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王の愚者  作者: クロワ
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13話「近衛騎士団長」

 王宮の一角から、怒鳴り声が響いていた。


「遅い! そんな足で陛下を守れると思ってんのか!」


 近衛騎士団の訓練場。


 十数人の騎士たちが、息を切らしながら走っている。


 その先頭を走っている大男がいた。


 近衛騎士団長――クラブ。


「団長……もう、限界です……!」


「喋れるならまだ走れる!」


「横暴です!」


「元気あるじゃねえか! あと二周!」


「増えてる!」


 訓練場の隅。


 ジョーカーは壁にもたれ、その光景を眺めていた。


 隣にいた騎士に尋ねる。


「いつもあの調子なのですか?」


「ええ。毎日です」


「大変ですねえ」


「ですが――」


 騎士は苦笑した。


「団長が一番走ってますから」


 見ると確かに、クラブも汗だくだった。


 部下だけを走らせているわけではない。


 誰より先に走り、誰より大きな声を出している。


 やがて、一人の若い騎士が足をもつれさせた。


「うわっ!」


 地面に倒れる。


 クラブがすぐに足を止めた。


「大丈夫か?」


「す、すみません……」


「謝る前に足見せろ」


 クラブがしゃがみ込む。


「痛むか?」


「少し……」


「今日は終わりだ」


「ですが、まだ――」


「馬鹿野郎」


 大きな手が、若い騎士の頭に乗った。


「無理して怪我して、いざって時に動けねえ方が迷惑だ。休め」


「……はい」


 クラブが立ち上がる。


 そして残った騎士たちを振り返った。


「お前らも終わり!」


「え?」


「腹減っただろ。奢るから飯行くぞ!」


 先ほどまで死にかけていた騎士たちの顔が明るくなった。


「団長! 今日は肉、増やしてもいいですか!」


「好きなだけ食え! 午後の訓練で全部吐き出させてやる!」


「やっぱり鬼だ!」


「誰が鬼だ!」


豪快な笑い声が訓練場に響いた。


 ジョーカーも思わず笑った。


「相変わらず賑やかな方ですねえ」


 その声に、クラブが気づいた。


「おう、ジョーカー!」


 大股でこちらへ歩いてくる。


「何してんだ?」


「見学ですよ。近衛騎士団長様が部下を虐めていると聞きまして」


「人聞き悪いな!」


「違うのですか?」


「鍛えてんだよ!」


「倒れるまで?」


「倒れたら休ませる!」


「なるほど。優しい鬼ですね」


「誰が鬼だ!」


 クラブの大きな手が、ジョーカーの背中を叩いた。


 バンッ!


「痛っ!」


 ジョーカーが前につんのめる。


「……クラブ様」


「なんだ?」


「私、騎士ではないので鍛えていただかなくて結構ですよ」


「悪い悪い!」


 まったく悪びれず、クラブは笑った。


     ◇


 その日の昼。


 王宮の食堂は、近衛騎士たちの声で賑わっていた。


「食え食え! 今日は夜まで訓練すんだからな!」


「聞いてませんよ!」


「今言った!」


「横暴だ!」


 ジョーカーもなぜか、その輪の中にいた。


「クラブ様」


「なんだ?」


「近衛騎士団に入るには、相当厳しい試験があるのでしょう?」


「当然だ」


「品格の試験だけは無いのですね」


「お前も一緒に食ってんだろうが」


「私は道化ですので」


「便利だな、その肩書き!」


 そのとき。


 食堂の入口が静かになった。


「陛下」


 誰かが呟く。


 騎士たちが一斉に立ち上がった。


「よい。そのままでいろ」


 王が手で制する。


 どうやら食事をしに来たわけではなく、たまたま通りかかったらしい。


 クラブは空いている椅子を引いた。


「陛下もいかがです? 今日は肉ですよ」


「……クラブ」


「はい?」


「余は食事をしに来たのではない」


「そうですか」


 クラブは肉を一切れ、自分の口へ放り込んだ。


「昔は肉の匂いがしただけで来られたのに」


 王の眉が動いた。


「クラブ」


「はい」


「余計なことを言うな」


「失礼しました」


 そう言いながら、まったく反省していない。


 ジョーカーが口元を押さえた。


「ふふっ」


「……何がおかしい、ジョーカー」


「いえ」


 ジョーカーは笑顔のまま答えた。


「近衛騎士団長ともあろう御方が、陛下を子供扱いされるものですから」


「してませんよ」


「しているだろう」


「昔の癖です」


「直せ」


「善処します」


「お前の善処は信用ならん」


 クラブが豪快に笑った。


「しかし、陛下も立派になられましたなあ」


「急になんだ」


「昔はスペード殿の剣術の訓練から逃げるたび、私のところへ来られて――」


「クラブ」


 王の声が低くなった。


「なんです?」


「その話はやめろ」


「ハート殿の説教の日なんて、朝から木の上に――」


「クラブ」


「ダイヤ殿の算術では、腹が痛いと仰って――」


「近衛騎士団長を解任するぞ」


 食堂が静まり返った。


 クラブが目を丸くする。


「昔話一つで職を失うんですか、私は」


「三つだ」


「数えておられたんですか」


 ジョーカーが、すっと身を乗り出した。


「クラブ様」


「なんだ?」


「ぜひ、続きを」


「ジョーカー」


 王が睨む。


 ジョーカーは涼しい顔をしていた。


「私は陛下の臣下ではありませんので、解任はできませんよ」


「ならば城から追い出す」


「王権の濫用では?」


「誰のせいだ」


「クラブ様です」


「おい!」


 食堂に笑いが起こった。


 王は額を押さえた。


「……好きにしろ」


 そう言い残し、食堂を出ていく。


 その背中を見ながら、クラブは笑っていた。


 近衛騎士団長が王に向けるものとしては、どこか妙な笑顔だった。


 敬意はある。


 忠誠もある。


 だが、それだけではない。


 まるで――


 昔から知っている弟でも見るような。

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