34話「英雄の景色」
それからしばらく。
ガレスは王弟の領地で療養を続けた。
傷は深かった。
立てるようになるまでにも時間がかかった。
歩けるようになり。
剣を握れるようになり。
そしてある日。
屋敷の外から。
「うおおおおお!」
妙な声が聞こえた。
ガレスが窓から外を見る。
広場に。
大勢の若者が集まっていた。
農民。
職人。
商人の息子。
元兵士。
服装すらバラバラ。
剣を持つ者。
槍を持つ者。
木の棒しか持っていない者までいる。
「……何してやがる」
「訓練だ」
後ろから声がした。
王弟だった。
「あれが?」
「ああ」
「遊んでるようにしか見えねえぞ」
「⋯だろうな」
ガレスは広場を見る。
一人の青年が剣を振る。
腰が引けている。
別の男は。
槍を持つ手が逆だった。
「…………」
「ひでえな」
「だろ?」
「誰が教えてんだ」
「今のところ、俺だ」
「お前、教える才能ねえぞ」
「自覚している」
王弟が笑う。
「だから、お前に頼もうと思っていた」
「断る」
ガレスは背を向ける。
「俺はお前の部下になった覚えはねえ」
「ああ」
「大将軍になるとも言ってねえ」
「分かっている」
「なら自分でやれ」
「そうするよ」
王弟はあっさり答えた。
◇
「違う!」
しばらくして。
広場に王弟の声が響いた。
「もっと踏み込め!」
「踏み込むって、どれくらいですか!」
「だいたい1m先で――」
「殿下!」
「今度は何だ!」
「俺、右と左がよく分かりません!」
「…………」
少し離れた場所で。
ガレスがその様子を眺めていた。
「何してんだ、あいつら……」
王弟は一枚の紙を渡す
「コツをノートに書いたから読んでおけ」
「読めません」
「…………」
「字、習ってないんで」
別の青年が笑う。
「俺も!」
「俺は自分の名前だけなら読めるぞ!」
「すげえ!」
「…………」
ガレスは黙って見ていた。
王国軍とは違う。
軍に入れば。
最低限の教育を受ける。
命令を理解するための言葉や文字も覚える。
だが。
ここにいる者たちは違う。
本当に。
どこにでもいる若者たちだった。
「だから言っただろ」
いつの間にか王弟が隣にいた。
「素人だ」
「……こんなん戦場に出したら一日で死ぬぞ」
「ああ」
「分かってんのか」
「だから鍛えている」
ガレスが若者たちを見る。
「…………」
一人が剣を振る。
「うおおお!」
「違う!」
ガレスが叫んだ。
全員が振り向く。
「……何ですか?」
「そうじゃねえ!」
ガレスが歩いていく。
青年から木剣を奪った。
「剣ってのはな」
構える。
「スーッと来て」
「……スーッ?」
「グーッと構えて」
「グーッ?」
「ここでガッと踏み込む!」
踏み込む。
「そんで――」
木剣を振り抜く。
「バァーッといって、ガーンだ!」
「…………」
若者たちが黙る。
王弟も黙る。
「……分かったか!」
「なるほど!」
「分かるのか!?」
王弟が思わず叫んだ。
「めちゃくちゃ分かりやすいです!」
「スーッとしてグーッですね!」
「違ぇ! その後ガッだ!」
「あ、ガッ!」
「それからバァーッ!」
「最後ガーン!」
「そうだ!」
「おおおお!」
ガレスが笑う。
「分かってんじゃねえか!」
王弟は。
信じられないものを見るような顔をしていた。
王国軍では。
『何を言ってるんですか』
『普通に教えてください』
何度そう言われたか分からない。
だが。
ここでは。
「ガレスさん!」
「あ?」
「槍はどうすればいいですか!」
「槍ぁ?」
ガレスが槍を受け取る。
「槍はな――」
王弟は。
少し離れたところから、その光景を眺めていた。
◇
それから。
ガレスは毎日のように広場へ顔を出すようになった。
「違ぇ!」
「ガッだ!」
「それはグーッが足りねえ!」
「バァーッて行け!」
「はい!」
不思議なことに。
若者たちは。
それで覚えた。
難しい兵法は知らない。
文字すら満足に読めない者もいる。
だが。
身体で覚えるのは早かった。
何より。
必死だった。
自分たちも。
国を守れる人間になりたい。
その思いだけは。
王国の兵士にも負けていなかった。
ガレスも。
いつしか本気になっていた。
◇
そんなある日。
鐘が鳴った。
激しく。
何度も。
「盗賊だ!」
領民が叫びながら走ってくる。
「盗賊団が来た!」
王弟が立ち上がる。
「数は?」
「百を超えています!」
「百……」
この辺りでは名の知れた盗賊団だった。
村を襲い。
食糧を奪い。
逆らう者を殺す。
王弟が剣を取る。
