第三試合
第四十八話
「第三試合、選手入場!」
会場に声が響く。
龍牙連合側から、東楓が入場する。
長い髪を軽く揺らしながら、静かに試合場へ歩いていく。
対する不動会側から現れたのは、田中宏輝。
二人が中央で向かい合った。
「両者、構え」
田中は腰を落とし、龍包囲で身体能力を上げる。
対して東は、力を入れる様子もなく立っていた。
「――始め!」
開始の瞬間。
東が一歩踏み出した。
その姿が、わずかに揺らぐ。
「……?」
田中が目を細める。
東の姿が二つに見えた。
「幻術か」
田中が拳を構える。
二人の東が左右に分かれた。
「右!」
田中は右の東へ向かって踏み込む。
拳を振り抜いた。
――空を切る。
「……っ」
右にいた東が消えた。
「どうしたの?こっちよ」
声がした。
田中が振り向く。
左。
そこに東が立っている。
田中は即座に蹴りを放った。
――だが。
蹴った足は、思っていた方向とは逆へ向いていた。
「なっ……!」
自分の足が左へ向かっている。
田中の身体は、自分の意思とは逆方向へ動いていた。
その隙に、東の蹴りが田中の腹へ入る。
「ぐっ!」
田中が後ろへ飛ばされる。
「何だ……今の……」
立ち上がりながら、自分の足を見る。
東は一定の距離を保ったまま、田中を見ている。
「おらおら」
田中が踏み込む。
今度は左。
そう意識して拳を振る。
しかし拳は右へ流れた。
「くそっ!」
東の姿が視界の端から消える。
「後ろ……!」
振り向こうとする。
だが、身体は前を向いたまま。
背中に衝撃が走る。
「ぐあっ!」
田中がよろめいた。
東は追撃しない。
ただ、一定の距離から田中を見ている。
「……お前、何をした」
「別に」
東は淡々と答える。
「なにもしてないけど」
「クソ、攻撃が当たる感覚がしない」
田中が眉をひそめる。
東の姿がまた二つに分かれた。
今度は三人。
右。
左。
正面。
「そうか幻術使いが相手ってわけか」
田中は動かない。
三人の東が同時に動き出す。
一人が右へ。
一人が左へ。
一人が田中へ向かってくる。
「そこだ!」
田中が拳を振る。
だが、また違う方向へ拳が飛んだ。
「くっ!」
東の姿が消える。
次の瞬間、田中の肩に衝撃。
「ぐっ!」
続いて背中。
腹。
脚。
攻撃されるたびに、田中は振り返る。
だが、そこには誰もいない。
「くそっ……!」
田中は龍包囲を強める。
身体能力を上げ、無理やり距離を詰めようとする。
しかし――
右へ進んだつもりが左へ。
前へ踏み込んだつもりが後ろへ。
身体の感覚そのものが狂っている。
「当たらなすぎてイライラすんなぁ雑魚が」
田中は初めて、東の幻術の厄介さを理解した。
目だけじゃない。
自分が感じている方向。
自分が動かそうとしている身体。
その認識そのものを狂わせている。
田中は拳を握り直す。
目を閉じる。
目に頼りすぎている気がする。
田中は目を閉じたまま構えた。
東が少しだけ目を細める。
田中は耳を澄ます。
足音。
風。
衣擦れ。
何かを掴もうとする。
だが――
「私はこっちよ」
東の声。
田中が反応する。
右へ拳を振った。
――何もない。
直後。
左から衝撃。
「クソ!」
田中が膝をつく。
「……まずい、なにも出来ない」
東は答えない。
田中は荒い息を吐きながら立ち上がる。
目を開けても駄目。
目を閉じても駄目。
見えるものも。
聞こえるものも。
感じる方向も。
すべて信用できない。
「どうする……」
田中は拳を握った。
それでも、まだ倒れない。
「こいつの幻術には……何か条件があるはずだ」
東が静かに田中を見る。
田中も東を睨み返す。
まだ攻略法は見つからない。




