取り引き
第四十七話
「……黒崎」
祀の視線が、黒崎の後ろへ移る。
そこにはもう一人、男が立っていた。
顔も名前も分からない。
ただ、黒崎とは違って一言も発さず、祀を静かに見ている。
「そちらは?」
「Tとでも呼んでください」
男はそれだけ答えた。
祀は二人を見比べる。
「それで、何の用だ?」
黒崎が一歩、病室の中へ入った。
「今回は、あなたに取引を持ちかけに来ました」
「取引?」
「ええ」
黒崎はベッドの横にある椅子へ目を向けた。
「あなたが扱っている巻き物を、いただきたい」
祀の表情がわずかに止まった。
だが、すぐにいつもの顔へ戻る。
「巻き物?」
「はい」
「何のことだ?」
黒崎は少し笑った。
「……そうやって、とぼけますか」
「知らんものは知らんよ」
祀は視線を逸らさない。
黒崎もそれ以上、巻き物については追及しなかった。
代わりに、静かに言葉を続ける。
「まあ、いいでしょう」
「?」
「私たちは、あなたの本当の正体を知っています」
病室の空気が変わった。
祀は黙った。
「名前を隠していたところで、調べれば分からますからね」
黒崎の声は落ち着いていた。
「あなたの本当の名は――」
一拍。
「龍牙連合二代目、松風孝太郎」
祀の目が、ほんの僅かに細くなる。
それを見て、黒崎は笑った。
「やはり知っていますね」
祀は何も答えない。
「あなたが可愛がっている荒木孝太郎に、なぜ自分の名前を付けたのか」
黒崎は首を傾ける。
「そこまでは分かりませんでした」
そして、後ろに立つTを見る。
「探すのには苦労しましたよ」
Tは何も言わない。
「そこのTさんが探してくれたおかげで、こうして取引に来られた」
祀はしばらく二人を見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……仮に、その話が本当だったとしてもな」
黒崎を見る。
「俺はそんな巻き物、知らん」
「ほう」
「それに――」
祀は布団の上で腕を組んだ。
「そもそも取引なんだろ?」
黒崎が黙る。
「だったら、そっちが何を出すのか聞かないことには話にならん」
数秒の沈黙。
黒崎は口元を緩めた。
「……なるほど」
その目には、先ほどまでとは違う色が浮かんでいた。
「では、条件から話しましょうか」
――同じ頃。
古潟の龍討祭会場。
観客の歓声が響いている。
第二試合が終わり、会場では次の試合の準備が進められていた。
龍牙連合側の控え場所。
蓮が立ち上がる。
「次、誰だ?」
積田が選手表へ目を落とした。
「第三試合――」
そして、名前を呼ぶ。
「東楓だ」
東が静かに立ち上がった。
蓮が笑う。
「行ってこい」
東は短く頷いた。
「……」
会場から、再び声が上がる。
「第三試合、選手入場!」
龍討祭。
第三試合が始まろうとしていた。




