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王の愚者  作者: クロワ
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23/105

23話「届かなかった援軍」

「敵軍、前方に約三千!」


「右翼、左翼ともに展開を開始!」


「こちらの配置は完了しています!」


 次々と報告が飛び交う。


 丘の上。


 スペードは馬上から戦場を見渡していた。


 王国軍、およそ二千五百。


 数では僅かに劣る。


 だが。


「慌てるな」


 スペードの声は、いつもと変わらない。


「敵中央は動かない。こちらから仕掛ける必要はない」


「はっ!」


「右翼は現在位置を維持。弓兵は――」


「スペードォォォ!」


 遠くから声がした。


 スペードが目を閉じる。


「…………」


 副官が苦笑した。


「来ましたね」


 馬を飛ばしてやって来たのは、もちろんガレスだった。


「大将軍殿!」


「戦場で叫ぶな」


「いいもの見つけたぞ!」


 ガレスが敵陣を指差した。


「左翼!」


「見えている」


「薄い!」


「それも見えている」


「俺が行く!」


「待て」


「行ってくる!」


「おい!」


 だが。


 ガレスはすでに馬を反転させていた。


「お前ら!」


「おお!」


「敵の左を食い破るぞ!」


「おおおおお!」


 兵士たちが続いていく。


 スペードが額を押さえた。


「……あの馬鹿」


 副官が尋ねる。


「止めますか?」


「もう遅い」


 スペードは敵陣を見る。


「それに――」


 僅かに目を細める。


「悪い手ではない」


「では?」


「ガレスが敵左翼を引きつける」


 スペードが地図を開く。


「第三隊を後方に回せ」


「ガレス隊の援護ですか?」


「ああ」


 副官が少し笑った。


「いつも通りですね」


「……そうだな」


 ガレスが突っ込む。


 スペードが怒る。


 そして援軍を送る。


 何度繰り返したか分からない。


 それで勝ってきた。


 今回も。


 そうなるはずだった。


     ◇


「行けえええええ!」


 ガレスの大剣が敵兵の盾を弾き飛ばした。


「隊長! 出すぎです!」


「まだ行ける!」


「大将軍に待てって言われてましたよね!?」


「聞こえなかった!」


「あんな大声だったのに!?」


「戦場はうるせえからな!」


「都合のいい耳してますね!」


 ガレスは笑った。


「いいから進め!」


 ガレス隊が敵左翼へ食い込んでいく。


 一人。


 また一人。


 敵兵が倒れる。


 やがて敵左翼が崩れ始めた。


「隊長!」


「なんだ!」


「敵が退いています!」


「見りゃ分かる!」


「追いますか!?」


「当たり前だ!」


「でも大将軍が――」


「心配すんな!」


 ガレスは後方を振り返る。


 遠く。


 丘の上に王国軍の旗が見えた。


「あいつなら、もう援軍を出してる!」


 ガレスは後方を振り返る。


     ◇


「ガレス隊、敵左翼を突破!」


 報告を聞いたスペードの眉が動いた。


「早い」


「さすがガレス将校ですね」


「違う」


 スペードは戦場を見る。


 敵が。


 あまりにも綺麗に退いている。


「……退き方がおかしい」


「え?」


「敗走ではない」


 スペードが立ち上がる。


「誘われている」


 その瞬間。


「大将軍!」


 別の伝令が駆け込んできた。


「第三隊が敵襲を受けています!」


「どこだ!」


「森です! ガレス隊への進路上!」


 スペードの表情が変わった。


「敵の数は!」


「不明! 森の中から突然!」


「……伏兵か」


 副官が息を呑む。


 スペードはすぐに地図を見る。


 ガレス隊。


 第三隊。


 森。


 敵左翼。


 そして――


 敵本隊。


「最初から……」


「大将軍?」


「狙われていた」


 スペードが呟く。


「ガレスの突出も」


「我々が援軍を送ることも」


 拳を握る。


「全部読まれている」


     ◇


「隊長!」


 ガレス隊の背後。


 森から兵士たちが現れた。


「後方に敵!」


「数は!?」


「分かりません!」


「援軍は!?」


