103話「二千人」
南部。
王国国境。
王が城壁の上から、国境の向こうを見る。
人。
人。
人。
道の先まで、人が続いている。
王。
「…………」
「これが」
「二千人か」
ジョーカー。
「報告書では」
「随分と」
「小さく見えましたね」
王。
「ああ」
下では、子供が泣いている。
地面に横たわる老人。
僅かな水を子供に飲ませる母親。
ハート。
「食料は?」
兵士。
「国境の備蓄から」
「一部を渡しております」
「ですが」
「この人数ですので……」
ハート。
「南部の神殿へ」
「連絡を」
「備蓄している」
「食料と水を」
「可能な限り」
「こちらへ」
ダイヤ。
「ハート」
「まだ」
「受け入れるとは」
「決まっておりません」
ハート。
「分かっています」
「門を開けろとは」
「言っておりません」
城壁の向こうを見る。
「今日」
「食べるものを」
「渡すだけです」
ダイヤ。
「…………」
「分かりました」
王。
「門を開けろ」
兵士。
「陛下?」
「余が」
「向こうへ行く」
「危険です」
王。
「分かっておる」
「だが」
「余が決めるのだ」
「ならば」
「余が見なければ」
「ならん」
◇
門の外。
王たちは護衛を連れ、人々の間を歩いていた。
最初に王が話しかけたのは、道端に座る老人だった。
王。
「どこから来た?」
老人。
「南の」
「小さな村です」
「何があった?」
「焼かれました」
王。
「誰に?」
老人。
「…………」
「知りません」
「知らない?」
「兵士が来て」
「村に火をつけた」
「どちらの兵かなんて」
「逃げる時に」
「聞きませんでした」
王。
「…………」
老人。
「私は」
「ただ」
「家にいたかっただけです」
王は何も言えなかった。
少し先。
小さな子供を抱いた女性が座っている。
ハート。
「ご主人は?」
女性。
「捕まりました」
「なぜです?」
女性が服の中から、小さな飾りを取り出す。
ハートの表情が変わる。
王。
「それは?」
ハート。
「信仰を示す」
「印です」
女性。
「私たちは」
「あの国では」
「異教徒です」
王。
「それだけで?」
女性は答えない。
ただ、子供を強く抱いた。
◇
さらに歩く。
今度は、一人の男の首に下がった印を見て、ハートが立ち止まる。
ハート。
「あなたは……」
「我々と」
「同じ神を?」
男。
「はい」
王。
「では」
「お前も戦から?」
男。
「それもあります」
「ですが」
「我々も」
「追われています」
ハート。
「なぜです?」
男。
「宗派が」
「違うからです」
王。
「…………」
ジョーカー。
「同じ神を」
「信じていても」
「駄目なのですね」
男。
「同じではない」
ジョーカー。
「これは」
「失礼いたしました」
ハート。
「まだ」
「何も言っていませんよ」
「先に」
「謝っておこうかと」
その時。
少し離れた場所から怒鳴り声が聞こえる。
「離れろ!」
一人の男が、別の家族を睨んでいる。
「こいつらと」
「同じ場所で」
「食事などできるか!」
兵士が駆け寄る。
王たちも近づく。
王。
「何があった?」
男が家族の首に下がった印を指差す。
「あいつらは」
「異教徒だ!」
家族の父親も立ち上がる。
「お前たちこそ!」
兵士たちが間に入る。
王。
「お前たちは」
「同じ国から」
「逃げてきたのでは」
「ないのか?」
男。
「だから」
「何だ」
王。
「…………」
ジョーカー。
「国境を」
「一つ越えた程度では」
「越えられないものも」
「あるようですね」
ハートは黙って、二つの家族を見ていた。
◇
夕方。
王たちは城壁へ戻る。
神殿から運ばれてきたパンが配られている。
ダイヤの近くへ、小さな子供がやってくる。
「おじさん」
ダイヤ。
「…………」
「私はまだ」
「おじさんでは」
「ありません」
子供は気にせず、もらったパンを見せる。
「ありがとう」
ダイヤ。
「…………」
「ああ」
子供。
「明日も」
「ある?」
ダイヤが止まる。
「…………」
「分かりません」
「そっか」
子供は母親のところへ走っていく。
王。
「…………」
ダイヤ。
「約束は」
「できません」
王。
「ああ」
「分かっておる」
そこへ兵士が走ってくる。
「陛下!」
王。
「なんだ?」
「新たな集団が」
「到着しました」
王たちは城壁へ上がる。
遠く。
道の向こうから。
また、人の列がやってくる。
王。
「何人になった?」
兵士。
「現在」
「確認できているだけで」
「二千七百を」
「超えております」
王。
「…………」
ダイヤ。
「陛下」
「今日」
「二千人に」
「食事を渡せても」
「明日は」
「三千人かもしれません」
「その次は」
「四千人かもしれない」
王は答えない。
国境の向こうを見る。
村を焼かれた者。
異教徒だから追われた者。
同じ神を信じながら、宗派が違うため追われた者。
逃げてきた先でも、互いを嫌っている者。
老人も。
子供も。
信者も。
異教徒も。
すべて一つの言葉で呼ばれている。
難民。
ジョーカー。
「便利な」
「言葉ですね」
王。
「何がだ?」
「難民です」
「これだけ」
「違う人間を」
「一つの言葉で」
「数えられます」
王。
「…………」
しばらくして。
王が兵士へ告げる。
「今夜」
「ここにいる者には」
「水と食料を」
「届けろ」
ダイヤ。
「全員にですか?」
「ああ」
「門を開けるかは」
「まだ決めん」
「だが」
「余が決めるまでに」
「死なせる必要もない」
ハート。
「はい」
王は再び、国境の向こうを見る。
人の列は。
まだ途切れていない。
王。
「…………」
「明日は」
「何人になるのだろうな」
誰も。
答えられなかった。




