――不当要求を完全拒否』
『王国軍、出征へ』
『弱い国の時代を終わらせる』
酒場では。
男たちが新聞を囲む。
「よく言った!」
「今度こそ」
「思い知らせてやれ!」
若者たちは。
軍への志願を申し出た。
商人たちは。
軍へ物資を提供した。
家々には。
王国旗が掲げられた。
国中が。
一つになっていく。
戦争へ向かって。
◇
北部。
「…………」
王は。
一枚の新聞を読んでいた。
その周囲でも。
人々が声を上げている。
「王弟殿下ならやってくれる!」
「俺たちは弱くない!」
「勝って帰ってこい!」
王は。
新聞を畳んだ。
「良い演説ですね」
ジョーカーが言った。
「皮肉か?」
「まさか」
「私なら」
「拍手しております」
「…………」
「だからこそ」
「少し怖いのですが」
「何がだ?」
ジョーカーは。
新聞を見る。
「人を戦場へ向かわせる言葉というものは」
「…………」
「人を殺せとは」
「一言も言わなくていいのですね」
「…………」
王は。
何も言わなかった。
その時。
街道の向こうから。
王国軍がやってきた。
何百。
何千という兵。
王国旗が。
風になびく。
沿道には。
大勢の民が集まった。
「王国万歳!」
「必ず勝てよ!」
「英雄になって帰ってこい!」
花が。
兵士たちへ投げられる。
兵士たちは。
笑っていた。
家族も。
笑って手を振っていた。
その中で。
一人の少女が。
父親らしき兵士へ駆け寄る。
「お父さん!」
兵士が。
少女を抱き上げる。
「すぐ帰ってくる」
「本当?」
「ああ」
「勝って」
「英雄になって帰ってくる」
少女が。
笑った。
やがて。
兵士は娘を降ろし。
隊列へ戻っていった。
「…………」
王は。
その背中を見送る。
「随分と」
「綺麗ですね」
ジョーカーが呟いた。
「何がだ」
「戦争です」
王が。
ジョーカーを見る。
「まだ」
「一人も死んでおりません」
「…………」
「旗があって」
「花があって」
「歓声があって」
「英雄までいる」
ジョーカーは。
笑っていた。
「戦争は」
「始まる前が」
「一番美しいのかもしれませんね」
「…………」
「王弟にも」
「理由はある」
王が言った。
「ええ」
「十分すぎるほど」
「だから怖いのです」
「何がだ」
「理由のない戦争など」
ジョーカーが。
遠ざかっていく兵士たちを見る。
「きっと」
「一つもなかったのでしょうから」
「…………」
歓声は。
まだ続いていた。
花が舞い。
旗が揺れる。
誰も。
血を流していない。
誰も。
泣いていない。
だから。
戦争はまだ。
美しかった。




