九条
第六話
「全員伏せろォォォ!!」
怒号が森を震わせた瞬間。
――ドォォォンッ!!
黒龍が放とうとしていた咆哮は、突如飛来した巨大な龍術によって空へと弾き飛ばされた。
爆風が木々をなぎ倒し、土煙が視界を覆う。
「助かった……?」
誰かが震える声で呟く。
土煙の向こうから、一人の男がゆっくりと姿を現した。
黒い羽織。
胸には直系組を示す白銀の龍紋。
腰には一本の刀。
白髪混じりの髪を後ろへ流し、鋭い眼光だけが黒龍を射抜いていた。
その姿を見た瞬間、教官たちの表情が変わる。
「まさか……」
「本家若頭……!」
その名を聞き、研修生たちは息を呑んだ。
連合最強。
現会長に次ぐ実力者。
数々の龍を討ち、“鬼神”の異名を持つ男。
――本家若頭・九条宗玄。
宗玄は黒龍だけを見つめ、小さくため息を吐いた。
「試験用の結界を破ってまで現れるとはな。」
黒龍は低く唸る。
その黄金の瞳は、宗玄だけを見据えていた。
「……やはり貴様か。」
宗玄の言葉に、その場の全員が凍りつく。
まるで知り合いと話しているようだった。
蓮も耳を疑う。
(知っている……? あの黒龍を……?)
黒龍はゆっくりと口角を上げる。
龍が――笑った。
「久しいな、人間。」
その声は低く、それでいてはっきりと言葉だった。
「しゃ……喋った……!」
研修生の一人が尻もちをつく。
通常の龍は人語を話さない。
それが常識だった。
宗玄は刀を抜く。
キィン――。
澄み切った音が森に響く。
「お前はここで終わらせる。」
黒龍は鼻で笑った。
「終わるのは……人間の時代だ。」
次の瞬間。
黒龍の背後に、無数の黒い龍術陣が浮かび上がる。
「全員退避!!」
教官の叫びと同時に、宗玄が地面を蹴った。
その速度は誰の目にも映らない。
――バチィィィン!!
一瞬遅れて衝撃音だけが響く。
空中で刀と龍の爪が激突し、衝撃波が森を真っ二つに裂いた。
蓮はその光景を見上げながら拳を握る。
(これが……本物。)
(俺は、こんな世界で戦えるようになるのか……。)
その時だった。
蓮の胸の奥で、試験中に飲んだ『竜の盃』が再び熱を帯びる。
ドクン。
ドクン。
胸の鼓動とは違う、もう一つの鼓動。
頭の中に、あの声が再び響いた。
「ようやく目覚める時が来た。」
蓮は思わず胸を押さえる。
(また……あの声だ。)
しかし今回は違った。
声だけではない。
蓮の視界の奥で、一瞬だけ巨大な”何か”が目を開いた。
その瞳は、黒龍よりも深く。
宗玄よりも圧倒的な威圧感を放っていた。
そしてその存在は、小さく笑った。
「面白い。まずはあの黒い蜥蜴を見ておけ。」
蓮の全身に鳥肌が走る。
(黒龍を……蜥蜴だって……?)
その瞬間、黒龍が突然動きを止めた。
まるで何かに気付いたかのように、ゆっくりと蓮へ視線を向ける。
黄金の瞳が大きく見開かれる。
「……なぜ、お前が……そこにいる。」
黒龍の声には、初めて明確な”動揺”が混じっていた。
宗玄も黒龍の視線を追い、蓮を見る。
「神代……蓮……?」
その名を口にした宗玄の顔から、余裕が消える。
「まさか……本当に生きていたのか。」
蓮だけが、その意味を理解できなかった。




