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王の愚者  作者: クロワ
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19話 「親切な犯人」

翌朝。


 王都の門が開くと同時に、一団が国境へ向けて出発した。


 先頭を行くのは、スペード率いる王国軍。


 その中央に王と王弟。


 王の周囲を固めるのは、クラブ率いる近衛親衛隊。


 そして。


「いやあ、実にいい天気ですねえ」


 場違いなほど明るい声が響いた。


 ジョーカーだった。


「遠足なら最高だったのですが」


「遊びに行くのではないぞ」


 王が馬上から睨む。


「存じております」


「なら少し黙っていろ」


「緊張をほぐして差し上げようかと」


「お前が喋ると別の意味で疲れる」


「それは残念です」


 少し前を進んでいたクラブが振り返る。


「ジョーカー。陛下の邪魔すんなよ」


「クラブ様まで酷いですねえ」


「お前、昔から移動中ずっと喋ってるだろ」


「沈黙が苦手なのですよ」


「知ってる」


 クラブは笑って前を向いた。


 その様子を、王弟が横目で見る。


「随分と仲がいいのだな」


「腐れ縁というやつですよ」


 ジョーカーが答える。


「お前が言うな!」


 クラブの声が飛んできた。


     ◇


 王都を離れるにつれ、景色が変わっていった。


 人の数が減る。


 街道を行き交う商人もいない。


 国境へ近づくほど、閉ざされた家が目立つようになった。


 やがて。


 焦げた臭いが風に混じった。


 誰も喋らなくなった。


「……見えてきました」


 スペードが言った。


 丘を越える。


 その先に村があった。


 いや。


 村だった場所が。


 焼け落ちた家。


 黒く焦げた柱。


 踏み荒らされた畑。


 道端には、壊れた荷車が転がっている。


 王の顔から表情が消えた。


「陛下」


 クラブが馬を寄せる。


「まず我々が安全を確認します。しばらくこちらで――」


「いや」


 王は馬から降りた。


「陛下」


「余は安全な場所を見に来たのではない」


「しかし――」


「クラブ」


 王が見る。


「守ってくれるのだろう?」


 クラブはしばらく黙っていた。


「……そう言われると断れませんな」


 大きく息を吐く。


「近衛! 陛下の周囲を固めろ!」


「はっ!」


 スペードも馬から降りる。


「兵団は村の外周を確認! 国境方面へ斥候を出せ! 妙なものを見つけても触るな!」


 兵士たちが散っていく。


 王弟も馬を降りた。


「私も行こう」


「弟よ。お前は――」


「兄上だけ危険な場所を歩かせるわけにはいきません」


「……好きにしろ」


 最後にジョーカーが降りる。


「さて」


 焼けた村を見渡す。


「犯人の方が名乗り出てくだされば楽なのですが」


「いるわけないだろ」


 クラブが言った。


「残念です」


     ◇


 最初に話を聞いたのは、生き残った老人だった。


「夜でした……」


 老人の手は震えていた。


「突然、馬の音がして……」


 王は老人と同じ高さまで腰を落とす。


「ゆっくりでいい」


「兵士が……何人も……」


「顔は見たか?」


「いいえ。兜を……」


「何か覚えていることは?」


 老人は考える。


「鎧に……紋章が」


「紋章?」


「隣国の……」


 スペードが反応する。


「間違いないか?」


「はい……以前、国境で見たことがあります……」


 王は黙った。


「他には?」


「分かりません……火が……皆、逃げるので精一杯で……」


「十分だ」


 王は立ち上がった。


「話してくれて感謝する」


 老人が王の袖を掴んだ。


「陛下……」


「なんだ」


「仇を……」


 王は答えなかった。


 ただ、その手を握った。


     ◇


「スペード様!」


 兵士の声がした。


 一行が向かう。


 焼け落ちた家屋のそば。


 一人の兵士が地面を指していた。


「剣です」


 スペードが布越しに拾い上げる。


 柄に紋章が刻まれていた。


「隣国軍のものだ」


 王弟が言う。


「間違いないのか?」


 王が尋ねる。


「この意匠は、隣国の正規兵が使うものです」


 スペードが答える。


 ジョーカーが横から覗き込んだ。


「なるほど」


「何か気になるか?」


「いえいえ」


 ジョーカーは笑った。


「一つ目ですね」


