遺された言葉 続き
玄武組の居間。
孝太郎は、祀の遺書を封筒に戻した。
澪はまだ、畳の上に座り込んでいた。
「……澪」
「なに、兄さん」
「ちょっと出てくる」
「……どこ行くの?」
「分かんねえ」
澪が顔を上げた。
「分かんないって……」
「悪い。少し、一人にさせてくれ」
孝太郎は立ち上がった。
澪は何か言いかけたが、結局、何も言わなかった。
「……うん」
孝太郎は玄関へ向かった。
靴を履き、扉を開ける。
外は曇っていた。
門を出ようとしたところで、見覚えのある男が歩いてくるのが見えた。
「……孝太郎?」
神代蓮だった。
「蓮……」
「ちょうどよかった。様子見に来たんだ」
「……そうか」
孝太郎はそれだけ答え、蓮の横を通り過ぎようとした。
「おい、どこ行くんだよ」
「……別に」
「別にって、何だよ」
「ほっといてくれ」
蓮は孝太郎の顔を見た。
目の下には隈ができ、肩は落ちている。
いつもなら何か言い返してくるはずの孝太郎が、まともに目も合わせようとしない。
「……お前、大丈夫か?」
「大丈夫だ」
孝太郎は力なく笑った。
蓮は言葉に詰まった。
「……祀さんのこと、辛いのは分かるけどさ」
「……」
「そんな顔してたら、祀さんだって……」
「お前に何が分かんだよ」
孝太郎が遮った。
蓮は黙った。
「……悪い」
孝太郎は視線を落とした。
「今のは忘れてくれ」
そう言って歩き出そうとする。
だが、蓮がその腕を掴んだ。
「待てよ」
「……何だよ」
「お前、何か隠してるだろ」
「別に何もねえよ」
「何で何も話してくれねぇんだ!」
孝太郎は振り返らなかった。
「……離せ」
「嫌だ」
「離せっつってんだろ」
「だったら、こっち向けよ!」
蓮の声が響いた。
孝太郎は足を止めた。
「昨日からずっとおかしいんだよ、お前!」
「……」
「急にいなくなったと思ったら、何も説明しねえで戻ってきて! 今度はそんな顔して、一人でどっか行こうとして!」
「……うるせえな」
「なぁ一体何があったか教えてくれ」
蓮は孝太郎の腕を離した。
「俺たち、仲間だろ!」
孝太郎は俯いたままだった。
「何があったか知らねえけど、一人で全部抱え込もうとすんなよ!」
「……」
「俺じゃ頼りねえのかよ!」
その言葉に、孝太郎が顔を上げた。
蓮は真っ直ぐ孝太郎を見ていた。
孝太郎はしばらく黙っていた。
やがて、力なく息を吐いた。
「……違えよ」
「……何が」
「お前が頼りねえとか、そういうんじゃねえ」
孝太郎は門の脇に腰を下ろした。
「……昨日のこと、話してなかったな」
蓮も隣にしゃがんだ。
「ああ」
「俺、決勝の後……拉致られてたんだ」
「……は?」
蓮の表情が変わった。
「拉致って……誰にだよ!」
「分かんねえ。医務室にいた男だ。並木って名乗ってた」
「医務室の……?」
「ああ。気づいたときには知らねえ建物で椅子に縛られてた」
蓮は拳を握った。
「何で言わなかったんだよ!」
「……別にあの時は本当に何もないと思ってたんだ。あの状況ですぐに開放された、今思えばあり得ない話なんだよな」
孝太郎は続けた。
「そこで、Sって名乗る男と話した」
「S?」
「電話越しにな。そいつが親父の昔のことを話し始めたんだ」
孝太郎は視線を落とした。
「親父が昔、人為的な龍災害に関わってたって」
「……祀さんが?」
「ああ」
「そんなわけ……」
「俺もそう思った」
孝太郎はポケットから封筒を取り出した。
「でも、これを見つけた」
「何だ、それ」
「親父の遺書だ」
蓮が封筒を見る。
「……遺書?」
