24話「再会」
「……馬鹿な」
「スペード様?」
「あいつは……」
握った拳が震えていた。
「死んだはずだ」
黒い鎧。
大剣。
左頬の傷。
そして――銀の狼。
見間違えるはずがない。
「…………ガレス」
スペードの口から、その名が零れた。
死んだ。
そう思っていた。
何日も探した。
崖の下まで兵を送り。
川下まで捜索させ。
それでも見つからなかった。
生きているはずがない。
その男が。
今。
目の前に立っている。
「…………」
よかった。
そう思う気持ちは確かにあった。
だが。
それ以上に。
なぜ。
どうやって。
なぜ今ここにいる。
なぜ武装した兵を率いている。
疑問が次々と浮かび。
スペードは言葉を失っていた。
やがて。
ガレスがこちらへ歩いてきた。
「よお」
昔と変わらない声。
昔と変わらない笑顔。
――そう見えた。
「久しぶりだな」
「…………」
「スペード」
スペードは答えられなかった。
ただガレスを見ている。
「なんだよ」
ガレスが笑う。
「そんなに驚くことか?」
「……ガレス」
「おう」
「本当に……」
スペードが呟く。
「生きていたのか」
ガレスの眉が僅かに動いた。
「…………」
「どうやって……」
その言葉に。
ガレスの笑みが少しだけ深くなった。
「どうやって?」
「あの崖から落ちたと聞いた」
「ああ」
「三日間探した。それでも――」
「へえ」
ガレスが遮った。
「探した?」
「……何?」
「俺を?」
「ああ」
「お前が?」
「そうだ」
「…………」
ガレスは数秒黙った。
そして。
「ははっ」
笑った。
「ハハハハハ!」
森に大きな笑い声が響く。
昔と同じ。
暑苦しいほどの大声。
なのに。
スペードには分かった。
これは――
昔のガレスの笑い方ではない。
「……何がおかしい」
「いや!」
ガレスが目元を拭う。
「相変わらずだと思ってな!」
「何がだ」
ガレスが大剣を肩に担ぐ。
「昔から嘘が下手だったよな、お前!」
「……何を言っている」
「分かんねえか?」
「分からん」
「ならいい!」
ガレスは笑っている。
だが。
大剣を握る手には、血管が浮いていた。
――探した?
三日間?
よく言う。
ガレスの頭に。
あの日の声が蘇る。
『援軍など、最初から送られていない』
『スペードにとって、お前ほど邪魔な男はいない』
そして。
先ほどのスペードの言葉。
『生きていたのか』
ガレスには。
それが、こう聞こえていた。
――死んだはずなのに。
なぜ生きている。
「……そうか」
ガレスが小さく呟く。
「何だ」
「いや」
ガレスは歯を見せた。
「殺し損ねた相手が目の前に立ってりゃ――」
大剣を地面へ下ろす。
ズンッ。
「そりゃ驚くよな」
スペードの目が見開かれた。
「…………何?」
「安心しろよ、スペード」
ガレスが大剣を構える。
「今度は――」
笑顔が消えた。
「俺が殺す側だ」
地面が弾けた。
次の瞬間。
大剣がスペードへ振り下ろされる。
剣を抜く。
受ける。
ガァン!!
「ぐっ……!」
衝撃でスペードの足が地面へ沈む。
「ガレス! 何の話をしている!」
「とぼけんな!」
二撃目。
「お前が!」
三撃目。
「俺を!」
四撃目。
「殺そうとしたんだろうが!!」
スペードの顔が変わった。
「……何?」
「その面やめろ!」
ガレスが吠える。
「何も知らねえみたいな顔すんじゃねえ!!」
大剣が横薙ぎに振られる。
スペードが剣で受ける
だが。
力が違う。
身体ごと弾き飛ばされた。
「ぐっ……!」
背中から木の幹へ叩きつけられる。
鈍い音。
スペードの身体が地面へ落ちた。
「スペード様!」
ジョーカーが駆け寄る。
「……来るな」
スペードが剣を地面について立ち上がろうとする。
だが。
「ぐ……」
膝が落ちた。
うまく息ができない。
肋骨をやられたか。
「元気そうで何よりです」
「黙れ……」
ガレスは二人を見ていた。
「…………」
倒れたスペード。
その顔を見て。
ガレスは大剣を肩に担いだ。
「……拍子抜けだな」
「ガレス……」
「王国の大将軍様がこの程度かよ」
ガレスが背を向ける。
「今日はお前と遊びに来たんじゃねえ」
「……何?」
ガレスが片手を上げた。
「行くぞ!」
その声で。
後方にいた武装兵たちが一斉に動き始める。
「おお!!」
百を超える兵が、森を駆けていく。
スペードが顔を上げた。
「……どこへ行く」
ガレスは答えない。
「ガレス!」
スペードが叫ぶ。
「どこへ行く!!」
ガレスが足を止めた。
振り返らない。
「決まってんだろ」
大剣を担いだまま。
顎で前方を示す。
「この先だよ」
「…………」
スペードの表情が変わった。
この先。
森を抜けた先にあるものは――
「……砦」
ジョーカーが呟いた。
ガレスが笑った。
「じゃあな、⋯クズ野郎」
ガレスは吐き捨てて兵たちとともに森の奥へ消えていった。
◇
「……くそっ」
スペードが再び立とうとする。
「スペード様」
「離せ」
「立てておりませんよ」
「立てる!」
ジョーカーが手を貸す。
今度はどうにか立ち上がった。
「……ガレスの奴」
スペードは森の奥を見る。
「なぜ砦へ……」
「さて」
ジョーカーも同じ方向を見る。
「観光という人数ではありませんねえ」
「…………」
「武装した兵を百人以上連れて、両国の会談が行われている砦へ向かう」
ジョーカーが指を折る。
「そして砦には――」
「陛下」
スペードの目が見開かれた。
ジョーカーの笑みが消えた。
「陛下……!」
スペードが歩き出す。
だが、一歩目で身体が揺れた。
「ぐっ……」
「走れますか?」
「走る」
「できるかどうかを聞いております」
「走ると言っている!」
「……結構」
ジョーカーがスペードの腕を肩に回す。
「何をしている」
「大将軍様が途中で倒れられては困りますので」
「一人で歩ける」
「先ほど立つことすらできなかった方が?」
「…………」
「こういう時くらい、素直になられてはいかがです?」
「急ぐぞ」
「はいはい」
二人は砦へ向かう。
その途中。
スペードが呟いた。
「……ガレスは」
「はい?」
「俺が、あいつを殺そうとしたと言った」
「ええ」
「何の話だ……」
ジョーカーは少しだけ黙った。
「スペード様」
「なんだ」
「死人が突然蘇り、身に覚えのない恨みを語り、武装兵まで引き連れて現れた」
「…………」
「偶然にしては――」
ジョーカーは森の奥を見る。
「少々、出来すぎておりますねえ」
スペードも黙る。
「今は考えるな」
「ええ」
「まず陛下だ」
「同感です」
遠くに。
砦の旗が見えた。
そして、その方向へ向かう――
銀の狼。
「急ぐぞ!」
「ええ」
死んだはずの男との再会。
その意味を考える暇すらなく。
二人は王のもとへ走った。




