次の計画
第五十八話
龍討祭の会場から少し離れた廊下。
並木健介は人の気配がないことを確認すると、懐から携帯電話を取り出した。
連絡先を開き、指定された番号へ発信する。
数回の呼び出し音のあと、相手が応答した。
『どうした、黒崎』
「山道所長。ご報告があります」
電話の相手は、鳴神所の所長、山道武則だった。
「千堂祀の周辺を探っていますが、現時点では巻き物の所在を確認できていません」
『荒木孝太郎から聞き出せなかったのか?』
「はい。探りを入れましたが、巻き物について何か知っているのか、確証は得られませんでした。祀の容体についても、詳しい事情までは知らないようです」
『……千堂祀は、あの件を荒木孝太郎に話していないということか』
「その可能性が高いかと。少なくとも、私が病院で接触した件については、何も知らない様子でした」
電話の向こうで、山道が短く息を吐いた。
『これ以上、世間話を続けても埒が明かんな』
「私もそう考えています」
『なら、方針を変える』
山道の声が低くなった。
『荒木孝太郎の身柄を拘束しろ』
「……誘拐、ということですか」
『本人を押さえ、巻き物のありかを吐かせる。あまり、事を荒立てたく無かったが』
「承知しました。ただ、現在は龍討祭の最中です。彼はこれから決勝戦に出場します」
『会場で騒ぎを起こすつもりはない。決勝戦が終わるまで待て』
山道は淡々と続けた。
『試合の直後は、仲間との会話や帰り支度で動きが生じる。そこを狙え。人目のつかない場所でやるように』
「分かりました」
『それと、変装してるだろうから変装したまま誘拐するように。万が一バレたとして、鳴神所がやったという証拠を残さないように』
「ご安心ください。今のところ、私を疑っている様子はありません」
『なら、そのまま信頼させておけ。巻き物の所在が分かるまでは、余計なことをするな』
「承知しました」
通話が切れた。
並木は携帯電話をしまい、廊下の先へ目を向けた。
会場からは、観客の歓声が聞こえてくる。
決勝戦が始まろとしている。
「……次の作戦に動くか」
並木は小さく呟くと、何事もなかったかのように会場へ戻っていった。
◇
龍討祭も、いよいよ最後の試合を迎えようとしていた。
会場を埋め尽くす観客たちの熱気は、これまでの試合とは比べものにならない。
龍牙連合と不動会。
二つの勢力が激突した大会も、残すところあと一戦。
すでに龍牙連合の勝利は決まっていた。しかし、だからといって最後の試合に意味がないわけではない。
むしろ、ここまで勝ち上がってきた二人だからこそ、譲れないものがあった。
「それでは、龍討祭――最終試合を開始します!」
場内アナウンスが響き渡る。
「龍牙連合所属、神崎玲司!」
大歓声が巻き起こる中、先に姿を現したのは神崎玲司だった。
歓声に応えることもなく、玲司は真っすぐに試合場へと歩いていく。
その表情に浮かんでいるのは、いつもと変わらない落ち着きだった。
続いて、反対側の入場口が開く。
「龍牙連合所属、荒木孝太郎!」
名前が呼ばれると、会場のあちこちから声が上がった。
孝太郎は観客席を見渡すこともなく、試合場へと足を進める。
御影との試合で負った疲労は、まだ完全には抜けていない。それでも、足取りに迷いはなかった。
二人が試合場の中央で向かい合う。
「まさか、お前と最後にやることになるとはな」
玲司が口を開いた。
「お互いに最後の試合本気出して頑張ろうな」
「候補の途中出場の分際で偉そうだな」
「負けた時の言い訳が楽しみだな」
玲司がわずかに口元を緩める。
孝太郎も笑みを返した。
やがて、審判を務める積田が二人の間に立った。
「両者、所定の位置へ」
二人は指示に従い、互いに距離を取る。
会場のざわめきが、少しずつ静まっていった。
「それでは――構え!」
玲司が腰を落とす。
孝太郎も静かに拳を握った。
互いの視線が交差する。
「始め!」
積田の声が、会場に響き渡った。