「見えません!」


 ガレスが周囲を見る。


 前方。


 先ほど退却したはずの敵軍が止まっている。


 左右からも敵兵。


 そして後方。


「……なるほど」


 ガレスが笑った。


「嵌められたか」


「隊長!」


「慌てんな!」


「でも!」


「援軍が来るまで耐えるぞ!」


 一人の兵士が不安そうに後方を見る。


「……来るんですか?」


「あ?」


「これ、最初から俺たちを孤立させる罠なんじゃ……」


「だから何だ」


「援軍も止められているかもしれません」


 ガレスは迷わなかった。


「来る」


「でも――」


「スペードだぞ?」


 ガレスは笑った。


「あのクソ真面目が、俺たちを置いて帰れるわけねえだろ」


 大剣を構える。


「それまで死ぬな!」


「はい!」


「一人でも多く道連れにしろ!」


「それ死ぬ前提じゃないですか!」


「じゃあ二人でも三人でも道連れにして生きろ!」


「無茶苦茶だ!」


「いつものことだ!」


 ガレスが敵へ突っ込んだ。


     ◇


「第二隊を回せ!」


「できません!」


「なぜだ!」


「敵中央が動きました! 本陣へ向かっています!」


 スペードが歯を食いしばる。


「第四隊は!」


「右翼の防衛で動かせません!」


「…………」


 完全に読まれている。


 ガレスを助けようと兵を動かせば。


 その分だけ、別の場所が崩れる。


「大将軍」


 副官が静かに言った。


「……ガレス隊は」


「言うな」


「しかし」


「言うな」


 副官は黙った。


 スペードが剣を取る。


「騎兵を二十騎」


「……何を?」


「俺が行く」


「大将軍!?」


「兵団は動かせない」


「だからといって総大将自ら!」


「なら他に方法があるのか!」


 副官が言葉を失う。


「…………」


「ないのだろう」


 スペードは馬に乗った。


「全軍の指揮を一時預ける」


「お待ちください!」


「命令だ」


「しかし!」


 スペードが副官を見る。


「俺は――」


 一瞬だけ言葉を止める。


「多くの兵を死なせないために、大将軍になったのだ」


 馬を走らせた。


     ◇


「どけ!」


 スペードの剣が敵兵を薙ぐ。


 森。


 ガレス隊へ続く唯一の道。


 そこを伏兵が塞いでいた。


「大将軍! 敵が多すぎます!」


「突破しろ!」


「しかし!」


「突破しろ!!」


 スペードが先頭を走る。


 敵兵を斬る。


 また一人。


 さらに一人。


 それでも。


 時間だけが過ぎていく。


「……ガレス」


     ◇


「隊長!」


「おう!」


「残り二十人です!」


「まだ二十人もいるのか!」


「最初百人以上いましたけどね!」


「細けえこと気にすんな!」


「細かくないですよ!」


 ガレスの鎧は血に染まっていた。


 自分の血か。


 敵の血か。


 もう分からない。


「隊長……」


「なんだ!」


「援軍……まだです」


「…………」


 初めて。


 ガレスが答えなかった。


 遠くを見る。


 王国軍の旗は見えない。


「……遅えな」


 小さく笑った。


「スペードの野郎」


「隊長」


「帰ったら説教だ」


「それ大将軍の台詞じゃないですか?」


「今日は俺がする!」


 大剣を構える。


「もう少しだ!」


「何がです?」


「知らん!」


「でもあいつは来る!」


 ガレスが叫ぶ。


「だから――」


 敵兵へ向かって走り出す。


「死ぬんじゃねえぞ!」


     ◇


 スペードが森を抜けた時。


 一人の兵士が倒れ込むように現れた。


 王国軍。


 ガレス隊の兵だった。


「大将軍……」


 スペードが馬から降りる。


「ガレスは!」


「…………」


「ガレスはどこだ!」


 兵士の目から涙が落ちた。


「隊長は……最後まで戦って……」


「それで!」


「敵に追われて……崖へ」


 スペードの顔が強張る。


「崖?」


「足場が崩れて……」


「…………」


「落ちました」


 時間が止まった。


「……高さは」


「…………」


「どれくらいだ」


 兵士は答えなかった。


 その沈黙だけで。


 十分だった。


「案内しろ」


「今すぐだ!」


     ◇


「ガレス!」


 崖の縁。


