14話「兄貴分」
「クラブ様」
食事を終えたあと。
ジョーカーは廊下を歩くクラブの背中を追った。
「なんだ?」
「相変わらずですね」
「あ?」
「部下を走らせ、自分も走り、終われば一緒に飯を食う」
ジョーカーは笑う。
「昔から何も変わっておりません」
「お前にだけは言われたくねえな」
「私は随分と変わりましたよ?」
「服が派手になっただけだろ」
「これは手厳しい」
クラブが鼻で笑う。
「それにしても、懐かしいですねえ」
「何がだ?」
「昔も、ああしてよく皆で食べました」
「ああ」
「陛下がスペード様の訓練から逃げてきて」
「お前がハート様の説教から連れ出して」
「クラブ様が隠す」
「で、三人まとめて怒られる」
「完璧な連携でしたね」
「どこがだ」
クラブが笑った。
「そもそも、殿下に逃げ方を教えたのはクラブ様でしょう?」
「俺はきっかけを与えただけだ」
「城の抜け道、見張りの交代時間、木の上で寝ても見つからない場所――」
「よく覚えてんな」
「厨房で菓子をいただく方法まで」
「それは大事だろ」
「近衛騎士が王子に教えることではありませんよ」
「お前も喜んでついてきただろうが」
「私は止める立場でしたので」
「どの口が言ってんだ」
ジョーカーが笑う。
「しかし……陛下も変わられましたね」
「ああ」
クラブの声が少しだけ静かになった。
二人の少し前を、王が歩いている。
かつて城中を駆け回っていた少年の背中には、今では王国そのものが乗っている。
「昔は嫌なことがあれば、すぐ俺たちのところに逃げてきたのにな」
「ええ」
「今じゃ逃げる場所もねえ」
ジョーカーは答えなかった。
王になったから。
逃げることを許されなくなった。
弱音を吐くことも。
泣くことも。
誰かの後ろに隠れることも。
「……ニア」
不意に。
クラブが昔の名で呼んだ。
ジョーカーが横を見る。
「なんです?」
「お前がいてよかった」
一瞬。
ジョーカーの笑顔が止まった。
「なんですか、急に」
「気持ち悪いですねえ」
「ぶん殴るぞ」
「近衛騎士団長が道化を殴ってよろしいので?」
「昔はもっと殴ってた」
「教育という名の暴力ですね」
「お前ら二人が悪ガキだったんだよ」
クラブは笑った。
それから、前を歩く王を見る。
「……あいつ、昔から一人で抱え込むからな」
「知っていますよ」
「知ってるなら――」
大きな手が、ジョーカーの頭に乗った。
ぐしゃぐしゃと髪を乱される。
「これからも頼むぞ」
「ちょ、クラブ様」
「なんだ?」
「髪が崩れるでしょう」
「知らん」
「まったく……」
ジョーカーは乱れた髪を直す。
「それは私ではなく、陛下に直接仰ったらどうです?」
「言えるか、恥ずかしい」
「いい歳して」
「うるせえ」
バンッ!
「痛っ!」
ジョーカーの背中に大きな手が飛んだ。
「クラブ様」
「なんだ?」
「昔から思っていましたが」
「おう」
「力加減というものをご存じですか?」
「知ってるぞ」
「では、そろそろ覚えてください」
「善処する!」
「……陛下が信用されない理由が分かりますねえ」
「お前まで言うな!」
豪快な笑い声が、王宮の廊下に響いた。
少し前を歩いていた王が振り返る。
「……お前たち」
「はい?」
二人が同時に答える。
「いつまで騒いでいる」
クラブとジョーカーは顔を見合わせた。
昔と変わらない。
叱られるのは、いつだって一緒だった。
「申し訳ありません、陛下」
そう言いながら。
二人とも、笑っていた。
◇
「では、私はこれで」
「おう」
ジョーカーが廊下の角へ消えていく。
クラブはしばらく、その背中を見送っていた。
先ほどまで浮かべていた笑みは、もうない。
「……ニア、か」
小さく呟く。
そのとき。
「団長」
背後から声がした。
一人の近衛騎士が立っている。
クラブは振り返らなかった。
「どうだった」
「やはり、昨夜も動きがありました」
「そうか」
「陛下にご報告を?」
しばらく沈黙があった。
「いや」
クラブは答えた。
「まだいい」
「しかし――」
「俺が調べる」
いつもの豪快な声ではなかった。
低く、静かな声だった。
「このことは誰にも言うな」
「……ジョーカー様にも?」
クラブの目が、先ほどジョーカーの消えた廊下へ向く。
「ああ」
短く答えた。
「特にな」
近衛騎士が頭を下げ、去っていく。
一人残ったクラブは、懐から小さな紙片を取り出した。
そこに書かれた文字を、もう一度見る。
そして。
紙片を握り潰した。
「……まったく」
クラブは小さく息を吐いた。
「面倒なことになってきやがったな」
先ほどまで響いていた豪快な笑い声は、
もう、どこにもなかった。




