16話 「火種」
「戦はしない」
王の一言で、会議室が静まり返った。
昨日から続いていた国境問題についての協議。
その結論だった。
「兄上」
王弟が口を開く。
「昨日も申し上げましたが、ここで弱腰を見せれば――」
「何もしないとは言っていない」
王は卓上の地図を見る。
「国境の警備は増やす。隣国へ使者を送り、度重なる越境について正式に抗議する」
「それで相手が聞くと?」
「聞かせるのが外交だ」
「聞かなければ?」
「その時に考える」
王弟は黙った。
「剣は一度抜けば、血を見るまで収まらん」
王は皆を見渡す。
「余は、民の命を賭けて意地を張るつもりはない」
スペードが頭を下げた。
「陛下のご命令とあらば」
ハート、ダイヤもそれに続く。
クラブも異論はないようだった。
最後に王弟が、小さく息を吐いた。
「……分かりました」
そして兄を見る。
「兄上が、王ですから」
◇
三日後。
隣国へ送られた使者が戻った。
回答は、意外なものだった。
「隣国側にも、戦争の意思はないとのことです」
「……そうか」
王の表情が僅かに緩む。
「越境については?」
「一部の兵が命令を無視した可能性があると。現在、隣国側でも調査しているとのことです」
「再発防止を求めろ」
「はっ」
使者が退出する。
ジョーカーは壁際で、そのやり取りを聞いていた。
「よかったですねえ、陛下」
「何がだ」
「戦争にならずに済みそうです」
「……ああ」
「王弟殿下には残念な結果かもしれませんが」
「余計なことを言うな」
「おや。私は平和を喜んでいるだけですよ?」
「その顔で言うな」
ジョーカーは笑った。
こうして。
国境を巡る問題は、ひとまず収まった。
少なくとも――
誰もが、そう思っていた。
◇
それから五日後。
早朝。
王宮に、一頭の馬が駆け込んできた。
「陛下!」
泥と血にまみれた兵士が、謁見の間へ転がり込む。
「国境の村が……襲撃を受けました!」
王が立ち上がった。
「何?」
「昨夜、武装した一団が村を襲撃! 家屋に火を放ち、抵抗した村人が……」
「死者は」
兵士が言葉に詰まる。
「……十三名です」
空気が凍った。
「子供も……二人」
王の拳が握られる。
「犯人は」
「分かりません。夜襲でしたので、生存者も顔までは……」
「ならば調べろ」
「すでにスペード様の部隊が現地へ向かっております」
「分かった」
王は短く答えた。
「憶測で動くな。分かったことだけを報告しろ」
「はっ!」
◇
その日の夕刻。
調査隊が戻った。
卓上に置かれたのは一本の剣だった。
「これは……」
クラブが手に取る。
柄に、見慣れない紋章が刻まれている。
「隣国軍のものです」
報告に来た騎士が答えた。
「襲撃された村で発見されました」
さらに、布が置かれる。
血の付着した軍服の切れ端。
そこにも同じ紋章。
「生存者の一人が、襲撃者の鎧にもこの紋章があったと証言しています」
「…………」
王は剣を見つめていた。
「兄上」
王弟が低い声で言う。
「これでも、まだ話し合いますか」
王は答えなかった。




