40話「空いた王座」
北へ向かう途中。
王たちは。
街道沿いの酒場に入った。
身分を隠し。
客に紛れて食事を取る。
「聞いたか?」
隣の卓から。
声が聞こえた。
「戦争が始まるらしいぞ」
王の手が止まる。
「王弟殿下が兵を集めてるって話だ」
「国境であんなことがあったんだ」
「今度こそやり返すんじゃねえか?」
「俺は賛成だ」
「また攻められてからじゃ遅い」
「冗談じゃねえ」
「戦うのは俺たちだぞ」
「…………」
王は。
黙って聞いていた。
「変わったな」
「何がでしょう」
「民だ」
「以前は」
「戦争など嫌だと言っていた」
「ええ」
ジョーカーが。
小さく笑う。
「恐怖とは」
「優秀な教師ですね」
「…………」
「王弟殿下が何年かけても教えられなかったことを」
「一度の敗北で」
「教えてしまった」
王の目が。
僅かに細くなる。
◇
数日前。
王都。
「王弟殿下!」
王弟とガレスが。
王宮へ戻った。
大臣たちが駆け寄る。
「陛下は!?」
「大将軍は!?」
「クラブ殿は!?」
「落ち着け」
王弟が答える。
「国境で」
「武装勢力の襲撃を受けた」
「…………!」
「近衛騎士団は壊滅」
「クラブは倒れた」
ハートの表情が変わる。
「陛下は?」
「スペードとジョーカーと共に脱出した」
「だが」
「その後の消息は分からない」
王宮が。
ざわめく。
その中で。
ダイヤだけが。
ガレスを見ていた。
「一つ」
「何だ」
「そちらの方は」
ダイヤが。
ガレスを見る。
「死んだはずの」
「ガレス将軍では?」
大臣たちが。
一斉に振り返る。
「なぜ彼が」
「王弟殿下と共に?」
「敵地で生き延びていた」
「今回の混乱で合流した」
「偶然に?」
「ああ」
「…………」
ダイヤが。
僅かに笑う。
「そうですか」
「信じていないな」
「私は数字を扱う人間ですので」
「…………」
「偶然が綺麗に並ぶと」
「誰かが帳尻を合わせたのではないかと」
「確認したくなるだけです」
◇
国王がいない。
大将軍もいない。
近衛騎士団長もいない。
だが。
国政を止めるわけにはいかない。
「王弟殿下」
一人の大臣が言う。
「陛下がお戻りになるまで」
「国政を預かっていただけませんか」
「…………」
王弟は。
少し黙った。
「分かった」
「兄上が戻るまでだ」
「それまで」
「私がこの国を預かる」
会議が終わる。
人々が部屋を出ていく。
「随分と」
ダイヤが呟いた。
「都合よく空きましたね」
「何がだ」
ダイヤは。
謁見の間の奥を見る。
「王座が」
「…………」
「私を疑っているのか?」
「いいえ」
「数字を眺めているだけです」
ダイヤが歩き出す。
「ただ」
「今あなたと争えば」
「国が二つに割れる」
「…………」
「内乱ほど」
「無駄な出費はありませんから」
「相変わらずだな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ハートも。
王弟を見る。
「私も今は従います」
「信用していないのに?」
「信用と協力は」
「別のものです」
「…………」
「この国を守る」
「その一点だけは」
「今のところ」
「同じようですから」
◇
夜。
誰もいない謁見の間。
王弟は。
王座の前に立っていた。
「座らねえのか?」
ガレスだった。
「まだだ」
「もう国を動かしてんだろ」
「それとこれは違う」
「何がだ?」
王弟が。
王座に触れる。
「兄上は」
「まだ生きている」
「分かるのか?」
「ああ」
「それに」
王弟が。
僅かに笑う。
「ジョーカーがいる」
「なら追うか?」
「いや」
「何?」
「追わない」
王弟は。
王座から手を離した。
「兄上を追えば」
「兄上はまだ」
「国王のままだ」
「…………」
「ならどうする?」
「変える」
「何をだ」
「この国を」
王弟が。
空いた王座を見る。
「兄上が戻った時には」
「もう」
「兄上の知っている国ではないほどにな」
◇
現在。
酒場。
「王弟殿下が国をまとめてるらしい」
「こんな時に頼りになるのは」
「やっぱり殿下だな」
「…………」
王は。
黙って酒を飲む。
「人気者ですね」
ジョーカーが言った。
「誰がだ」
「あなたを王都から追い出した方が」
「あなたの代わりに国を守っている」
「…………」
「国民からすれば」
「立派な英雄ですよ」
「皮肉か?」
「いいえ」
ジョーカーが。
小さく笑う。
「だから」
「皮肉なのです」
「…………」
王が立ち上がる。
「行くぞ」
「もうよろしいので?」
「ああ」
「余が国を見ている間にも」
王は。
北を見る。
「あいつは」
「国を変え始めている」
空いた王座に。
王弟は。
まだ座っていない。
だが。
王のいない王都では。
すでに。
別の国が。
動き始めていた。




