幹部会 続き
龍牙連合幹部会 — 第一議題・龍魄盗難事件
「それでは、まず龍魄盗難事件について、皆さんのご意見を伺いたいと思います」
蒼真がそう告げると、最初に口を開いたのは奈良部だった。
「俺は返しをするべきだと思います」
奈良部は机に両肘をつき、出席者たちを見渡した。
「龍魄を盗まれたんですよ。それも、鳴神所の連中に。ここで何もしなければ、うちは何をされても黙っている組織だと思われかねません」
「確かにな」
紫苑が頷いた。
「今回の件、簡単に済ませていい話でもないでしょう」
そこで南場が口を開いた。
「しかし、返しをするとなれば、こちらにも相応の覚悟が必要になりますよ」
「覚悟?」
「相手も龍術師を抱える組織です。我々が動けば、向こうも黙ってはいないでしょう。そうなれば、組織同士の抗争に発展する可能性があります」
奈良部が眉をひそめた。
「それって、言うと何ですかい。このまま黙って引き下がれと……」
「もちろん許してはいません。返しをする必要があるのか、考えるべきだと言っているんです」
二人のやり取りを聞いていた原道が、資料を指で叩いた。
「一つ確認したいんですが、龍魄の確保については現在どうなっているんです?」
九条が答える。
「その点については問題ありません。別のルートから必要な量を確保する予定です。」
「つまり、今回盗まれた分が原因で、今後の活動に支障が出るわけではないと?」
「ええ。現状、龍魄の供給に問題はありません」
原道は頷いた。
「だったら、なおさら慎重に考える必要がありますね。実害を取り戻すための戦いではなく、面子のための戦いになるわけですから」
「別に面子は重要視すべきだろ」
奈良部が言った。
「もちろんです。ただ、そのためにどこまで犠牲を払うのかという話ですよ」
そこで大方が口を開いた。
「俺も原道と同じ考えだな」
大方はゆっくりと続けた。
「龍術師同士が本気でぶつかれば、どうなるか分からん。建物が壊れる程度で済めばいいが、一般人が巻き込まれる可能性だってある。それは龍災害と何ら変わらん」
奈良部が口を挟む。
「別に街のど真ん中でやる事はないでしょう」
紫苑が問い返す。
「それは分かる。だが、今すぐ返しをしなければならんほど、我々は追い詰められているのか?」
紫苑は答えず、腕を組んだ。
そのとき、丸野が口を開いた。
「俺は今回、実際に現場で連中とやり合ってます」
全員の視線が丸野へ向いた。
「正直、複雑な気持ちです。黒崎はうちの元組員でしたし、何であんな事になったのか」
丸野は一度言葉を切った。
「ただ、返しをしに行くには被害が少ないし、丸く収めるのもありかなと」
奈良部が丸野を見た。
「お前は返しをしなくていいと言うのか?」
「はい。今回はそうすべきです」
丸野は短く答えた。
「それに、向こうも一応、筋は通してきたんでしょう?」
その言葉を受け、蒼真が頷いた。
「ええ。その件についても、皆さんにお伝えしておかなければなりません」
蒼真は九条に目を向けた。
九条が資料を一枚めくる。
「先日、鳴神所の増井が本部を訪れました。今回の龍魄盗難事件について、直接詫びを入れたいとのことでした」
奈良部が鼻を鳴らした。
「詫びだと?」
「はい。そして、その際にあるものを持参してきました」
九条は淡々と続けた。
「黒崎の生首です」
室内が静まり返った。
「……黒崎?」
世良が確認するように尋ねた。
「今回の事件に関与していた、あの黒崎ですか?」
「その黒崎です」
九条が答える。
「増井は、今回の不始末に対するけじめとして差し出してきました」
しばらく誰も口を開かなかった。
やがて野間が尋ねた。
「それで、増井は何と?」
「今回の件については、これでどうか収めていただきたい、と」
「随分と思い切ったことをするな」
原道が呟いた。
南場が口を開く。
「相手がちゃんとけじめつけてきたのならこれ以上は踏み込めないな。下手に動けばこちら側が世間や国から何と言われるか」
「だが、それで全部済ませていいのか?」
奈良部はまだ納得していない様子だった。
すると世良が静かに言った。
「首謀者の首までちらつかせられたら、もう動けないですわ。これ以上は関わるなと言われてるもんですね」
「そうやな」
世良は蒼真へ視線を向けた。
「会長は、どうお考えですか?」
蒼真は少しの間、黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「私は、今回の件について返しを行う必要はないと考えています」
奈良部が顔を上げた。
「会長、それは……」
「もちろん、龍魄を盗まれたことを軽く見ているわけではありません」
蒼真は落ち着いた声で続けた。
「しかし、必要な龍魄はすでに別のルートから確保できています。そして、相手方からも一応の詫びがありました」
蒼真は出席者たちを見渡した。
「そのうえで、我々が返しを行えばどうなるでしょうか。しかもうちは国民の税金で動いてる立場だ返しだとか言って動けば良い印象は与えないと思います」
誰も答えなかった。
「それに、龍術師同士の抗争になれば、被害は我々だけにとどまりません。関係のない人々まで巻き込むことになります」
蒼真は少し声を強めた。
「我々は国から信頼を受けている組織です。その我々が、面子を守るためだけに大きな争いを起こしてよいのでしょうか」
奈良部は黙って聞いていた。
「無論、何をされても許すということではありません。今後、同じようなことが起これば、そのときは改めて対応を考えます」
蒼真は一度言葉を切った。
「ですが、今回については、これ以上の争いを広げるべきではない。私はそう考えています」
九条が口を開いた。
「では、今回の龍魄盗難事件については、鳴神所への返しを行わない方針でよろしいでしょうか」
蒼真は頷いた。
「はい。ただし、今後も鳴神所の動向には注意を払ってください」
「承知しました」
九条が答える。
蒼真は改めて組長たちを見渡した。
「皆さん、いかがでしょうか」
しばらく沈黙が続いた。
やがて奈良部が大きく息を吐いた。
「……会長がそこまでお考えなら、俺からは何もありません」
ほかの組長たちも、異議を唱えることはなかった。
「ありがとうございます」
蒼真は小さく頭を下げた。
「それでは、今回の龍魄盗難事件について、龍牙連合からの返しは行わないこととします」
九条が決定事項を記録する。
こうして、第一議題についての方針が定まった。
蒼真は手元の資料を入れ替えた。
「では、続いて二つ目の議題に移りたいと思います」
その場にいる全員の視線が、再び蒼真へ集まる。
「先週発生した、黒龍殺害事件についてです」




