龍討祭 準決勝
第五十三話
「これより、準決勝第一試合を開始します!」
場内アナウンスが響くと、観客席から歓声が上がった。
試合場の両端に、二人の選手が姿を現す。
「龍牙連合所属、神崎玲司!」
「対するは、不動会所属、エブリン佐藤!」
玲司は相手を見据えながら、ゆっくりと肩を回した。
エブリンは両手を軽く上げ、指先を動かす。
「前回で戦い方はだいたい把握してる」
「それはお互い様だろ」
「堂本のようにぶっ潰すだけだ」
「……俺はあいつのようにはいかないぜ」
玲司が腰を落とす。
堂本が敗れた試合は、何度も思い返していた。
エブリンの放つ弾丸は、当たった部位を拘束する。堂本は身体を小さくして回避を試みたが、攻撃を受けるたびに動きを封じられ、最後には敗北した。
玲司はその戦いを見ている。
速さで上回っているからといって、油断はできない。
「両者、構え!」
玲司が拳を握る。
エブリンは腰の銃に手をかけた。
「――始め!」
合図と同時に、玲司が踏み込んだ。
「迅方印・疾駆!」
身体を巡る魄が一気に加速する。
玲司の姿がぶれた。
エブリンが銃を抜く。
乾いた発砲音が響いた。
玲司は身体をひねり、弾丸をかわす。そのまま一気に距離を詰め、右拳を放った。
エブリンは身を引いて回避する。
拳が頬をかすめた。
「くそ、はぇーな」
エブリンはすぐに距離を取り、再び銃口を向けた。
玲司は追わない。
相手の指先と銃口の動きを観察していた。
弾丸を受ければ、たとえ一発でも動きが制限される。ならば、むやみに突っ込むわけにはいかない。
エブリンが引き金を引く。
玲司は横へ跳んだ。
続けざまに二発。
玲司は身を沈め、さらに踏み込む。
しかし、エブリンは慌てなかった。
玲司が接近する瞬間を狙い、銃口を下げる。
発砲。
「っ!」
玲司はとっさに足を引いた。
弾丸がすねをかすめ、試合場の床に弾ける。
わずかでも反応が遅れていれば、足を封じられていた。
「危なかったな」
(今のも避けるんだ。まぁまぁきついなこりゃ)
エブリンは笑みを崩さない。
玲司は息を整えた。
速さだけで押し切るのは難しい。エブリンは堂本との試合で、接近してくる相手への対応も経験している。
同じ攻め方を繰り返せば、いずれ捕まる。
玲司は一度、前に出るように身体を傾けた。
エブリンの銃口が動く。
だが、玲司は踏み込まなかった。
代わりに、斜め後方へ跳ぶ。
発砲された弾丸が、空を切った。
「……なるほど」
エブリンの目が細くなる。
「撃たせて隙をうかがってんのか?」
「さあな」
玲司は答えず、再び構えた。
今度はエブリンが先に動いた。
銃口を左右に振りながら、連続して弾丸を放つ。
玲司は走る方向を変え、弾道を見極めながら前進した。
速さを生かして一気に距離を詰めるのではない。
相手に狙いを定めさせず、撃つタイミングをずらす。
そして、弾丸が途切れた一瞬。
玲司が踏み込んだ。
「そこだ!」
エブリンが銃を向け直す。
間に合わない。
玲司の拳が、エブリンの胴へ迫った。
エブリンは銃を手放し、両腕を交差させて防御する。
拳が腕にぶつかった。
衝撃に身体が浮き、エブリンが後方へ押し戻される。
玲司は追撃しようとした。
その瞬間、エブリンが床に落ちた銃を蹴り上げた。
銃が宙を舞う。
エブリンはそれをつかみ、玲司へ向けた。
発砲音。
至近距離から放たれた弾丸が、玲司の左肩に命中した。
「ぐっ……!」
肩の動きが止まる。
硬方印・止弾。
命中した部位を拘束する、エブリンの魄技。
「当たった!」
エブリンが銃口を上げる。
玲司は左腕を動かそうとしたが、思うように力が入らない。
次の弾丸を受ければ、さらに動きを奪われる。
観客席から声が上がった。
しかし、玲司はまだ右腕を動かせた。
「……捕まったのは、左肩だけ」
玲司は右足を踏み込んだ。
疾駆による加速。
エブリンが銃を構えるより早く、玲司の身体が横へ流れる。
狙いを外されたエブリンが、銃口を追わせた。
その瞬間、玲司は進行方向を変えた。
正面からではない。
銃口が追いつかない角度へ、身体ごと滑り込む。
「しまっ――」
玲司の右拳が、エブリンの脇腹に突き刺さった。
エブリンの身体が折れる。
銃が手から落ちた。
玲司はさらに一歩踏み込み、今度は拳を止めたまま、エブリンの目の前で構えを取る。
追撃はしなかった。
エブリンはしばらく動かなかったが、やがて息を吐き、両手を上げた。
「……参った」
主審の積田が二人の間に入る。
「勝者、神崎玲司!」
歓声が会場を包んだ。
玲司は拘束された左肩をかばいながら、一歩下がった。
勝った。
だが、無傷ではない。
エブリンは最後まで、わずかな隙を逃さなかった。あと少し判断が遅れていれば、勝敗は逆になっていたかもしれない。
エブリンは落ちた銃を拾い、玲司に向き直った。
「堂本よりは強いなお前」
「ああ、ありがとう」
「決勝も頑張れよ」
「もちろんだ」
玲司は短く答えた。
エブリンは小さく笑い、試合場を後にした。
準決勝第一試合。
勝ち上がったのは、龍牙連合の神崎玲司だった。
*
会場の人混みに、ひとりの男が紛れていた。
並木健介。
そう名乗る男の正体は、黒崎だった。
髪型を変え、服装も普段とは違うものにしている。蓮や孝太郎に顔を知られている以上、正面から接触するわけにはいかなかった。
黒崎は試合場から少し離れた場所で、観客の流れを眺めていた。
目的はひとつ。
荒木孝太郎を見つけ、巻き物について情報を得ること。
黒崎は、以前の電話で孝太郎が龍討祭に出場すると聞いていた。祀のそばにいた孝太郎なら、巻き物について何か知っている可能性がある。
祀が孝太郎に何も話していないとは、黒崎は考えていなかった。
自分が巻き物を求めていることまでは伝えていなくとも、何らかの事情を聞かされているかもしれない。
だからこそ、接触の仕方には注意が必要だった。
黒崎は会場内の案内板へ目を向けた。
選手の控え場所と、関係者が出入りする通路。
無理に選手の集まる場所へ入り込めば、不審に思われる。かといって、観客席で声をかけるのも得策ではない。
孝太郎がひとりになる瞬間を待つ。
やがて、準決勝の勝者を称えるアナウンスが響いた。
観客が動き始め、通路の人波が一時的に乱れる。
黒崎はその流れに合わせて歩き出した。
試合場では、次の準決勝に向けて準備が進められている。




