戸惑い
第六話
黒龍の爪が、蓮の目前まで迫る。
その瞬間――
「──《龍術・雷牙》」
宗玄の拳から蒼白い雷が迸った。
轟音とともに黒龍の横腹へ直撃する。
黒龍の巨体が数メートル吹き飛び、森の木々をなぎ倒した。
「蓮! 今のうちに逃げろ!」
宗玄が叫ぶ。
だが蓮の足は動かなかった。
黒龍を見た瞬間から、胸の奥が焼けるように熱い。
鼓動が異様なほど速くなる。
(なんだ……これ……)
心臓ではない。
もっと深い場所。
まるで体の奥で、何かが目を覚まそうとしている。
黒龍もまた立ち上がり、蓮から目を離さない。
低く唸りながら、一歩、また一歩と近づいてくる。
その黄金色の瞳には、敵意だけではない感情が宿っていた。
戸惑い。
懐かしさ。
そして――悲しみ。
「……グァ……」
黒龍が初めて言葉にならない声を漏らす。
宗玄の表情が凍りつく。
「まさか……」
龍化した者は理性を失う。
言葉も感情も消える。
それが常識だった。
なのに目の前の黒龍は違う。
まるで蓮を知っているかのような眼差しを向けている。
「蓮! 見るな!」
宗玄は再び踏み込み、龍術を放つ。
「《龍術・裂牙衝》!!」
無数の衝撃波が黒龍へ襲いかかる。
だが――。
黒龍は避けようともしなかった。
その視線は最後まで蓮だけを見つめていた。
衝撃波が身体を切り裂き、黒い血が地面へ飛び散る。
それでも黒龍は倒れない。
「……どういうことだ。」
宗玄が息を飲む。
次の瞬間。
黒龍は突然空を仰ぎ、苦しそうに咆哮した。
「GAAAAAAAAAAAッ!!!」
凄まじい龍気が森中を吹き荒れる。
木々が軋み、大地が震える。
蓮は思わず胸を押さえた。
「うっ……!」
胸の奥の熱が一気に膨れ上がる。
ドクン――。
黒龍の鼓動と、自分の鼓動が重なった気がした。
その瞬間、蓮の脳裏に見知らぬ光景が流れ込む。
燃え盛る屋敷。
誰かの叫び声。
血に染まった一つの盃。
そして――
『……必ず、生きろ。』
聞いたこともないはずの男の声。
「……誰だ?」
映像は一瞬で消えた。
気づけば黒龍は苦しそうに頭を抱え、その巨体を翻して森の奥へと走り去っていた。
「待て!」
宗玄が追おうとしたが、その姿は闇の中へ消えていく。
静寂だけが残った森で、宗玄は蓮を振り返る。
「蓮……今、お前に何が見えた?」
蓮は震える手を握り締め、小さく息を吐いた。
「……わかりません。でも、あの黒龍は……俺を殺そうとしてたんじゃない。」
宗玄は黙った。
その答えが、これから連合すら揺るがす真実へ繋がることを、この時の二人はまだ知らなかった。




