4話「正直者の会議」
王宮の会議室。
大きな円卓を囲んでいるのは、王と国政を担う大臣たちだった。
「北部三領から、今年度の報告が届いております」
財務大臣が分厚い書類を机に置いた。
「小麦の収穫量は前年比十二パーセント増。税収も七パーセント増。治安も安定。大きな問題はありません」
「結構なことではないか」
王が頷く。
「ええ」
財務大臣も頷いた。
「数字だけを信じるのであれば」
王の目が細くなる。
「どういう意味だ?」
「北部から王都へ入る商人の数が、半年で三割近く減っています」
軍務大臣が腕を組んだ。
「盗賊でも増えたか?」
「治安に関する報告では、むしろ減少しています」
「ならば問題ないのでは?」
内務大臣が口を開く。
「いいえ。先月、北部の診療所から薬の追加要請が来ています」
「病か?」
「栄養失調です」
部屋が静かになった。
「……豊作なのだろう?」
農務大臣が言った。
「報告書では」
財務大臣が答えた。
収穫量は増えている。
税収も増えている。
治安もいい。
なのに商人は減り、民は飢えている。
王は眉を寄せた。
「どういうことだ」
「簡単な話でしょう」
声がした。
全員が振り返る。
円卓から少し離れた窓際。
いつの間に来たのか。
ジョーカーが果物を一つ手に取り、眺めていた。
「いつからいた」
「『大きな問題はありません』の辺りから」
「なら座れ」
「嫌です」
「なぜだ」
ジョーカーは空いている椅子を見る。
「偉い方々の椅子は、座ると都合の悪いものが見えなくなるらしいので」
財務大臣が眉をひそめた。
「また始まったか」
「おや。褒めたつもりなのですが」
「どこがだ」
「皆様、実に優秀です」
ジョーカーは報告書を手に取った。
「豊作で、税収も増え、治安もよく――」
ページをめくる。
「民だけが飢えている」
にこりと笑った。
「これほど数字と現実を別々に管理できるとは。見事な行政手腕です」
「ジョーカー」
王が低い声で名前を呼ぶ。
「茶化すな」
「これは失礼」
ジョーカーは頭を下げた。
「では真面目に」
笑顔のまま、報告書を机へ放る。
「誰かが嘘をついています」
◇
調査はすぐに始まった。
三日後。
再び大臣たちとジョーカーが集められた。
「判明しました」
内務大臣が数枚の書類を置く。
「北部第二領を管理する地方官です」
実際の収穫量は前年比――八パーセント減。
にもかかわらず、報告上は十二パーセント増。
税収についても数字が書き換えられていた。
「やはりな」
軍務大臣が吐き捨てる。
「己の失政を隠すためか」
「本人も認めています」
「ならば処刑しろ」
軍務大臣が即答した。
「王に虚偽の報告を上げた。十分だ」
「厳罰は免れないでしょう」
内務大臣も頷く。
「待て」
王が二人を制した。
そしてジョーカーを見る。
「お前はどう思う?」
「素晴らしい案かと」
軍務大臣の眉が動いた。
「珍しく意見が合ったな」
「ええ。嘘をついた者の首を刎ねれば、今後は陛下の耳に嘘が入ることもなくなるでしょう」
「当然だ」
「報告する者そのものがいなくなりますから」
「…………」
「失敗を報告すれば死刑」
ジョーカーは指を一本立てる。
「なら次から皆、成功したことにするでしょう」
王が頭を抱えた。
「お前はもう少し普通に反対できんのか」
「できますよ」
「ならそうしろ」
「嫌です」
「なぜだ!」
「普通に言って聞く方なら、私は必要ありませんので」
王は言葉を失った。
農務大臣が思わず小さく笑う。
「……確かに」
「お前まで笑うな」
だが財務大臣だけは書類を見つめていた。
「……おかしい」
「何がです?」
ジョーカーが振り返る。
「この男は失政を隠すために数字を改ざんした、と証言している」
「ああ」
「だが――」
財務大臣が一枚の帳簿を抜き出した。
「収穫量を偽る理由は分かる。だが税収まで増えたように見せれば、中央へ納める額も増える」
軍務大臣の表情が変わった。
「……自分の首を絞めるだけか」
「そうだ」
財務大臣は続ける。
「しかも不足分はどこかから補填されている」
「いくらだ」
「金貨八千枚」
今度こそ全員が黙った。
一地方官が簡単に用意できる金額ではない。
「横領した金では?」
内務大臣が聞く。
「逆だ」
財務大臣は首を振った。
「金が入ってきている」
「誰からだ?」
「分からない」
王が椅子から身を乗り出した。
「地方官をもう一度問い詰めろ」
「すでに尋問しております。しかし本人は――」
内務大臣が言葉を止めた。
「何だ?」
「『自分一人でやった』と」
沈黙。
やがて。
「ふふっ」
笑い声が聞こえた。
ジョーカーだった。
「何がおかしい」
軍務大臣が睨む。
「いえ」
ジョーカーは楽しそうに報告書を持ち上げた。
「ようやく正直者を見つけたと思ったのですが」
「正直者?」
「ええ」
ジョーカーは笑う。
「この男、自分が嘘つきだということだけは正直に認めたのでしょう?」
誰も答えない。
「ですが――」
ジョーカーは一枚の紙を抜き出した。
金貨八千枚。
送り主、不明。
「どうやら」
その笑顔が、ほんの少しだけ変わった。
「もっと大きな嘘つきがいるようですね」
◇
その夜。
王都から遠く離れた場所。
一人の男が、暖炉の前に立っていた。
「北部の件が露見しました」
部下が跪いている。
「地方官は?」
「捕らえられました。しかし、こちらについては何も」
「そうか」
男は炎の中へ、一枚の報告書を投げ込んだ。
「ジョーカーが気づいたようです」
「……始末いたしますか?」
男は答えなかった。
しばらく炎を眺め――
小さく笑った。
「いや」
「では?」
「まだいい」
紙が炎に包まれていく。
「嘘というものはな」
男は静かに言った。
「真実を隠すためにつくものではない」
炎の中で文字が消えていく。
「人が信じたいものを信じさせるためにつくものだ」
最後の一片が灰になった。
「さて――」
男は立ち上がる。
「次は、何を信じてもらおうか」
第4話 正直者の会議 ――了




