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王の愚者  作者: クロワ
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36/108

36話「救出作戦」

――現在。


「……陛、下……」


 クラブの身体が崩れた。


「クラブ!」


 王が駆け寄る。


 その身体を抱き止めた。


 腹から。


 血が流れている。


「しっかりしろ!」


「…………」


 王弟は。


 血のついた剣を静かに払った。


「終わりだ、兄上」


 王が顔を上げる。


「…………」


「この日のために」


 王弟は周囲を見渡した。


「何年かけたと思っている」


 前。


 左右。


 そして後ろ。


 王弟に従う兵。


 その数。


 千近い。


「逃げ場はない」


 王弟が剣を向ける。


 その時だった。


「ぐああああっ!!」


 後方から悲鳴が上がった。


「何だ!?」


「敵襲!!」


「後ろだ!」


 王弟が振り返る。


 反乱軍の後方。


 森から兵が雪崩れ込んでくる。


 王国軍。


 だが。


 その数は。


 百ほど。


 先頭の男が剣を振るう。


 一人。


 二人。


 次々と反乱兵を押し退ける。


「ぐっ……!」


 一瞬。


 男の顔が歪んだ。


 折れた肋骨が軋む。


 それでも。


 剣は止まらない。


「押せ!!」


 怒号が響く。


「陛下まで道を開けろ!!」


 ガレスの目が見開かれた。


「……スペード」


 スペードが剣を構える。


「まだ動けんのかよ⋯」


 ガレスが大剣を握る。


「面白え!」


 だが。


 スペードは向かわない。


「全軍!」


 剣を掲げる。


「ガレスは無視しろ!」


「……あ?」


「目的は敵将ではない!」


 スペードが叫ぶ。


「陛下を救出する!」


 ◇


「敵は何人だ!」


 王弟軍の将校が怒鳴る。


「分かりません!」


 一人の兵士が駆け込んできた。


「森の中です! 旗しか見えません!」


「旗はいくつだ!」


「数え切れません!」


「増援か!?」


「恐らく!」


「規模は!」


「少なくとも――」


 一拍。


「千以上かと!」


「千!?」


 周囲がざわつく。


「東側にも多数の旗!」


「北からは騎兵らしき音も!」


「……包囲するつもりか!」


 将校が叫ぶ。


「第三隊を東へ!」


「第五隊は北へ回せ!」


「はっ!」


 兵士が走り去る。


 その兜の下で。


 口元が笑った。


 ◇


 森の中。


 無数の王国軍旗が揺れていた。


 だが。


 その下に。


 兵はいない。


 木々の間。


 丘の上。


 森の奥。


 至るところに旗だけが立っている。


「第三隊、配置完了!」


 森の中から声が響く。


「騎兵隊、東へ回れ!」


 別の場所からも。


「後続部隊、間もなく到着!」


 拡声筒。


 太鼓。


 馬蹄に似せた音。


 百人しかいない軍が。


 森の中では。


 何倍にも膨れ上がっているように見えた。


 ◇


「報告!」


 本物の偵察兵が戻ってきた。


「東の敵はどうした!」


「……東?」


「何?」


「敵は後方の百程度です!」


「百?」


「東側に敵兵などおりません!」


「…………」


 将校の顔が固まる。


「なら……」


 先ほどの兵士は。


「……誰だ?」


「西から敵兵です!」


 別の兵が駆け込んでくる。


「待て!」


「は?」


「お前」


 将校が睨む。


「本当にうちの兵か?」


「何を――」


 報告が止まる。


 命令が遅れる。


 誰が味方で。


 誰が敵なのか。


 分からなくなる。


 千の軍を動かすために必要なもの。


 情報。


 それが。


 壊れ始めていた。


 ◇


「今だ!」


 スペードが叫ぶ。


「散るな!」


 百人の兵を。


 一点へ集中させる。


「陛下まで一直線に押せ!」


 反乱軍は千。


 だが。


 存在しない敵に備え。


 兵が分散している。


 その隙間へ。


 百人が食い込んだ。


 スペード自身も剣を振るう。


 一人。


 二人。


 三人。


「ぐっ……!」


 脇腹に激痛が走る。


「大将軍!」


「構うな!」


 再び剣を振るう。


「前だけ見ろ!」


 ◇


「騙されんな!!」


 ガレスの怒号が響く。


「敵は百だ!」


「ですが東にも――」


「いねえよ!」


「北から騎兵が!」


「音だけだ!」


 ガレスが森を見る。


 旗。


 声。


 音。


 そして。


 存在しない軍隊。


「……ジョーカー」


 ガレスが舌打ちする。


「ふざけやがって……!」


 ◇


「クラブ!」


 王が傷口を押さえていた。


「しっかりしろ!」


「……陛下」


「喋るな!」


「逃げ……ますよ」


「何を言っている!」


 クラブの手が動く。


 地面に転がった。


 大盾へ。


「やめろ!」


「…………」


「その傷で動けるわけがない!」


 クラブが盾を掴む。


「クラブ!」


「俺は……」


 身体を起こす。


「近衛騎士団長です」


 膝が震える。


 血が落ちる。


 それでも。


 立ち上がる。


「陛下を守れねえなら……」


 大盾を持ち上げる。


「何のために」


 息を吐く。


「このクソ重てえ盾……」


 構える。


「ずっと持ってたんですか」


「…………」


「行きますよ」


 クラブが王の前に立つ。


「俺の後ろから――」


 大盾を前へ。


「絶対に出ないでください」


 ――ボン!


