探し物
第六十一話
並木は孝太郎の拘束を確かめると、スマートフォンを取り出した。
数回の呼び出し音のあと、電話がつながる。
『どうした、黒崎』
「準備が整いました。荒木孝太郎の身柄は確保しています」
『ご苦労。意識は?』
「まだ戻っていません」
『目を覚ましたら、もう一度連絡しろ。私が直接話す。くれぐれも鳴神所だと悟られないように』
「承知しました」
並木は通話を切り、椅子に腰を下ろした。
*
「……っ、いてて」
孝太郎はゆっくりと目を開けた。
知らない天井だった。
身体を起こそうとした瞬間、手首に痛みが走る。
「……あ?」
両手が背中側で縛られている。足も椅子に固定され、身動きが取れない。
「なんだよ、これ……」
「お目覚めですか」
声のした方を見ると、並木が立っていた。
「並木さん? ……おい、どういうことだよ」
「少々、お話を伺いたいことがありまして」
「話なら普通に聞けよ! なんで縛られてんだ、俺は!」
並木は答えず、スマートフォンを取り出した。
「目を覚ましました」
『そうか。代わってくれ』
並木は通話をスピーカーに切り替え、机の上に置いた。
『荒木孝太郎君。聞こえるかね?』
「……誰だよ」
『私はSだ』
「何がSだよ」
『君にはまだ本名を明かさないからね』
「俺を拉致して何のようだ?」
『少し、探し物をしていてね』
「探し物?」
『君は、ある巻物について何か知らないかね?』
孝太郎は眉をひそめた。
「……巻物?」
『そうだ。正式名称を龍禍録、政府の機密資料での呼称を原種封印巻と呼んでいる』
「知らねえな。なんだよ、それ」
『本当に知らないのかね?』
「知らねえもんは知らねえよ。何でそんなものを俺が持ってなきゃいけないんだよ」
山道は少し黙った。
『では、その巻物がどういうものなのか教えてあげよう』
「……は?」
『龍のウイルスが封印された巻物だ』
孝太郎は一瞬、言葉を失った。
「龍の……ウイルス?」
『そうだ。人間を人為的に龍化させるためのものだよ』
「そんなもんがあんのかよ……」
『あるとも。かつて、それを利用して巨額の利益を得た者たちがいた』
「……誰だよ」
『千堂祀だ』
孝太郎の表情が険しくなった。
「……親父が?」
『昔の龍牙連合は、今ほど大きな組織ではなかった。資金も人員も不足していた。そこで千堂祀は、政府の一部関係者と手を組んだんだ』
「何のために?」
『龍災害を起こすためだよ』
「……は?」
『ウイルスを使って人為的に龍化獣を生み出し、それを龍牙連合が討伐する。災害が繰り返されれば、国民は政府に守ってもらおうとする。防衛費は増額され、龍牙連合には多額の資金が流れ込む』
「……ふざけんな」
『事実だよ』
「親父がそんなことするわけねえだろ!」
『君は千堂祀の昔をどれほど知っている?』
「……っ」
『彼は自ら現場に出て龍化獣を討伐していた。だが、その殆どは自作自演で金儲けのために行われていたんだ』
孝太郎は歯を食いしばった。
「証拠もねえくせに、好き勝手言いやがって……!」
『証拠か。それこそ、私が探している巻物だよ』
「……」
『そこにはウイルスの原種と、その生成方法が封印されている。千堂祀は計画から手を引いたあと、それをどこかへ隠した』
「だったら親父に聞けばいいだろ。なんで俺なんだよ」
『彼は何も話そうとしないのか、龍触症の影響で覚えてないのでね。君なら、何か聞かされているかと思ったんだ』
「残念だったな。何も知らねえよ」
『そうか……』
山道は少し間を置いた。
『では、もう一つ聞こう。千堂祀がなぜ、あれほど多くの孤児を引き取っていたのか、考えたことはあるかね?』
「……何?」
『龍化した親を持つ子供たちだよ。彼はそうした子供たちを引き取り、名前を変え、育てていた』
「それがどうした」
『罪滅ぼしのためにしていた』
孝太郎の目が細くなった。
『自分が龍化させた人間の子供を引き取っていた。せめて子供だけでも救いたいと考えたんだろう』
「……黙れよ」
『だが、真実を知られては困る。だから幻術を使い、子供たちの記憶に少しずつ干渉した。自分が何をしてきたのか、知られないようにね』
「黙れっつってんだろ!」
孝太郎が身体を揺らした。
縄が手首に食い込む。
「親父は俺たちを育ててくれたんだ! 何も知らねえくせに、勝手なこと言ってんじゃねえ!」
『君こそ、何も知らないのではないかね?』
「……っ」
『私の父も、当時の計画に関わっていた政府関係者の一人だった』
山道の声が低くなった。
『だが、千堂祀はその父を殺した。計画の秘密を守るためにね』
「……嘘だ」
『君が信じようと信じまいと、過去は変わらない』
孝太郎は俯いた。
親父が龍災害を起こしていた。
子供たちの記憶を変えていた。
そして、人を殺した。
どれも信じられる話ではなかった。
だが、山道がここまでして探しているという巻物。
その存在だけが、妙に引っかかっていた。
(……待てよ)
孝太郎はふと、ある日のことを思い出した。
初めて任務に向かう前。
祀に呼び止められ、一つの巻物を渡された。
『万が一のときのために、お前が持っておけ』
確か、そんなことを言われた。
中身について詳しい説明はなかった。
孝太郎も、特に気にしていなかった。
(……まさか)
山道が探している巻物。
祀が隠したという巻物。
そして、自分が預かったあの巻物。
(……あれのことか?でも初任務でそんな恐ろしい巻き物を渡すか?)
孝太郎は思わず顔を上げそうになり、すぐに視線を落とした。
まだ確証はない。
だが、もし同じものだとしたら。
あれを山道たちに渡すわけにはいかない。
『荒木君。何か思い出したかね?』
山道の声に、孝太郎は顔を上げた。
「……何も」
『私は君にこの話をしたのは、君がこの話を聞いて仲間になってくれると思ったからだ』
「なる訳ねぇだろ!胡散臭さぇやつに拉致られた挙句うちの親父を龍災害の元凶だと言った奴に」
山道はしばらく黙っていた。
『君は千堂祀にとって、大切な存在のようだからね。何か託されていてもおかしくないと思ったんだが』
「だったら見当違いだったな」
『……そうか』
電話の向こうで、小さく息を吐く音がした。
『並木』
「はい」
『引き続き、彼から話を聞いてくれ。何か思い出すかもしれん』
「承知しました」
通話が切れた。
孝太郎はスマートフォンから視線を外し、唇を噛んだ。
(親父……)
初任務のときに渡された巻物。
なぜ自分に預けたのか。
なぜ中身を教えてくれなかったのか。
今になって、疑問が次々と浮かんでくる。
(……帰ったら、全部聞かせてもらうからな)
孝太郎は縛られた両手を握りしめた。




