決別
第六十八話
祀が殺された病院を後にした蓮と孝太郎は、孝太郎が監禁されていた廃ビルへ向かっていた。
「その建物、まだ使われてるのか?」
「さあな。俺がいたときは人の気配なんかなかったけどよ」
「場所は覚えてんだよな?」
「ああ。外に出たときに確認した」
そのとき、孝太郎の携帯が鳴った。
画面には、先ほど訪れた病院の番号が表示されている。
「もしもし」
『荒木孝太郎さんでしょうか。先ほどお話を伺った病院の者です』
「ああ、どうしました?」
『千堂さんが亡くなられた日の件で、追加で確認できたことがありまして』
孝太郎は足を止めた。
『当日の防犯カメラを確認したところ、病室のある階に出入りしていた男性の姿が残っていました』
「顔は分かるんですか?」
『はい。警察にも提出した映像です。ご遺族への共有について確認が取れましたので、静止画像をお送りできます』
「お願いします」
電話を切って間もなく、携帯に画像が届いた。
「蓮、ちょっと見ろ」
「何だ?」
孝太郎が画面を開く。
病院の廊下を歩く一人の男。
その顔を見た瞬間、二人の表情が変わった。
「……こいつ」
「増井じゃねえか!」
以前、倉庫で丸野と交戦した男。
鳴神所の若頭、増井だった。
孝太郎は画像の撮影時刻を確認した。
祀が殺される前のものだった。
「……やっぱりな」
「増井が祀さんの病院に来てたってことか」
「ああ」
孝太郎は携帯を握った。
「俺を拉致した連中は親父の過去を知ってた。そんで、俺が解放された直後に親父は殺された」
「じゃあ、並木も……」
「鳴神所の人間だろうな」
蓮は画像をもう一度見た。
「これ、連合に見せた方がいいんじゃねえか?」
「いや」
孝太郎は即答した。
「この件は俺たち二人だけで動きてえ」
「二人だけ?」
「ああ。あんまり大事にしたくねえんだ」
「でも、相手は鳴神所だぞ。俺たちだけじゃ……」
「分かってる」
孝太郎は蓮を見た。
「だから、連合が動けば向こうだって黙ってねえだろ」
蓮は口を閉じた。
龍牙連合と鳴神所は、以前の龍魄盗難事件でも衝突している。
千堂祀の殺害に鳴神所が関与したとなれば、組織同士の争いに発展しかねない。
「……それで、どうするつもりだ?」
「俺が向こうに行く」
「向こうって……鳴神所か?」
「ああ」
「一人で乗り込むつもりかよ!」
「正面から行って勝てると思うほど馬鹿じゃねえよ」
孝太郎は携帯をしまった。
「並木たちは俺を解放した。あいつらは俺に親父の過去を教えて、協力しろって言ってきてたから」
「……」
「だったら、その話に乗ってやる」
蓮は孝太郎の考えを察した。
「潜り込むつもりか」
「ああ。中に入れば増井にも近づける」
「危険すぎるだろ」
「承知の上だ」
孝太郎は少し間を置いた。
「それと、俺は龍牙連合を抜ける」
蓮は目を見開いた。
「……本気で言ってんのか?」
「ああ」
「祀さんがいなくなったからって、そこまでする必要……」
「それだけじゃねえよ」
孝太郎は蓮の言葉を遮った。
「俺は過去の龍牙連合を許してねえ」
蓮は何も言わなかった。
孝太郎が祀の遺書を読んだことを思い出したからだ。
「連合を抜けりゃ、鳴神所も少しは俺を信用するだろ」
「……そうかもしれねえけど」
「親父の仇は俺が討つ。これは俺自身の問題だ」
孝太郎の声に迷いはなかった。
蓮はしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「……分かった」
「いいのか?」
「止めても行くんだろ?」
「ああ」
「だったら、俺は連合に残る」
孝太郎が蓮を見る。
「お前はお前のやり方で動け。俺も俺のやり方で調べる」
「……連合には?」
「言わねえよ。二人だけの話なんだろ」
孝太郎は小さく笑った。
「悪いな」
「ただし、一つ約束しろ」
「何だよ」
「無茶するなよ」
「……わかってるよ」
「そこは約束しろよ!」
孝太郎は久しぶりに笑った。
「ふっ」
蓮も笑い返した。
だが、その表情はすぐに引き締まった。
「なあ、孝太郎。龍魄のことなんだけどさ」
「あ?」
「お前、まだ一度も飲んでねえんだよな」
「……ああ」
「だったら、本当に龍術師になれねえって決まったわけじゃない」
孝太郎は黙った。
「鳴神所には強い龍術師がいる。今のままじゃ危ねえだろ」
「……だからって、今さら龍魄を飲めってのか?」
「今すぐじゃねえよ」
蓮は首を振った。
「ただ、何かあったときのために、俺もできることを探してみる」
孝太郎は蓮を見つめた。
祀が龍魄を飲ませなかった理由を、二人とも知っている。
それがどれほど危険なものなのかも。
「……好きにしろ」
「ああ。ちょっとやりたいこともあるしな」
蓮は頷いた。
孝太郎は廃ビルのある方角へ目を向けた。
「じゃあ、俺は並木の手がかりを追う」
「俺は一度戻る。調べたいことがあるからな」
二人は交差点で足を止めた。
「じゃあな」
「おう。またな」
二人は別々の道を歩き始めた。
蓮は龍牙連合へ。
孝太郎は、鳴神所へつながる手がかりを求めて。
その背中を見送ることなく、蓮も歩き出した。
頭にあるのは、孝太郎が龍魄を飲んでいなかったという事実だった。
龍魄を飲めば、龍術を使えるようになるかもしれない。
だが、適応できなければ龍化する。
祀が最後まで避けさせた危険だ。
蓮は携帯を取り出し、連絡先を開いた。
龍陣組の若頭 仁。
しばらく画面を見つめた後、通話ボタンを押した。
『どうした、蓮』
「仁さん。ちょっと聞きたいことがあるんです」
『何だ?』
「龍魄って……個人でも手に入れられるものなんですか?」
電話の向こうで、仁が黙った。
『……何だ急に』
蓮はすぐには答えなかった。




