20話 「隣国との会談」
国境からほど近い砦。
王国と隣国。
二つの国の旗が、同じ風に揺れていた。
「随分と物々しいですねえ」
馬上から砦を眺め、ジョーカーが言った。
「話し合いというのは、もっと穏やかなものかと思っておりました」
「国境で両国の王族と軍人が顔を合わせるんだ。当然だ」
スペードが答える。
「なるほど。平和について話し合うために、これだけ兵士が必要なのですね」
「……お前は黙っていろ」
「おや?」
「面倒になる」
「まだ何も申しておりませんが」
「これから言うだろう」
「さすがスペード様。私への理解が深まっておりますねえ」
「嬉しくない」
ジョーカーは笑った。
少し前方では、王が馬を進めている。
その隣には王弟。
周囲をクラブ率いる近衛親衛隊が固めていた。
やがて一行は砦の前で止まった。
「陛下」
スペードが馬を降りる。
「私は周辺の警備に回ります」
「ああ」
「先日の襲撃についても、国境付近をもう一度調べます。隣国軍が妙な動きを見せれば、すぐにお知らせします」
「頼む」
クラブが続く。
「私は陛下のおそばに」
「好きにしろ」
「好きにします。」
王が苦笑した。
「頼んだ」
ジョーカーが馬から降りようとする。
「では私も――」
「お前は来るな」
「なぜです?」
「会談だぞ」
「存じております」
「だからだ」
「理由になっておりませんが」
「お前を連れていけば、話が余計にややこしくなる」
「陛下。私を何だと思っておられるのです?」
「道化」
「正解です」
「なら黙ってスペードについていけ」
スペードが露骨に嫌そうな顔をした。
「陛下」
「なんだ」
「私にも選ぶ権利が――」
「ない」
「……承知しました」
ジョーカーが嬉しそうにスペードの横へ並ぶ。
「よろしくお願いしますね、スペード様」
「来るな」
「陛下のご命令ですよ?」
「……面倒なものを押しつけられた」
「聞こえておりますよ」
◇
会談の席には、王と王弟。
その背後にクラブ。
向かいには、隣国の将軍と数名の側近が座っていた。
最初から、友好的な空気ではなかった。
「単刀直入に聞く」
王が言った。
「国境の村を襲ったのは、貴国の兵か?」
隣国の将軍の眉が動いた。
「……何?」
「十三人が殺された」
卓上に一本の剣が置かれる。
隣国軍の紋章。
「現場から見つかった」
続いて軍服の切れ端。
矢。
「生存者も、貴国の紋章を見たと証言している」
将軍はそれらを見つめていた。
やがて。
「ふざけるな」
低い声だった。
クラブの目つきが変わる。
「何?」
将軍が卓を叩いた。
側近たちが一斉に身構える。
クラブも王の前へ半歩出た。
「将軍殿」
声は穏やかだった。
「次に立ち上がる時は、少しゆっくりお願いできますか」
「……何?」
「私の剣の方が、あなたより気が短いので」
クラブの手は、すでに剣の柄に置かれていた。
「クラブ」
王が制する。
「失礼しました」
クラブは一歩戻る。
ただし、手は柄から離さなかった。
隣国の将軍が王を睨む。
「こちらこそ聞きたい」
「何をだ」
「なぜ貴国は、我が国の村を襲った?」
今度は王が黙った。
「……何?」
「知らぬとは言わせんぞ」
将軍が側近を見る。
卓上に一本の短剣が置かれた。
王国の紋章。
そして、焼け焦げた布。
「三日前だ」
将軍が言った。
「我が国の国境近くの村が武装集団に襲われた」
「…………」
「死者は九人」
「襲撃者は貴国側へ逃走。現場には貴国軍の武器まで残されていた」
「我が軍ではない」
王が即答した。
「ならば我々も同じだ!」
将軍が立ち上がる。
「我が軍は貴国の村など襲っていない!」
「では、この剣は何だ!」