「全部書いてあった。親父が昔やったことも、俺たちの本当の親を殺したことも」
蓮は言葉を失った。
「……嘘だろ」
「嘘だったら、どんなに良かったことか」
孝太郎は乾いた笑いを漏らした。
「それだけじゃねえ。俺は龍術が使えねぇ理由も書いてあった」
「……どういうことだ」
「盃を交わしたとき、親父が水にすり替えてたんだ」
蓮は目を見開いた。
「水……?」
「ああ。だから俺は、最初から龍術なんて使えるわけがなかった」
孝太郎は空を見上げた。
「……笑えるだろ」
蓮は何も言えなかった。
「正直、龍術の方は薄々そんな気がしてた。龍魄の話の時の親父の顔が話す度に強張ってたからな」
孝太郎は拳を握った。
「全部、無駄になったんだよ」
「……孝太郎」
「もう……疲れたよ」
孝太郎の声が震えた。
「俺、何のために今まで……」
そこで言葉が途切れた。
蓮はしばらく黙っていた。
やがて立ち上がり、孝太郎の前に立った。
「……おい」
「……何だよ」
「いつまでそうしてんだよ」
孝太郎が顔を上げる。
「……は?」
「無駄だったとか、何のためとか……そんなこと言ってどうすんだよ!」
「お前に何が……!」
「分かんねえよ!」
蓮が言い返した。
「お前の気持ちなんて、全部分かるわけねえだろ!」
「……」
「でもな!」
蓮は孝太郎を指さした。
「お前が今まで頑張ってきたことまで、無駄だったって言うなよ!」
孝太郎は目を見開いた。
「龍術が使えなくても、お前は決勝まで勝ち上がっただろ!」
「……」
「龍包囲も使えねえのに、あそこまで戦ったのはお前自身じゃねえか!」
孝太郎は何も言わなかった。
「親父さんが何をしたかは、俺にも分かんねえ。」
蓮は拳を握った。
「でも、お前がこれまでやってきた事は一つたりとも無駄じゃねぇ。」
「孝太郎…お前が信じた親父さんがお前に嫌われるの覚悟で全部本音で話したんじゃねぇのか?本当のとかじゃなくて、お前をそこまで育てた親がお前の本当の親なんだろ」
孝太郎は俯いた。
「……うるせえな」
「……ったく」
孝太郎は顔を覆った。
しばらくして、小さく笑った。
「……喝が入った。前を向かなきゃな」
孝太郎はゆっくり立ち上がった。
「……ありがとな」
蓮は少し驚いた顔をした。
「……お、おう」
孝太郎は封筒をしまった。
「……それで、話の続きなんだけどよ」
「まだあんのか?」
「ああ」
孝太郎の表情が変わった。
「俺を拉致った連中は、親父の過去を知ってた」
「……ああ」
「しかも、何かの巻物を探してた」
「巻物?」
「詳しいことは分かんねえ。でも、あいつらはそれを手に入れるために俺を捕まえたんだ」
孝太郎は続けた。
「そして、俺が解放された直後に親父が殺された」
蓮の表情が険しくなる。
「……まさか」
「ああ」
孝太郎は頷いた。
「確証はねえ。でも、偶然とは思えねえだろ」
「そいつらが祀さんを……?」
「可能性は高いと思ってる」
孝太郎は蓮を見た。
「犯人の目星はついてる。目的も、ある程度は分かってる」
「……」
「ただ、俺一人じゃどうにもならねえ」
孝太郎は一歩近づいた。
「蓮」
「何だ」
「……力、貸してくれねえか」
蓮は一瞬、驚いたように目を見開いた。
そして、笑った。
「当たり前だろ」
「……即答かよ」
「お前が頼んできたんだぞ。断る理由なんてねえよ」
孝太郎は小さく笑った。
「……そうか」
蓮は拳を突き出した。
「一緒に調べようぜ。祀さんに何があったのか」
孝太郎はその拳を見つめた。
そして、自分の拳を軽くぶつけた。
「ああ」
二人は並んで歩き始めた。




