21話 「双璧」
まだ、二人が何者でもなかった頃。
「うおおおおおおおおお!!」
訓練場に、朝から暑苦しい声が響いていた。
「もう一本だ、スペード!」
「断る」
「なぜだ!」
「訓練は終わった」
「俺たちの訓練は終わってない!」
「教官が終わりだと言った」
木剣を肩に担いだ青年――ガレスが、歯を見せて笑った。
「いいから構えろ!」
「嫌だ」
「逃げるのか!」
「安い挑発だな」
「怖いんだろ!」
「十二戦六勝六敗だ」
「だから決着ついてねえだろ!」
「明日にしろ」
「明日に逃げるな!」
「逃げていない!」
「引き分けが一番気持ち悪いんだよ!」
周囲の訓練生たちは、すでに着替え始めていた。
「またやってるよ……」
「放っとけ」
「今日何回目だ?」
「さあ」
誰も止めない。
止めても無駄だと知っているからだ。
「スペード!」
「なんだ」
「十三本目だ!」
「断る」
「勝った方が今日の夕飯を奢る!」
「断る」
「ケチ!」
「黙れ」
ガレスは少し考えた。
「分かった!」
「何がだ」
「俺が勝ったら、お前が奢る!」
「同じだ」
「お前が勝ったら――」
ガレスが胸を叩く。
「将来、俺がお前の部下になってやる!」
「いらん」
「最高の条件だろ!」
「どこがだ」
「よし決まり!」
「決まってない」
ガレスが斬りかかった。
スペードが木剣で受ける。
乾いた音が響いた。
「勝手に始めるな!」
「戦場で敵が開始の合図を待ってくれるか!」
「ここは訓練場だ!」
「常在戦場だ!」
「便利な言葉を覚えたな!」
再び木剣がぶつかる。
速い。
先ほどまで十二戦していたとは思えない。
ガレスが力任せに押し込む。
「おおおおおお!」
「うるさい!」
「声も武器だ!」
「味方の集中まで削いでいる!」
「細かいこと気にすんな!」
スペードが受け流す。
ガレスの体勢が崩れた。
「もらった」
スペードの木剣が首元へ迫る。
だが。
「甘い!」
ガレスが強引に身体を捻った。
同時に木剣を振る。
二本の木剣が――
互いの首元で止まった。
「…………」
「…………」
また。
引き分け。
「もう一本だ!」
「断る!」
◇
そんな二人は、訓練生の頃から有名だった。
成績一位、スペード。
剣術一位、ガレス。
座学ではスペード。
体力ではガレス。
戦術ではスペード。
実戦形式ではガレス。
どちらかが一位を取れば。
必ずもう一人が、そのすぐ下にいた。
もっとも。
本人たちの受け止め方は、まるで違った。
「スペードォォォ!」
廊下の向こうから声が響く。
スペードが足を止めた。
「……今度はなんだ」
「聞いたぞ!」
ガレスが走ってくる。
「戦術試験! またお前が一位だったらしいな!」
「ああ」
「俺は下から一位だ!」
「勉強しろ」
「戦場で紙に答えを書いて敵が死ぬのか!?」
「お前はまず問題文を読め」
「読んだ!」
「最後まで」
「途中までは読んだ!」
「だから最下位なんだ」
「くそおおおお!」
ガレスが頭を抱える。
そして突然、スペードの肩を掴んだ。
「教えろ!」
「断る」
「なぜだ!」
「暑苦しい」
「関係ないだろ!」
「近い」
「俺が大将軍になるために必要なんだ!」
「なら自分で勉強しろ」
「お前も大将軍を目指してるんだろ!?」
「ああ」
「なら好都合だ!」
ガレスが笑う。
「二人で目指そうぜ!」
「一人しかなれないぞ」
「知ってる!」
「ならなぜ二人で目指す」
「最後に俺がお前を倒せばいい!」
「……お前に勉強を教える理由がますますなくなった」
「細けえな!」
「細かくない」
ガレスは豪快に笑った。
「絶対に負けねえからな、スペード!」
「その台詞は前にも聞いた」
「次は勝つ!」
「それも聞いた」
「次の次は絶対勝つ!」
「もう負ける前提になっているぞ」
「うるせえ!」
性格は正反対。
考え方も違う。
だが。
互いの実力だけは、誰よりも認めていた。
◇
やがて二人は訓練所を卒業した。
同じ王国軍へ入り。
同じように戦場へ出た。
そして――
二人とも、恐ろしいほど出世が早かった。
◇
「敵軍、正面に約五百!」
兵士が叫ぶ。
「こちらは?」
「二百八十です!」
若き将校となったスペードは、丘の上から戦場を見ていた。
「退路は」
「南側に一本!」
「敵騎兵が回り込んでいます!」
「三十分もすれば塞がれます!」
スペードは地図を見る。
「……ガレス隊は」
兵士が気まずそうに答えた。
「敵中央へ突撃しました」
スペードが顔を上げる。
「誰が命令した」
「ガレス隊長が」
「…………」
遠く。
「うおおおおおおおおお!!」
聞き覚えのある声がした。