「何がだ」


「証拠ですよ」


     ◇


 しばらくして。


「こちらにも!」


 別の兵士が声を上げた。


 今度は布だった。


 焼け焦げているが、軍服の一部だと分かる。


 そこにも。


 同じ紋章。


「二つ目」


 ジョーカーが呟く。


 王が横目で見る。


「数えているのか?」


「せっかくですから」


「何のために」


「暇潰しです」


「真面目にやれ」


「大真面目ですよ」


     ◇


 さらに。


 村外れで馬の蹄跡が見つかった。


 国境方面へ続いている。


「数は?」


「少なくとも十騎以上」


 兵士が答える。


「進行方向は隣国側です」


「三つ目」


 ジョーカーが指を立てた。


 クラブが眉をひそめる。


「……お前、何か引っかかってんのか?」


「いえ?」


「さっきから変だぞ」


「私はいつも変でしょう?」


「それはそうだが」


「納得されると傷つきますねえ」


 クラブは呆れた顔をした。


     ◇


 昼を過ぎた頃。


 今度は矢が見つかった。


 焼けた納屋の壁に突き刺さっている。


 スペードが確認する。


「これも隣国軍のものだ」


「四つ目」


 ジョーカーが言った。


 王弟が笑う。


「これだけ揃えば、さすがに疑いようもないのではないか?」


「そうですねえ」


 ジョーカーも笑う。


「剣」


 一本指を立てる。


「軍服」


 二本。


「蹄跡」


 三本。


「矢」


 四本。


「そして目撃者は、隣国の紋章をご覧になった」


 五本目。


「随分と揃いましたねえ」


「何が言いたい?」


 スペードが尋ねる。


「いえ。感心しているのですよ」


 ジョーカーは、最初に見つかった剣を手に取った。


「最近の悪人というのは、親切なのですねえ」


「親切?」


 王が眉をひそめる。


「ええ」


 柄に刻まれた紋章を指でなぞる。


「人を殺して、村を焼いて」


 ジョーカーは笑った。


「それでも身元だけは、きちんと残して帰る」


 誰も笑わない。


「剣に紋章。服にも紋章。矢まで自国製」


「…………」


「次からは住所も書いていただけると、調査の手間が省けますね」


「ふざけている場合か」


 スペードが低い声で言う。


「ですから、感心しているのですよ」


 ジョーカーは剣を返した。


「犯人探しまで、犯人が手伝ってくださるとは」


 王弟が腕を組む。


「戦場では、すべての証拠を回収して逃げる余裕などない」


「もちろんです」


「慌てて撤退したなら、装備を落とすこともあるだろう」


「仰る通りです」


「ならば何がおかしい?」


 ジョーカーは王弟を見る。


 笑顔だった。


「何も?」


「…………」


「ただ――」


 ジョーカーは周囲を見渡す。


 焼けた村。


 落ちた剣。


 軍服。


 矢。


 国境へ続く蹄跡。


「出来すぎているな、と」


 王が反応した。


「出来すぎ?」


「陛下」


 ジョーカーは尋ねる。


「試験というものを受けたことは?」


「……誰に聞いている」


「これは失礼」


「嫌というほどある」


「では、問題用紙の横に答えが書いてあったら?」


「疑うな」


「でしょう?」


 ジョーカーは笑った。


「証拠というものは便利です」


 落ちていた剣を見る。


「人は疑っている間は考えますが――」


 剣の紋章を指で叩く。


「答えを見つけた瞬間、考えるのをやめられる」


 王弟が口を開く。


「つまり、この証拠が偽物だと?」


「そこまでは申しておりませんよ」


「では?」


「問題は一つです」


 ジョーカーは剣を持ち上げた。


「この答えを――」


 隣国の紋章が陽の光を反射する。


「誰が書いたのか」


 風が吹いた。


 焼け焦げた木々が、乾いた音を立てる。


 王は何も言わなかった。


 スペードは剣を見つめている。


 クラブは周囲へ視線を走らせた。


 王弟だけが。


 静かに、ジョーカーを見ていた。


 ジョーカーはそれに気づく。


「どうかなさいましたか?」


「いや」


 王弟は微笑んだ。


「噂通り、面白い男だと思ってな」


「光栄です」


 ジョーカーも笑った。


「私も殿下には――」


 一拍。


「大変興味がありますよ」


 二人は笑っていた。


 だが。


 どちらの目も、笑ってはいなかった。

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