「行くぞ」
「待て」
ガレスだった。
「俺も行く」
「身体は?」
「誰に言ってんだ」
ガレスが大剣を担ぐ。
「半年寝たんだ。十分だろ」
「そういう問題か?」
「それに」
ガレスは広場を見る。
若者たちがいた。
震えている者もいる。
それでも。
誰一人。
逃げてはいない。
「ちょうどいい」
ガレスが笑った。
「実戦だ」
◇
盗賊団が村へ入る。
だが。
待っていたのは。
怯える領民ではなかった。
「行くぞ!」
王弟が剣を抜く。
「おおおおお!」
若者たちが続く。
王弟が先頭を駆ける。
一人を斬る。
二人目。
三人目。
「左から来るぞ!」
ガレスの声。
「グーッと構えろ!」
「はい!」
「ガッと踏み込め!」
「はい!」
「今だ!」
「バァーッ!」
「ガーンだ!!」
「ガーン!!」
盗賊が吹き飛んだ。
「よし!」
「やった!」
「喜んでんじゃねえ!」
ガレスが怒鳴る。
「次来てんぞ!」
「はい!」
戦いは続いた。
王弟が前を切り開く。
ガレスが戦場を支える。
そして。
その後ろを。
若者たちが必死についていく。
誰も。
王国軍の兵士ではない。
それでも。
自分たちの家族を。
自分たちの土地を。
守るために戦った。
やがて。
「退け!」
盗賊の頭目が叫んだ。
「撤退だ!」
盗賊たちが逃げていく。
誰かが追おうとする。
「追うな!」
ガレスが止めた。
「村を守りゃ、それでいい!」
静寂。
そして。
「…………」
一人の青年が。
剣を持ったまま呟いた。
「勝った……?」
ガレスが笑う。
「ああ」
一拍。
「お前らの勝ちだ」
「…………」
「うおおおおおおお!!」
歓声が爆発した。
◇
領民たちが集まってくる。
「殿下!」
「ありがとうございます!」
「ガレスさん!」
「助かった!」
「俺たちの村を守ってくれた!」
歓声。
拍手。
泣きながら頭を下げる者。
王弟は。
その中心に立っていた。
「…………」
初めてだった。
王族だからではない。
父の息子だからでも。
王の弟だからでもない。
自分が戦い。
自分が守ったことで。
人々が。
自分の名を呼んでいる。
「殿下!」
「殿下!」
「殿下!」
胸の奥が。
熱くなる。
少年の頃。
歴史書で読んだ。
英雄たち。
彼らも。
こんな景色を見たのだろうか。
ガレスもまた。
若者たちに囲まれていた。
「ガレスさん!」
「俺、ガーンできました!」
「俺も!」
「うるせえ!」
「次も教えてください!」
「勝手にしろ!」
そう言いながら。
ガレスは笑っていた。
兵たちから慕われる。
皆が自分を頼る。
自分の教えた者たちが。
戦って。
勝った。
「…………」
悪くない。
そう思った。
その時。
王弟が一歩前へ出た。
領民たちが静かになる。
「今日」
王弟は人々を見る。
「俺たちは、自分たちの力でこの土地を守った」
若者たちを見る。
「ここにいる者の多くは、少し前まで兵士ですらなかった」
「それでも戦った」
「なぜか」
一拍。
「守りたいものがあったからだ」
誰も声を出さない。
「俺は」
王弟が続ける。
「こんな国を作りたい」
「誰かに守ってもらう国ではない」
「誰かに平和を願う国でもない」
「自分たちの手で」
「自分たちの家族を」
「自分たちの土地を」
「自分たちの国を守れる」
「強い国を」
領民たちの目が王弟へ集まる。
「誰にも奪われない」
「誰にも脅されない」
「誰にも屈しない」
王弟は拳を握った。
「そんな新しい国を――」
声を上げる。
「俺たちの手で作ろう!」
一瞬の静寂。
そして。
「うおおおおおおお!!」
歓声が上がった。
「殿下!」
「俺もついていく!」
「俺もだ!」
「新しい国を!」
「強い国を!」
声が。
どんどん大きくなる。
王弟は。
その中心にいた。
人々が自分を見る。
自分の言葉に熱狂する。
自分について来ると言う。
「…………」
胸が高鳴っていた。
国を守りたい。
その思いに。
嘘はない。
だが。
それとは別の何かが。
王弟の中に生まれていた。
――誰もが自分の名を呼ぶ。
誰もが自分を求める。
誰もが。
自分を英雄のように見ている。
王弟は。
その歓声の中で。
笑っていた。
少し離れた場所では。
ガレスもまた。
若者たちに囲まれていた。
「将軍!」
「まだ将軍じゃねえ!」
「じゃあ大将軍!」
「気が早え!」
笑い声が起きる。
ガレスも笑った。
王弟とガレス。
二人はこの日知った。
英雄と呼ばれる快感を。
人を率いる快感を。
勝利する快感を。
そして。
その先にあるものを。