 突然。


 白煙が上がった。


「何だ!?」


「前が見えん!」


 煙の中。


「陛下」


 聞き慣れた声がした。


「ジョーカー!」


 反乱兵の格好をした男が現れる。


「お迎えに上がりました」


「クラブが!」


「…………」


 ジョーカーが傷を見る。


 一瞬。


 笑みが消えた。


 だが。


 すぐに戻る。


「では」


 懐から。


 小さな玉を取り出す。


「三人で帰りましょう」


「できるのか?」


「さあ」


「おい!」


「ですが」


 ジョーカーが笑う。


「できないと困りますので」


 玉を投げる。


 ――ドン!!


「伏せろ!」


「爆弾だ!」


 反乱兵たちが一斉に伏せる。


「…………」


 何も起こらない。


「……音だけ?」


「はい」


 ジョーカーが歩き出す。


「皆様、素直で助かります」


 ◇


 外から。


 スペード。


 内から。


 クラブ。


 二つの道が。


 少しずつ繋がっていく。


「陛下が見えた!」


「押せ!」


 王国兵が叫ぶ。


 ガンッ!


 クラブの大盾に剣がぶつかる。


「ぐっ……!」


「クラブ!」


「止まらないでください!」


 もう一撃。


 盾で受ける。


「前へ!」


 王が進む。


 ジョーカーが。


 一枚の札を取り出した。


「何だそれは!」


 反乱兵が足を止める。


「爆発します」


「下がれ!」


 兵たちが飛び退く。


 ジョーカーが札を投げる。


 ひらひら。


 地面へ落ちた。


「…………」


 何も起こらない。


「ただの札じゃねえか!」


「ええ」


 ジョーカーが横を通り過ぎる。


「今回は」


「貴様!」


 別の兵が迫る。


 ジョーカーが。


 もう一枚取り出す。


「では」


 笑う。


「次はどうでしょう?」


「…………!」


 兵の足が止まった。


「ありがとうございます」


 その横を通り抜ける。


「学習していただけて助かります」


 ◇


「陛下!」


 スペードが到達した。


「スペード!」


「ご無事で!」


「お前も無事ではないだろう!」


「問題ありません、肋骨が数本折れているだけです」


「陛下」


 ジョーカーが口を挟む。


「再会を喜ぶのは森に入ってからにしましょう」


「…………」


「追手が来ます」


 スペードが頷く。


「全軍!」


 剣を掲げる。


「後退!」


「陛下を囲め!」


 ◇


「逃がすな!!」


 ガレスの怒号。


 王弟軍が追ってくる。


 森まで。


 あと僅か。


「ジョーカー!」


 スペードが叫ぶ。


「はい!」


「何かないのか!」


「随分と雑なご命令ですね」


「早くしろ!」


「では」


 ジョーカーが。


 紐を引いた。


 森の中。


 大量の旗が。


 一斉に持ち上がる。


「全軍前進!!」


 森の奥から。


 大音量の声。


 続いて。


 太鼓。


 馬蹄。


 兵士たちの怒号。


「敵の本隊だ!」


「来るぞ!」


 反乱軍の足が止まる。


「止まるな!」


 ガレスが叫ぶ。


「ハッタリだ!!」


 だが。


 森の奥には。


 無数の旗。


 響き渡る足音。


 何人いるのか。


 見えない。


 一瞬。


 たった一瞬。


 千の軍が。


 躊躇した。


「今です」


 ジョーカーが笑う。


「森へ」


 ◇


 王が走る。


 クラブが盾で守る。


 スペード軍がその周囲を囲む。


 そして。


 ジョーカーが。


 最後尾で煙玉を落とした。


 白煙が。


 森の入口を覆う。


「追え!」


「見えません!」


「構わん! 行け!」


 反乱兵たちが。


 煙の中へ飛び込んだ。


「お前ら!」


 反乱兵の声。


「王はあっちだ!」


「急げ!」


「はっ!」


 兵たちが走る。


 逆方向へ。


「…………」


 煙の中。


 一人の反乱兵が兜を取った。


 ジョーカーだった。


「大人数というのも」


 笑う。


「大変ですね」


 ◇


 やがて。


 追手の声が。


 遠くなった。


「……逃げ切ったのか?」


 王が振り返る。


「ひとまずは」


 ジョーカーが答える。


 その時。


 ドサッ。


 音がした。


「クラブ?」


 大盾が。


 地面へ落ちた。


 クラブの身体が。


 ゆっくりと傾く。


「クラブ!」


 王が抱き止める。


「おい!」


「クラブ!」


 返事はない。


 スペードが駆け寄る。


「クラブ!」


 ジョーカーも。


 その傍らに膝をついた。


「…………」


 誰も。


 勝ったとは言わなかった。


 敵は。


 まだ千近くいる。


 王弟も。


 ガレスも。


 健在。


 王国軍は。


 何一つ取り戻してはいない。


 それでも。


 たった一つ。


 奪われなかったものがある。


 王の命。


 百の兵と。


 三人の男が。


 千の軍から。


 王を盗み出した。

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