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王の愚者  作者: クロワ
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43/105

43話「美しい戦争」

王都。


 王宮前の広場には。


 数え切れないほどの民が集まっていた。


 商人。


 職人。


 兵士。


 そして。


 その家族たち。


 王弟が。


 民衆の前へ立つ。


「私は」


「戦争が嫌いだ」


 広場が。


 静まり返った。


「父もそうだった」


「兄もそうだ」


「そして」


「ここにいる皆も」


「きっと同じだろう」


「…………」


「誰だって」


「愛する者を」


「戦場になど送りたくない」


「親を」


「子を」


「友を」


「失いたくなどない」


 王弟は。


 一枚の書状を掲げた。


「だから我々は」


「戦争を避けてきた」


「話し合い」


「譲り」


「耐えてきた」


「…………」


「だが」


「その結果」


「何を言われた?」


 王弟が。


 書状を握る。


「砦を渡せ」


「我々の土地に」


「他国の兵を入れろ」


「我々の山から採れるものを」


「差し出せ」


 民衆が。


 ざわめき始める。


「なぜだ?」


「我々が」


「平和を愛しているからか?」


「違う」


「…………」


「我々が」


「戦争を恐れていると思われたからだ」


 再び。


 静寂が訪れる。


「私は」


「平和を捨てろとは言わない」


「むしろ逆だ」


「…………」


「私は」


「この国に」


「平和を選べる国であってほしい」


「脅されたから」


「平和を選ぶのではない」


「奪われるのが怖いから」


「頭を下げるのでもない」


「…………」


「戦える」


「それでも」


「戦わない」


「そう言える国にしたい」


 王弟が。


 民衆を見渡す。


「平和とは」


「弱い者が」


「強い者に許してもらうものではない」


「…………」


「自分たちの手で」


「守るものだ」


 民衆の中から。


 一人の男が。


 拳を上げた。


「この戦争を」


「領土を奪うための戦争にはしない」


「富を奪うための戦争にも」


「名誉を得るための戦争にも」


「しない」


「…………」


「我々が欲しいものは」


「たった一つだ」


 王弟が。


 拳を握る。


「戦争をちらつかせれば」


「この国が屈すると」


「二度と思わせないことだ」


「…………」


「世界に示そう」


「我々は」


「戦争を望まない」


「だが」


「戦争を恐れるあまり」


「国を差し出すこともしない」


 そして。


 王弟は。


 最後に叫んだ。


「強い国を作ろう!」


「戦争をするためではない!」


「…………」


「戦争を」


「仕掛けられない国を作るために!」


 一瞬。


 静まり返った。


 そして。


「王国万歳!」


「王弟殿下万歳!」


「王国万歳!」


 歓声が。


 王都を揺らした。


 ◇


 翌朝。


 新聞が。


 国中へ配られた。


『王弟殿下――不当要求を完全拒否』


『王国軍、出征へ』


『弱い国の時代を終わらせる』


 酒場では。


 男たちが新聞を囲む。


「よく言った!」


「今度こそ」


「思い知らせてやれ!」


 若者たちは。


 軍への志願を申し出た。


 商人たちは。


 軍へ物資を提供した。


 家々には。


 王国旗が掲げられた。


 国中が。


 一つになっていく。


 戦争へ向かって。


 ◇


 北部。


「…………」


 王は。


 一枚の新聞を読んでいた。


 その周囲でも。


 人々が声を上げている。


「王弟殿下ならやってくれる!」


「俺たちは弱くない!」


「勝って帰ってこい!」


 王は。


 新聞を畳んだ。


「良い演説ですね」


 ジョーカーが言った。


「皮肉か?」


「まさか」


「私なら」


「拍手しております」


「…………」


「だからこそ」


「少し怖いのですが」


「何がだ?」


 ジョーカーは。


 新聞を見る。


「人を戦場へ向かわせる言葉というものは」


「…………」


「人を殺せとは」


「一言も言わなくていいのですね」


「…………」


 王は。


 何も言わなかった。


 その時。


 街道の向こうから。


 王国軍がやってきた。


 何百。


 何千という兵。


 王国旗が。


 風になびく。


 沿道には。


 大勢の民が集まった。


「王国万歳!」


「必ず勝てよ!」


「英雄になって帰ってこい!」


 花が。


 兵士たちへ投げられる。


 兵士たちは。


 笑っていた。


 家族も。


 笑って手を振っていた。


 その中で。


 一人の少女が。


 父親らしき兵士へ駆け寄る。


「お父さん!」


 兵士が。


 少女を抱き上げる。


「すぐ帰ってくる」


「本当?」


「ああ」


「勝って」


「英雄になって帰ってくる」


 少女が。


 笑った。


 やがて。


 兵士は娘を降ろし。


 隊列へ戻っていった。


「…………」


 王は。


 その背中を見送る。


「随分と」


「綺麗ですね」


 ジョーカーが呟いた。


「何がだ」


「戦争です」


 王が。


 ジョーカーを見る。


「まだ」


「一人も死んでおりません」


「…………」


「旗があって」


「花があって」


「歓声があって」


「英雄までいる」


 ジョーカーは。


 笑っていた。


「戦争は」


「始まる前が」


「一番美しいのかもしれませんね」


「…………」


「王弟にも」


「理由はある」


 王が言った。


「ええ」


「十分すぎるほど」


「だから怖いのです」


「何がだ」


「理由のない戦争など」


 ジョーカーが。


 遠ざかっていく兵士たちを見る。


「きっと」


「一つもなかったのでしょうから」


「…………」


 歓声は。


 まだ続いていた。


 花が舞い。


 旗が揺れる。


 誰も。


 血を流していない。


 誰も。


 泣いていない。


 だから。


 戦争はまだ。


 美しかった。



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