17話「共通の敵」
噂というものは、馬より速い。
翌朝には、王都の誰もが知っていた。
――隣国軍が村を襲った。
――十三人が殺された。
――子供まで殺された。
昼になる頃には、話が少し変わった。
――隣国は以前から侵略を企んでいた。
夕方には、さらに変わった。
――王が弱腰だから襲われた。
そして翌日。
王宮の前を、人々が埋め尽くした。
「隣国に報復を!」
「殺された者たちの仇を!」
「戦え!」
数日前まで。
戦争だけは避けてほしい。
そう願っていた者たちだった。
「陛下!」
「我々はいつまで黙っていればいいのです!」
「次は俺たちの町かもしれない!」
「隣国に裁きを!」
声は次第に大きくなる。
一人が叫べば、十人が続く。
十人が叫べば、百人が続く。
やがて。
「戦争を!」
誰かが叫んだ。
「戦争を!」
別の誰かが続いた。
「戦争を!」
「戦争を!」
「戦争を!」
いつしかそれは、一つの声になっていた。
◇
王は執務室の窓から、その光景を見ていた。
隣にはジョーカーがいる。
「……昨日まで、戦争を避けろと言っていた者たちだ」
「ええ」
「今日は戦争をしろ、と」
「忙しい方々ですねえ」
王が睨む。
「茶化すな」
「申し訳ありません」
ジョーカーは笑ったまま頭を下げた。
窓の外から声が響く。
「報復を!」
「戦争を!」
王は窓から離れた。
「まだ隣国の仕業と決まったわけではない」
「ええ」
「剣と軍服が見つかった。それだけだ」
「ええ」
「なのに、誰も疑おうとしない」
「仕方ありませんよ」
「何がだ」
ジョーカーは窓の外を見る。
「人は真実を信じるのではありません」
王が振り返る。
「信じたいものを、真実と呼ぶのです」
「…………」
「怖かったのでしょう。次は自分たちが襲われるかもしれない。腹も立っている。誰かを憎みたい」
ジョーカーは笑う。
「そこへ『犯人はこちらです』と分かりやすい証拠まで出てきた」
「……だから信じる?」
「信じた方が楽ですからねえ」
外から、再び声が上がる。
「隣国に裁きを!」
「報復を!」
ジョーカーは耳を傾けた。
「それに、共通の敵というものは便利ですよ」
「便利?」
「昨日まで喧嘩していた者同士でも、同じ相手を憎めば肩を組めます」
「……嫌な言い方だな」
「国を一つにまとめるには、英雄より敵を一人用意する方が簡単なのかもしれませんねえ」
王は答えなかった。
しばらくして。
ジョーカーが唐突に言った。
「そういえば陛下」
「なんだ」
「バッタをご存じですか?」
「……余を馬鹿にしているのか?」
「それくらい分かる」
「では、一匹でいる時は比較的大人しいバッタも、群れになると性質が変わり、攻撃的になることがあるのは?」
王が眉をひそめた。
「何が言いたい」
「いえいえ」
ジョーカーは窓の外を見る。
広場を埋め尽くす人、人、人。
「不思議だと思いまして」
「何がだ」
「一人なら、剣を持って隣国へ行けと言われても、怖くて断るでしょう?」
「ああ」
「ですが――」
窓の外から、また声が響く。
「戦争を!」
「戦争を!」
「戦争を!」
ジョーカーは笑った。
「千人集まると、自分から行きたくなる」
「…………」
「群れというものは、勇気までくださるようです」
「それを勇気と呼ぶのか?」
「さて」
ジョーカーは首を傾げる。
「一人ではできないことを、大勢ならできる」
少し考えてから笑う。
「勇気と呼べば聞こえはいいでしょう?」
王は再び窓の外を見る。
「……民をバッタ扱いするために、その話をしたのか?」
「まさか」
ジョーカーは笑顔で答えた。
「バッタに失礼でしょう」
「お前な……」
「冗談ですよ」
ジョーカーは笑う。
だが。
窓の外から聞こえてくる声は、止まらない。
「戦争を!」
「戦争を!」
「戦争を!」
王はその光景を見つめていた。
ジョーカーも民衆を見る。
「人を一つにするのは、愛とは限らないようですねえ」
笑っていたのは、ジョーカーだけだった。




