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無盃の将  作者: G
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御影対荒木孝太郎

 第五十六話


孝太郎が試合場へ足を踏み入れると、向かい側に立つ御影透が静かに目を向けた。


「俺はどっちでも構わないけどな」


「少し待たせたな始めようぜ」


 孝太郎は淡々と答え、御影と向かい合った。


 積田が二人の間に立つ。


「これより準決勝第二試合、神代蓮に代わり荒木孝太郎が出場する。両者、準備はいいな?」


 御影が頷く。


 孝太郎も短く返事をした。


「それでは――始め!」


 合図と同時に、御影が右手をわずかに動かした。


 孝太郎は反射的に横へ跳んだ。


 直後、何もない空間を何かが薙いだ。


「……?」


 孝太郎は着地すると同時に、先ほどまで自分が立っていた場所を見た。


 何もない。


 だが、嫌な感覚だけが残っていた。


 御影が再び手を動かす。


 孝太郎は前へ踏み込みかけた足を止め、今度は身を低くして横へ転がった。


 頭上を、見えない何かが通り過ぎた。


「へえ」


 御影が小さく声を漏らす。


「今のも避けるか」


 孝太郎は立ち上がり、御影との距離を測った。


 見えない。


 攻撃の軌道も、届く範囲も分からない。


 それでも、何かが来る直前には、ほんのわずかな違和感があった。


 理屈ではない。


 危険を感じた瞬間、身体が勝手に動いている。


 孝太郎はそれを頼りに、御影の攻撃をかわし続けた。


 右へ避ける。


 身を捻る。


 後ろへ跳ぶ。


 時には地面すれすれまで身体を沈め、紙一重で攻撃を逃れた。


 しかし、反撃の機会はなかなか訪れない。


 御影へ踏み込もうとすれば、見えない攻撃が進路を塞ぐ。無理に近づけば、足元に違和感が走る。


 孝太郎は防戦を強いられていた。


「逃げるのは上手いな」


 御影が言った。


「逃げてても勝てないぞ」


 孝太郎は息を整える。


 御影はその様子を観察していた。


 攻撃を避ける反応は鋭い。動きにも無駄が少ない。


 だが、ここまで一度も龍術を使っていない。


 龍印を結ぶ気配もなければ、魄の性質を利用する様子もない。


 御影の口元に、薄い笑みが浮かんだ。


「まさか、お前龍術が使えないのか?」


 孝太郎は答えなかった。


 その沈黙を肯定と受け取ったのか、御影は両手をゆっくりと持ち上げた。


「なら、長引かせる必要もないな」


 空気が変わった。


 孝太郎の背筋に、これまで以上に強い危険の感覚が走る。


 次の瞬間、見えない何かが四方から迫った。


 孝太郎は身体を捻り、一本をかわす。


 しかし、続く攻撃までは避けきれなかった。


 腕に何かが巻きつく。


 続いて胴、脚。


「っ……!」


 孝太郎が身体を動かすより早く、見えない鎖が全身を拘束した。


 御影が両手を握り込む。


 鎖が一斉に引き絞られた。


「捕まえた」


 孝太郎の身体が強く締めつけられる。


 腕を動かそうとしても、鎖が食い込んで動かない。脚にも力が入らず、踏ん張ることすら難しかった。


 御影は余裕の表情で歩み寄る。


「どうする? 降参するか?」


 孝太郎は歯を食いしばった。


「……誰が」


「意地を張っても無駄だ。お前には龍術がない。こっちは両手で鎖を操っている。逃げ道もない」


 御影がさらに両手に力を込める。


 鎖がきしむように締まり、孝太郎の身体がわずかに沈んだ。


「今なら、まだ自分で降参できるぞ」


 孝太郎は答えない。


 御影の手に、さらに力がこもった。


「一般人じゃ反撃出来ないよな」


「……」


 孝太郎は苦しげに息を吐いた。


「さっさと降参しろ」


「この攻撃じゃ俺は止まらない」


 御影の表情から笑みが消えた。


 両手が強く引かれる。


 孝太郎の身体が大きく締め上げられた。


 観客席から、息を呑む音が広がる。


 誰の目にも、孝太郎に反撃の手段は残されていないように見えた。


 御影は勝利を確信したように、鎖を操る両手へ意識を集中させていた。


 そのときだった。


 孝太郎の手が、わずかに動いた。


「――なに?」


 御影が気づいたときには、遅かった。


 孝太郎の手には、拳銃が握られていた。


 御影の目が見開かれる。


 鎖を操る両手は、どちらも塞がっている。


 反応が遅れた。


 御影はとっさに魄を巡らせ、龍包囲で身体を覆おうとした。


 だが、間に合わない。


 ――パンッ!


 乾いた銃声が会場に響いた。


 続けて、もう一発。


 ――パンッ!


「ぐっ……!」


 御影の身体が揺れた。


 龍包囲は間に合わず、二発の銃弾を受け止めきれなかった。


 それでも御影は、鎖を手放さなかった。


「この……!」


 両手に力を込め、孝太郎を押さえつけようとする。


 だが、孝太郎はすでに次の動作へ移っていた。


 拘束された姿勢のまま、手元で弾を込め直す。


 御影が目を見張った。


「まだ……!」


 孝太郎は狙いを定めた。


 ――パンッ!


 御影の身体が後ろへ傾く。


 間を置かず、四発目。


 ――パンッ!


「がっ……!」


 御影の膝が揺らいだ。


 両手に込めていた力が、一瞬だけ途切れる。


 そのわずかな乱れを、孝太郎は逃さなかった。


 身体を捻り、鎖の締めつけが緩んだ隙間から腕を引き抜く。


 続いて肩を抜き、拘束を振りほどいた。


 自由になった孝太郎は、距離を取らずに御影を見据えた。


 御影は立っていた。


 しかし、その身体は大きく揺れ、両手も先ほどのようには動かない。


 見えない鎖が、次々と力を失って消えていった。


「……銃、だと……」


 御影が信じられないものを見るように呟く。


 孝太郎は拳銃を構えたまま、息を整えた。


「龍術を使えないと油断をしたお前の負けだ」


「……っ」


「降参したらどうだ?」


 孝太郎は御影から目を離さなかった。


 御影は再び両手を動かそうとしたが、先ほどまでの力は戻らない。


 鎖は現れなかった。


 数秒の沈黙。


 御影の身体が、ゆっくりと傾いた。


 積田がすぐに試合場へ踏み込む。


「そこまでだ!」


 孝太郎は拳銃を下ろした。


 御影はその場に膝をつき、悔しげに歯を食いしばった。


「勝者――荒木孝太郎!」


 積田の宣言と同時に、会場が大きく沸いた。


 龍術を使えない男が、見えない鎖を操る龍術師を破った。


 誰もが予想していなかった結末だった。


 孝太郎は拳銃をしまい、御影を一瞥した。


 余裕などなかった。


 一つでも判断を誤っていれば、今ごろ自分が倒れていた。


 それでも、勝った。


 孝太郎は短く息を吐き、すぐに蓮のいる医務室に向かった。

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