犯人の手がかり探し
第六十六話
玄武組を出た蓮と孝太郎は、祀が入院していた病院へ向かっていた。
「なあ、孝太郎」
「あ?」
「お前を拉致した奴ら、本当に祀さんの過去を知ってたんだよな?」
「ああ。少なくとも、俺の知らねえことまで知ってた」
「だったら、祀さんを殺したのも……」
「まだ決まった後訳じゃないが、俺のせいかもな」
孝太郎は前を向いたまま答えた。
「ただ、親父がなぜ殺されたのか、開放された時に何があったのかを突き止めて先に進むしかねぇよな」
「……そうだな」
「そして、まずは病院だ。親父が殺される前、誰が来たのか確かめる」
二人は病院の入口をくぐった。
*
受付で事情を説明すると、二人は応接室へ案内された。
しばらくして、病院の責任者と、祀を担当していた看護師が姿を見せた。
「千堂さんの件ですね」
「はい」
孝太郎が頷いた。
「親父が殺される前のことを聞きたいんです」
「警察にもお話しした内容になりますが……」
「構いません」
孝太郎は身を乗り出した。
「親父が殺される前、誰か病室に来ませんでしたか?」
責任者は看護師に目を向けた。
「……一人、男性が来ています」
孝太郎と蓮の表情が変わった。
「どんな男ですか?」
「それが……詳しいことまでは」
「顔は? 背格好は? 服装でも何でもいいんです」
看護師は記憶をたどるように目を伏せた。
「男性だったことは覚えています。ですが、顔までははっきりと……」
「名前は?」
「分かりません」
「親父の知り合いだって言ってたんですか?」
「いえ。私が直接お話ししたわけではないので……」
孝太郎は黙った。
蓮が尋ねる。
「その人が病室に入るところを見た人は?」
「廊下で男性を見かけた職員はいます。ただ、病室に入る瞬間まで確認した者はいません」
「じゃあ、その男が犯人かどうかも分からないんですね」
「……はい」
孝太郎は腕を組んだ。
「その職員にも話を聞けますか?」
責任者は少し考えた後、頷いた。
「勤務中の者には確認してみます。ただ、事件については警察の捜査もありますので、お話しできる範囲に限られます」
「それで構いません」
*
その後、二人は当日勤務していた職員から順番に話を聞いた。
しかし、得られた証言は曖昧なものばかりだった。
「男性が歩いていたのは覚えていますが、顔は見ていません」
「特に不審な様子はなかったと思います」
「すみません。患者さんの対応をしていたので……」
孝太郎は何度も確認した。
声を聞いた者はいないか。
男がどちらから来たのか。
誰かと話していなかったか。
病室を出るところを見た者はいないか。
だが、犯人の身元につながる証言は出てこなかった。
最後の職員との聞き取りを終え、二人は廊下のベンチに腰を下ろした。
「……駄目か」
蓮が呟いた。
「誰も覚えてねえなんてな」
「覚えてねえんじゃなくて、気に留めてなかったんだろ」
孝太郎は答えた。
「病院なんて毎日いろんな奴が出入りする。普通に歩いてりゃ、いちいち顔なんか覚えねえよ」
「でも、一人くらい何か見ててもよさそうなのにな」
「ああ。だから、逆に犯人がしぼられてくる」
孝太郎は立ち上がった。
「病室も見ておきてえ」
*
責任者の案内で、二人は祀が入院していた病室の前に立った。
室内はすでに片づけられていた。
孝太郎は入口で足を止める。
ここで祀は殺された。
その事実が、改めて胸に重くのしかかった。
「……入るぞ」
孝太郎は小さく呟き、病室へ入った。
蓮も後に続いた。
孝太郎は窓際へ歩き、空になったベッドを見つめた。
「……親父」
返事はない。
蓮は何も言わず、孝太郎のそばに立っていた。
しばらくして、孝太郎が口を開いた。
「蓮。お前、どう思う?」
「何が?」
「俺を拉致した連中の目的だよ」
「巻物を探してたんだろ?」
「ああ」
孝太郎は頷いた。
「もし、親父がその巻物を持ってたとする」
「うん」
「で、そいつらが親父から巻物を手に入れたとしたら……」
孝太郎はベッドを見つめた。
「何で親父を殺した?」
蓮は眉をひそめた。
「……確かに」
「欲しいものが巻物だったなら、手に入れた時点で目的は達成してる」
「口封じとかじゃねえのか?」
「その可能性はある」
孝太郎は腕を組んだ。
「だが、親父は龍触症で入院してた。記憶も曖昧になってたんだぞ」
「……」
「それに、巻物さえ手に入れりゃ、わざわざ殺さなくてもよかったはずだ」
蓮は考え込んだ。
「じゃあ、最初から祀さんを殺すつもりだったとか?」
「……それもあり得る」
「巻物だけじゃなくて、祀さん自身にも用があったってことか」
孝太郎は蓮を見た。
「そう考えると、話が変わってくる」
「どういうことだ?」
「親父は昔、かなり汚えことをやってたらしい」
孝太郎は拳を握った。
「恨んでる奴がいても、おかしくねえ」
蓮は黙った。
「巻物が目的だったのか。それとも、親父を殺すこと自体が目的だったのか」
「……両方ってこともあるよな」
「ああ」
孝太郎は頷いた。
「ただ、不自然なタイミングで開放された。しかも仮に親父そのものが目的ならわざわざ拉致なんかせず普通に殺しに行くだろう。俺が拉致された時は交渉目的で行ったと考える方が自然だ。」
「確かに、しかもお前に祀さんの過去を話してまで」
しばらく沈黙が続いた。
やがて蓮が口を開く。
「なあ、一つ気になるんだけどさ」
「何だ?」
「お前を拉致した連中が、祀さんを殺したんだとしたら……」
「……」
「何でお前は無事に帰されたんだ?」
孝太郎は黙った。
「だって、巻物が欲しいなら、お前を人質にして祀さんに要求できるだろ?」
「……ああ」
「それで、お前は解放された。その後に祀さんが殺された」
蓮は孝太郎を見た。
「お前の言うとおり殺し目的じゃなく巻物目当てになる」
孝太郎の表情が変わった。
孝太郎は俯いた。
祀の遺書が頭に浮かぶ。
『親として、お前を失うのが怖かったんだ。』
あの男は、自分に龍魄を飲ませなかった。
そして今度は、自分を助けるために龍禍録を差し出したのかもしれない。
だが、それならなおさら分からない。
「……だったら、何で殺したんだ」
孝太郎が呟いた。
「巻物を渡して、俺を解放させたんなら……それで終わりじゃねえのかよ」
蓮は答えられなかった。
孝太郎はゆっくり顔を上げた。
「……やっぱり、あそこにもう一回行くしかねぇな」
「あそこ?」
「俺を拉致したビルだ」
蓮が頷いた。
孝太郎は病室の出口へ向かった。
「まだ何か残ってるかもしれねえ」
「分かった。俺も行く」
二人は病室を出た。
孝太郎は一度だけ振り返り、空になったベッドを見た。
「……親父」
小さく呟く。
「何があったのか、必ず突き止めるからな」
そして、蓮とともに病院を後にした。




