↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の愚者  作者: クロワ
PR
17/104

17話「共通の敵」

噂というものは、馬より速い。


 翌朝には、王都の誰もが知っていた。


 ――隣国軍が村を襲った。


 ――十三人が殺された。


 ――子供まで殺された。


 昼になる頃には、話が少し変わった。


 ――隣国は以前から侵略を企んでいた。


 夕方には、さらに変わった。


 ――王が弱腰だから襲われた。


 そして翌日。


 王宮の前を、人々が埋め尽くした。


「隣国に報復を!」


「殺された者たちの仇を!」


「戦え!」


 数日前まで。


 戦争だけは避けてほしい。


 そう願っていた者たちだった。


「陛下!」


「我々はいつまで黙っていればいいのです!」


「次は俺たちの町かもしれない!」


「隣国に裁きを!」


 声は次第に大きくなる。


 一人が叫べば、十人が続く。


 十人が叫べば、百人が続く。


 やがて。


「戦争を!」


 誰かが叫んだ。


「戦争を!」


 別の誰かが続いた。


「戦争を!」


「戦争を!」


「戦争を!」


 いつしかそれは、一つの声になっていた。


     ◇


 王は執務室の窓から、その光景を見ていた。


 隣にはジョーカーがいる。


「……昨日まで、戦争を避けろと言っていた者たちだ」


「ええ」


「今日は戦争をしろ、と」


「忙しい方々ですねえ」


 王が睨む。


「茶化すな」


「申し訳ありません」


 ジョーカーは笑ったまま頭を下げた。


 窓の外から声が響く。


「報復を!」


「戦争を!」


 王は窓から離れた。


「まだ隣国の仕業と決まったわけではない」


「ええ」


「剣と軍服が見つかった。それだけだ」


「ええ」


「なのに、誰も疑おうとしない」


「仕方ありませんよ」


「何がだ」


 ジョーカーは窓の外を見る。


「人は真実を信じるのではありません」


 王が振り返る。


「信じたいものを、真実と呼ぶのです」


「…………」


「怖かったのでしょう。次は自分たちが襲われるかもしれない。腹も立っている。誰かを憎みたい」


 ジョーカーは笑う。


「そこへ『犯人はこちらです』と分かりやすい証拠まで出てきた」


「……だから信じる?」


「信じた方が楽ですからねえ」


 外から、再び声が上がる。


「隣国に裁きを!」


「報復を!」


 ジョーカーは耳を傾けた。


「それに、共通の敵というものは便利ですよ」


「便利?」


「昨日まで喧嘩していた者同士でも、同じ相手を憎めば肩を組めます」


「……嫌な言い方だな」


「国を一つにまとめるには、英雄より敵を一人用意する方が簡単なのかもしれませんねえ」


 王は答えなかった。


 しばらくして。


 ジョーカーが唐突に言った。


「そういえば陛下」


「なんだ」


「バッタをご存じですか?」


「……余を馬鹿にしているのか?」


「それくらい分かる」


「では、一匹でいる時は比較的大人しいバッタも、群れになると性質が変わり、攻撃的になることがあるのは?」


 王が眉をひそめた。


「何が言いたい」


「いえいえ」


 ジョーカーは窓の外を見る。


 広場を埋め尽くす人、人、人。


「不思議だと思いまして」


「何がだ」


「一人なら、剣を持って隣国へ行けと言われても、怖くて断るでしょう?」


「ああ」


「ですが――」


 窓の外から、また声が響く。


「戦争を!」


「戦争を!」


「戦争を!」


 ジョーカーは笑った。


「千人集まると、自分から行きたくなる」


「…………」


「群れというものは、勇気までくださるようです」


「それを勇気と呼ぶのか?」


「さて」


 ジョーカーは首を傾げる。


「一人ではできないことを、大勢ならできる」


 少し考えてから笑う。


「勇気と呼べば聞こえはいいでしょう?」


 王は再び窓の外を見る。


「……民をバッタ扱いするために、その話をしたのか?」


「まさか」


 ジョーカーは笑顔で答えた。


「バッタに失礼でしょう」


「お前な……」


「冗談ですよ」


 ジョーカーは笑う。


 だが。


 窓の外から聞こえてくる声は、止まらない。


「戦争を!」


「戦争を!」


「戦争を!」


 王はその光景を見つめていた。


 ジョーカーも民衆を見る。


「人を一つにするのは、愛とは限らないようですねえ」


 笑っていたのは、ジョーカーだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。