「こちらが聞きたい!」
両者の声がぶつかる。
「兄上」
王弟が口を挟む。
「やはり、話し合いで解決できる相手では――」
「黙っていろ」
「しかし」
「今は余が話している」
王弟は口を閉じた。
王は再び将軍を見る。
「貴国はやっていないと言う」
「ああ」
「余も、我が軍には命じていない」
「ならば誰がやったというのだ!」
「それを確かめるために、余はここへ来た!」
部屋が静まり返った。
王と将軍が睨み合う。
同じような証拠。
同じような襲撃。
そして。
どちらも――否定している。
◇
その頃。
スペード率いる兵団は、砦から離れた国境付近を調べていた。
「この辺りか」
「はい」
兵士が答える。
「村を襲った一団のものと思われる蹄跡が、ここまで続いていました」
スペードはしゃがみ込み、地面を見る。
だが、その先。
足跡は途切れていた。
「……妙だな」
「はい?」
「十騎以上の馬が、突然消えるわけがない」
スペードが立ち上がる。
「周辺を調べろ。森の中もだ」
「はっ!」
兵士たちが散っていく。
「スペード様」
背後から声がした。
スペードの顔が露骨に曇った。
「……なぜいる」
「酷いですねえ」
ジョーカーが歩いてくる。
「陛下に追い出されました」
「知っている」
「でしたら、もう少し歓迎してくださっても」
「仕事の邪魔をしないならな」
「もちろんです」
ジョーカーは地面を見る。
「何か見つかりましたか?」
「蹄跡がここで消えている」
「馬が空でも飛んだのでしょうか」
「真面目に考えろ」
「では――」
ジョーカーが森を見る。
「隠したのでしょうね」
スペードも同じ方向を見る。
「おそらくな」
そのときだった。
「大将軍!」
一人の斥候が森の奥から駆けてくる。
息を切らしている。
「どうした」
「武装した集団を確認しました!」
スペードの表情が変わった。
「隣国軍か?」
「……違います」
「数は」
「確認できただけでも百以上。森の奥にさらにいる可能性があります」
「装備は?」
「統一されています。しかし、どちらの国の正規軍とも違います」
スペードが立ち上がる。
「どこへ向かっている」
「こちらです」
「こちら?」
「……砦の方角へ」
ジョーカーの笑みが僅かに薄くなった。
「それは困りましたねえ」
「旗は?」
スペードが尋ねる。
「掲げています」
「どこの旗だ」
「分かりません」
「分からない?」
「王国軍でも、隣国軍でもありません。見たことのない旗です」
「どんな旗だ」
斥候が答える。
「黒地に――銀の狼です」
その瞬間。
スペードの表情が変わった。
「……銀の狼?」
「はい」
ジョーカーが横を見る。
「ご存じなのですか?」
「…………」
スペードは答えない。
斥候が続けた。
「それと、先頭に将校らしき男が」
「特徴は」
「黒い鎧。大柄な男です」
「武器は?」
「大剣を」
スペードの顔から血の気が引いていく。
「顔は見たか」
「遠目ですが……左の頬に、大きな傷が」
「…………」
今度こそ、スペードが言葉を失った。
「スペード様?」
ジョーカーが尋ねる。
「…………」
初めてだった。
ジョーカーが見る限り。
王国軍を束ねる大将軍が、これほど動揺する姿は。
「お知り合いですか?」
スペードは答えなかった。
遠く。
森の向こうに、黒い旗が見えた。
その先頭。
馬に跨った一人の男。
距離は遠い。
顔までは、はっきり見えない。
だが。
スペードには分かった。
「……馬鹿な」
「スペード様?」
「あいつは……」
握った拳が震えていた。
「死んだはずだ」
ジョーカーから、笑みが消えた。
スペードは男を見つめる。
その名を――
まだ、口にはしなかった。




