↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無盃の将  作者: G
1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/82

探り

 第五十七話


龍討祭の喧騒から離れた医務室には、静かな時間が流れていた。


 ベッドに横たわる蓮の顔色は、先ほどよりもだいぶよくなっている。


 その傍らで、並木健介が容体を確認していた。


「ひとまず、危険な状態は脱したよ。しばらく安静にしていれば、少しずつ動けるようになるはずだ」


「そうですか……。ありがとうございます」


 蓮が小さく頭を下げる。


「礼はいらないよ。患者を治すのが僕の仕事だからね」


 並木が穏やかに笑った、そのときだった。


「蓮!」


 医務室の扉が勢いよく開いた。


 孝太郎が、どこか嬉しそうな顔で入ってくる。


「お前、もう大丈夫なのか?」


「孝太郎……。ああ、さっきよりはな」


「それはよかった。」


 孝太郎はほっとしたように息を吐き、それから蓮の顔を見て笑った。


「それより聞いてくれ。俺、勝ったぞ」


「知ってるよ。そこのモニターで見てたから」


 孝太郎が笑うと、蓮もつられるように口元を緩めた。


「やっぱ強いな孝太郎は……」


「お前の仇は取ったぞ」


「別に仇じゃねえよ」


「細かいことはいいだろ」


「よくねえよ」


 蓮が呆れたように返す。


 いつもの調子だった。


 孝太郎はベッドの脇に立ち、蓮の顔色を改めて確かめる。


「でも、本当に大丈夫なのか? 無理すんなよ」


「分かってる。お前こそ、あんな戦い方して大丈夫なのか?」


「俺は平気だ。ちょっと締め上げられただけだしな」


「ちょっと、ね……」


 蓮は苦笑した。


 御影の鎖に捕らえられた孝太郎の姿を思い出したのだろう。


「まあ、勝ったならいいけどな」


「ああ」


 二人の会話を聞いていた並木が、穏やかに口を挟んだ。


「仲がいいんだね。君が来てから、彼の表情も明るくなった」


「そうですか?」


 孝太郎は並木に顔を向けた。


「俺は荒木孝太郎です。蓮を治してくれて、本当にありがとうございます」


 孝太郎は深々と頭を下げた。


「こいつが無事だったのは、あなたのおかげです」


「そんなにかしこまらなくていいよ。できる限りのことをしただけだから」


 並木は柔らかく笑った。


「でも、感謝しているのは本当です」


「そう言ってもらえるなら、治療した甲斐があったよ」


 並木はそう答えながら、孝太郎の様子を静かに観察していた。


 素直で、感情が表に出やすい。


 少なくとも今の孝太郎からは、自分を疑っている様子は感じられなかった。


 話を聞くなら、今がいい。


「ところで、荒木君」


「はい?」


「龍討祭に出るなんて君たち相当強いんだね。」


「そんなことは……」


 孝太郎は少し考えてから答えた。


「今回俺たちは訳あって、この大会に参加させて貰ってます。」


「へーそうなんだ。」


「はい!」


 孝太郎は蓮を見た。


 蓮は何も言わなかったが、わずかに笑っていた。


 並木は頷き、話題を変えるように尋ねた。


「この大会では、龍魄の他に賞金も高い。なんか使い道があるのかな?」


「はい。今病気で入院してる家族を治したくて」


 孝太郎の表情が少し変わった。


「親父が、今ちょっと大変な状態なんです」


「親父さん?」


「千堂祀っていう人です。玄武組の組長で俺の育ての親にあたります。」


 並木は、表情を変えずに聞いていた。


「そうか。今は入院しているのかい?」


「はい。龍触症で」


「それは心配だね。容体はどうなんだい?」


「詳しいことは、医者から聞いた話くらいしか分かりません。良くなっているのか、悪くなっているのか……正直、俺にもはっきりとは」


 孝太郎は視線を落とした。


「ただ、親父はずっと俺たちを守ってくれた人だから。今度は俺が、何かできればと思ってます」


「そうなんだね」


 並木は静かに頷いた。


 孝太郎は祀の容体を案じている。


 だが、祀が何を考え、何を隠しているのかまでは知らないようだった。


 ならば、もう少しだけ探ってみる価値がある。


「その祀さんから何か預かってたりしない?」


「預かりもの、ですか?」


「うん。大事な人が病気になったりすると、何かを託されることもあるだろう。言葉でも、品物でもね」


 並木は、あくまで何気ない調子で続けた。


「そういうものがあれば、本人が話せないことを知る手がかりになるかもしれない」


 孝太郎は少し考えた。


 だが、並木の質問に不審なものを感じた様子はなかった。


「……いや、特には」


「そうか」


 並木はそれ以上、踏み込まなかった。


 ここで追及すれば、かえって警戒される。


 祀から何かを受け取っているのか。それとも、本当に何も知らないのか。


 今の反応だけでは判断できなかった。


 しかし、一つ気になることがあった。


 孝太郎は祀の容体について、医師から聞いた程度のことしか知らないと言った。


 それだけではない。


 病院で祀と接触した、あの一件についても、まるで知らない様子だった。


 並木の脳裏に、病室で祀と向き合ったときの光景がよみがえる。


 あの男は、孝太郎に何も話していないのか。


 それとも、話せない事情があるのか。


 少なくとも、孝太郎は黒崎との接触を知らされていない。


 並木は内心でそう結論づけた。


「並木さん?」


 孝太郎の声に、並木は我に返った。


「どうかしました?」


「いや、何でもないよ。少し考え事をしていただけだ」


 並木はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。


「君も今日は疲れただろう。蓮君も、まだ休ませてあげた方がいい」


「そうですね。長居しても悪いですし」


 孝太郎は蓮に向き直った。


「じゃあ、俺は戻るよ。ゆっくり休めよ」


「お前もな。決勝、頑張れよ」


「ああ」


 孝太郎は笑って手を振り、医務室を出ていった。


 扉が閉まる。


 並木はしばらく、その扉を見つめていた。


 祀は、孝太郎に何を隠しているのか。


 そして、あの巻き物は今どこにあるのか。


 まだ確かなことは何も分からない。


 だが、孝太郎が祀の事情をすべて把握しているわけではないことだけは分かった。


 並木は再び蓮へ視線を戻し、何事もなかったかのように声をかけた。


「神代君、痛みはどうだい?」


 その声は、先ほどまでと変わらず穏やかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。