38話「王の資格」
朝。
森の中に。
一つの墓ができた。
墓石はない。
名を刻むものもない。
ただ。
クラブの大盾だけが。
墓標のように立てられていた。
「…………」
王は。
その前に立っていた。
スペード。
ジョーカー。
そして。
生き残った兵たち。
誰も。
口を開かなかった。
「クラブ」
王が言った。
「少しだけ」
「ここで待っていろ」
大盾に手を置く。
「必ず戻る」
「その時は」
「王都へ連れて帰る」
王は。
しばらく盾を見つめた。
そして。
手を離す。
「行くぞ」
スペードが顔を上げる。
「どちらへ?」
「王都には戻らない」
「…………」
「今は、な」
スペードが。
地図を広げる。
「強行突破なら」
「不可能ではありません」
「ただし」
「王国兵との戦闘になります」
「却下だ」
王は即答した。
「あそこにいるのは」
「敵ではない」
「…………」
「我が国の兵だ」
「事情も知らず」
「命令に従っているだけかもしれん」
王が。
地図の王都を見る。
「王座へ戻るために」
「我が国の兵を斬るような王にはならん」
「…………」
スペードが。
静かに地図を畳んだ。
「では」
「どちらへ?」
王は。
王都とは反対を見る。
「地方を巡る」
「…………」
「この状況で、ですか?」
「この状況だからだ」
王が答える。
「王弟には」
「千人近い者がついていた」
「若者」
「兵士」
「将校」
「神父まで」
「…………」
「なぜだ」
誰も。
答えない。
「余は」
「その理由を知らない」
王が。
クラブの墓を見る。
「王でありながら」
「自分の国の者たちが」
「なぜ王弟に剣を預けたのかすら」
「知らなかった」
「…………」
「知らないまま王都へ帰り」
「王弟を倒しても」
「何も終わらん」
王は。
前を向いた。
「だから見る」
「我が国を」
「今度は」
「王宮の中からではなく」
◇
その夜。
森の中。
小さな焚き火が。
暗闇を照らしていた。
兵たちは眠り。
スペードも。
傷ついた身体を休ませている。
王だけが。
地図を見ていた。
「まだ起きておられたのですか」
ジョーカーだった。
「ああ」
ジョーカーが。
隣に座る。
「考え事ですか?」
「少しな」
王の指が。
地図の北部をなぞる。
「ジョーカー」
「はい」
「王弟は」
「この国は弱いと言った」
「…………」
「平和に慣れ」
「危機を知らず」
「このままでは」
「いつか他国に奪われると」
「ええ」
「余は」
「あいつが間違っていると思っていた」
ジョーカーが。
王を見る。
「今は?」
「…………」
「分からん」
王は。
静かに答えた。
「少なくとも」
「余よりあいつの方が」
「この国の弱さを見ていた」
「だから」
「地方を?」
「ああ」
王が地図を見る。
「城に届く報告ではない」
「役人がまとめた数字でもない」
「余自身の目で」
「民がどう生きているのかを見る」
「…………」
「王弟が見た国と」
「同じ国を見る」
ジョーカーの目が。
僅かに細くなる。
「そして?」
「確かめる」
「何をでしょう」
「同じものを見れば」
王が。
顔を上げる。
「余も」
「あいつと同じ答えに辿り着くのか」
「…………」
「それとも」
「違う答えを見つけられるのか」
焚き火が。
小さく弾けた。
「もし」
ジョーカーが尋ねる。
「同じ答えに辿り着いたら?」
「その時は」
王は。
少し考えた。
「あいつの方が」
「余より先に」
「この国を見ていたと認める」
「…………」
「ですが」
王が。
地図を畳む。
「違う答えがあるのなら」
「余が見つける」
ジョーカーが。
僅かに笑った。
「王座を取り戻すための旅では」
「ないのですね」
「ああ」
「では」
「何のために?」
王は。
立ち上がった。
「余が」
「王であるべきなのか」
「それを確かめるためだ」
「…………」
「随分と危険な旅ですね」
「そうか?」
「ええ」
ジョーカーが笑う。
「命ではなく」
「王である理由を」
「失うかもしれません」
王も。
僅かに笑った。
「望むところだ」
王都とは。
反対の方向。
そこには。
王が知らなかった国がある。
王弟が見た国と。
同じ国を見る。
同じ答えに辿り着くのか。
違う答えを見つけるのか。
それを確かめるために。
王は。
王宮の外から。
初めて。
自分の国を見ることにした。




