幹部会 黒龍編
蒼真は手元の資料を一枚めくった。
「続いて、黒龍殺害事件についてです」
その言葉に、組長たちが資料へ目を落とす。
「先週、国から我々が管理を任されていた黒龍が、何者かによって殺害されました。現在も犯人は特定できていません」
九条が説明を引き継いだ。
「現場では、黒龍の遺体を検死解剖し、残された龍術痕の調査を行いました」
「それで、何か分かったんですか?」
原道が尋ねる。
「残念ながら、犯人の特定につながる情報は得られていません」
九条は資料に目を落とした。
「ただし、一つだけ判明したことがあります。黒龍に残された龍術痕からは、固有の性質が検出されませんでした」
「性質が出ていない?」
南場が聞き返す。
「はい。検死を担当した者の見解では、龍印による固有の術を使用せず、龍包囲のみで黒龍を倒した可能性が高いとのことです」
その報告に、組長たちの間で小さなどよめきが起こった。
「龍包囲だけで、あの黒龍を?」
紫苑が眉をひそめる。
「そういうことになります。ただし、現時点では断定できません」
すると奈良部が椅子にもたれかかった。
「ほな、手がかりゼロやな。今時、龍包囲も使えないやつは龍術師におらんやろ」
「問題はそこではないでしょう」
世良が口を開いた。
「龍包囲しか使っていないということは、相手の性質が分からないということです。それでいて黒龍を殺せるほどの実力を持っている」
「確かにな」
丸野が頷いた。
「龍包囲だけで黒龍を仕留めたってんなら、相当な使い手だろうな」
大方が資料を閉じた。
「だが、それだけでは探しようがない。龍術師全員を調べるわけにもいかんだろう」
九条が頷く。
「おっしゃる通りです。現在は周辺の記録や目撃情報を調べていますが、有力な手がかりは見つかっていません」
しばらく沈黙が続いた。
蒼真が口を開く。
「現状、犯人について分かっていることはほとんどありません。ですが、国から管理を任されていた以上、このまま放置するわけにはいきません」
蒼真は組長たちを見渡した。
「各組でも情報収集にご協力ください。黒龍の殺害に関する情報が入れば、すぐに本家へ報告をお願いします」
「承知しました」
九条が答える。
「ただし、犯人が判明するまでは、憶測で特定の組織や人物を疑うことは避けてください」
蒼真はそう付け加えた。
「我々が今すべきことは、犯人を決めつけることではなく、事実を報告する事ですから。」
出席者たちは静かに頷いた。
「それでは、黒龍殺害事件については引き続き調査を進めることとします」
蒼真は資料を閉じた。
「本日の議題は以上です。皆さん、お忙しい中ありがとうございました」
こうして、龍牙連合の幹部会は終了した。
一方、その頃。
龍討祭の会場から少し離れた古びた建物。
薄暗い一室では、荒木孝太郎が椅子に縛りつけられたまま、床を見つめていた。
Sとの通話が終わってから、どれほど時間が経っただろうか。
頭の中では、先ほど聞かされた言葉が何度も繰り返されていた。
千堂祀が人為的な龍災害に関わっていたこと。
その災害によって、多くの人間が命を落としたこと。
そして、自分たちの記憶にまで手を加えていたという話。
「……ふざけんなよ」
孝太郎が小さく呟いた。
部屋の隅に立っていた並木が顔を向ける。
「何か言いました?」
「別に」
「そうですか」
並木はそれ以上追及せず、壁にもたれかかった。
しばらく沈黙が続いた。
「なあ」
今度は孝太郎の方から声をかけた。
「はい?」
「さっきの話、全部本当なのか?」
「どの話でしょう」
「親父が龍災害を起こしてたって話だよ」
並木は少し考えるような仕草を見せた。
「少なくとも、Sさんはそう考えているのでしょう」
「そんなの証拠になんねえだろ」
「確かに、そうですね」
あっさりと認められ、孝太郎は眉をひそめた。
「だったら証拠を見せろよ」
「証拠、ですか」
「ああ。親父が本当にそんなことをしたっていうなら、何か残ってるはずだろ」
並木は孝太郎をじっと見た。
「その証拠になり得るのが龍禍録ですね」
「俺は拉致られてここで証拠もなしに疑うことは出来ないし、親父より到底お前たちの方が怪しいしな」
「別にあなたが信用しなくても構わない。龍禍録が手に入ればね」
並木は淡々と答えた。その後何かを確かめるように部屋を出ていった。
一人残された孝太郎は、深く息を吐いた。
親父がそんなことをするはずがない。
そう言い切りたかった。
だが、なぜ自分は昔のことをはっきり思い出せないのか。
祀が病院で龍触症と診断されたときも、孝太郎はただ治療費のことばかり考えていた。
親父がそれまで何をしてきたのか。
自分たちを引き取る前、どんな人間だったのか。
考えてみれば、知らないことの方が多かった。
「……親父」
孝太郎は俯いた。