 スペードの声が響いた。


「ガレス!!」


 返事はない。


 遥か下。


 霧に覆われ、底すら見えない。


「捜索隊を出せ」


「大将軍、まだ敵軍が――」


「出せ」


「ですが!」


「今すぐ出せ!!」


 兵士たちが息を呑んだ。


 普段。


 どれだけ不利な戦況でも。


 どれだけ多くの死者が出ても。


 冷静さを失わなかった男が。


 初めて。


 声を震わせていた。


     ◇


 捜索は三日続いた。


 見つかったのは。


 折れた大剣。


 砕けた鎧。


 そして。


 銀の狼が描かれた、破れた旗。


 ガレスの遺体だけは――


 見つからなかった。


「大将軍」


 兵士が静かに言った。


「この高さです」


「…………」


「恐らく、生存は……」


「分かっている」


 スペードは破れた旗を握った。


「……下がれ」


「はっ」


 一人になる。


「…………」


 銀の狼。


 スペードは目を閉じた。


『俺がお前から、大将軍の座を奪い返す!』


「……馬鹿が」


 旗を強く握る。


「奪うんじゃなかったのか」


 返事はない。


     ◇


 ――だが。


 崖の遥か下。


「……っ」


 指が動いた。


 岩場に。


 一人の男が倒れていた。


 ガレス。


 鎧は砕け。


 身体中から血を流している。


 片腕は動かない。


 息をするだけで激痛が走る。


「…………」


 それでも。


 生きていた。


「……スペード……」


 掠れた声。


「遅え……ぞ……」


 少し笑う。


「あの……野郎……」


 きっと来る。


 何度だって、そうだった。


 自分が無茶をする。


 スペードが怒る。


 最後には。


 必ず援軍が来た。


「……早く……来いよ……」


 その時。


 足音が聞こえた。


 ガレスが薄く目を開ける。


 誰かが立っている。


「……スペード……?」


「残念だが」


 男の声だった。


「違う」


 ガレスの目が僅かに開く。


「……誰だ」


 男は答えない。


「待っているのか?」


「……何を」


「援軍を」


 ガレスは笑った。


「……来る」


「…………」


「あいつは……来る……」


「そうか」


 男がしゃがみ込む。


「ならば、一つ教えてやろう」


「……何を」


「なぜ今回だけ、援軍が来なかったのか」


 ガレスの目が動く。


「……伏兵に……」


「違う」


 男は即答した。


「援軍など――」


 一拍。


「最初から送られていない」


「…………」


 ガレスの笑みが消えた。


「……何?」


「スペードは、お前を助けるつもりなどなかった」


「……ふざけんな」


「考えてみろ」


 男は静かに続ける。


「王国の双璧」


「…………」


「大将軍の座を最後まで争った二人」


 ガレスの拳が僅かに動く。


「お前は公言していたそうだな」


『大将軍の座を奪い返す』


「……それが何だ」


「スペードにとって――」


 男が笑う。


「随分と邪魔な存在だっただろうな」


「…………」


「敵陣へ突出するお前」


「救援を求める部隊」


「そして――援軍を送らない大将軍」


「黙れ……」


「これほど自然にライバルを消せる機会もない」


「黙れ!」


 ガレスが身体を起こそうとする。


「ぐっ……!」


 激痛に倒れる。


「スペードが……そんなことするわけ……」


「なら待てばいい」


 男は立ち上がった。


「…………」


「お前の言う通り、あの男がお前を助けに来るというのなら」


 背を向ける。


「ここで待っていればいい」


 ガレスは崖の上を見る。


「来れば――」


 男が言った。


「私の嘘だ」


 一歩。


 男が離れていく。


「来なければ――」


 足を止める。


「お前が信じた男の、嘘だ」


 ガレスは答えなかった。


 ただ。


 崖の上を見続けた。


「…………スペード」


 返事はない。


 ガレスは知らない。


 その頃。


 スペードが三日間。


 自分を探し続けていたことを。


 そしてスペードも知らない。


 崖の下で。


 親友が――


 自分を待ち続けていたことを

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