「……あの馬鹿」
◇
「突っ込めえええええ!」
「隊長! 敵が多すぎます!」
「だからいいんだろうが!」
「何がですか!」
「全員倒せば大戦果だ!」
「算数できます!?」
「苦手だ!」
「知ってますよ!」
ガレスが敵兵の盾ごと吹き飛ばす。
「いいかお前ら!」
振り返る。
「敵は五百!」
「はい!」
「俺たちは百!」
「はい!」
「つまり一人五人倒せば勝ちだ!」
「無茶です!」
「俺が二十人倒す!」
「じゃあ俺たちは!?」
「ちょっと楽になる!」
「ちょっとですか!?」
「行くぞ!」
「隊長ぉぉぉ!」
文句を言いながら。
部下たちは、笑ってついていった。
ガレスが先頭にいる。
それだけで。
なぜか勝てる気がした。
◇
一方。
敵陣では混乱が起きていた。
「敵将が中央へ!」
「誰だ!」
「ガレスです!」
指揮官の顔色が変わる。
「ガレス……?」
「王国軍のガレスです!」
「中央を固めろ! 奴を包囲しろ!」
「はっ!」
左右の部隊が中央へ動く。
それを。
丘の上からスペードが見ていた。
「……やはりな」
「何がです?」
「敵がガレスを包囲するため、左右を中央へ寄せた」
スペードが地図を指す。
「右翼が薄くなった」
「では――」
「そこを潰す」
スペードが剣を抜く。
「全隊、右翼へ」
「はっ!」
「ガレス隊が敵中央を引きつけている間に突破する」
副官が驚く。
「しかし、ガレス隊には何も伝えていません!」
「必要ない」
「え?」
スペードは馬を進める。
「あいつなら分かっている」
◇
「隊長!」
「なんだ!」
「完全に囲まれました!」
「見れば分かる!」
「どうするんです!」
「耐えろ!」
「いつまで!?」
「スペードが来るまでだ!」
「本当に来るんですか!?」
「来る!」
「根拠は!?」
「俺が信じてる!」
「精神論じゃないですか!」
「いいから戦え!」
ガレスは笑っていた。
敵兵が迫る。
一人。
二人。
三人。
倒しても倒しても、次が来る。
その時。
敵軍右翼から悲鳴が上がった。
敵の陣形が崩れる。
ガレスが振り返った。
王国の旗。
その先頭に――
スペード。
「遅えぞ!」
遠くからスペードが怒鳴る。
「勝手に突っ込むな!」
「来ると思ってた!」
「後で軍規違反として報告する!」
「勝ってからにしろ!」
「そのつもりだ!」
スペード隊が敵の右翼を破る。
ガレス隊が中央から押し返す。
挟撃。
数で勝っていた敵軍が、一気に崩れた。
◇
二人は勝ち続けた。
スペードが敵の策を読む。
ガレスが敵の策ごと叩き潰す。
スペードが退路を塞ぐ。
ガレスが正面を破る。
一人が戦場を組み立て。
一人が戦場を壊した。
やがて。
二人の名前は、国境を越えた。
◇
「……王国軍が来た」
敵陣。
一人の兵士が呟いた。
「数は?」
「こちらより少ない」
「なら問題ない」
「指揮官は……スペードだ」
空気が変わった。
「…………」
「スペード?」
「ああ」
「なら正面は避けろ。左翼から――」
「左翼にはガレスがいる」
沈黙。
「…………」
「右翼は?」
「スペード」
「…………」
一人の若い兵士が尋ねた。
「撤退してはいけないのでしょうか」
誰も笑わなかった。
敵軍にとって。
スペードがいる場所には、罠がある。
ガレスがいる場所には、ガレスがいる。
どちらが厄介かは――
誰にも分からなかった。
◇
戦が終わった夜。
「聞いたか、スペード!」
ガレスが酒瓶を片手にやって来た。
「何をだ」
「敵が俺たちのことを呼んでるらしいぞ!」
「興味ない」
「聞けよ!」
「うるさい」
ガレスはスペードの隣へ座る。
「王国の双璧だってよ!」
「そうか」
「格好いいだろ!」
「別に」
「お前、いつもしけた面してんな」
「お前は声も顔もうるさすぎる」
「よし!」
ガレスが酒瓶を掲げる。
「じゃあ俺が右の璧な!」
「……何?」
「お前は左!」
「なぜだ」
「右の方が強そうだから!」
「根拠は」
「なんとなく!」
「却下だ」
「興味ないんじゃなかったのか?」
「右が強いという前提を却下しただけだ」
「気にしてんじゃねえか!」
「していない」
「じゃあ俺が右!」
「勝手にしろ」
「右の方が強い!」
「……ガレス」
「なんだ?」
「明日の訓練、一本付き合え」
ガレスがニヤリと笑った。
「一本?」
「ああ」
「十二本の間違いだろ?」
「一本だ」
「よし! 朝までやるぞ!」
「話を聞け」
ガレスの笑い声が、野営地に響いた。
この頃。
二人はまだ知らなかった。
この後一人だけが、大将軍に選ばれることも。
その後の戦で――
双璧の片方が、失われることも。




